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劣等感 1

 レトロな机に向かう、薄い茶髪の男の子。男の子の前の、その机の上には、様々な教材が積まれている。

 男の子の後ろで、私、エレナ・フィオーレは涙が滲みそうになるのを、深呼吸をして必死に堪える。


「……エミリオ様、分からないところはございますか?」


「ありません」


「…………」


 紙の上をペンが走る音は心地よくて、この音をBGMに本を読んでいたいのに、そうすることで現実逃避したいのに、この部屋に漂う重苦しい空気と、私の立場がそれを許してくれない。

 今日は公爵様からの2つ目の依頼、レオーネ公爵家次男、エミリオ様の家庭教師の日だ。

 4の大鐘が鳴る少し前に公爵家に着いた私は、何故か私を待ち構えていたシルヴィオ様に案内されて、エミリオ様が勉強するこの部屋にやってきた。私が来る前から勉強していたらしいエミリオ様は、私が部屋に入った時も、勇気を振り絞って挨拶した時も、先ほどのようにわからないところを聞いた時も、私に背中を向けている。私はまだ、エミリオ様の顔を見ていない。

 ちらりと部屋の入り口に目を向けると、エミリオ様の護衛の2人が、額に手を当てて溜息をついていた。

 まさか、エミリオ様がこうして勉強している時は話しかけない方がよかったのだろうか。でも、私は公爵様から受けた仕事があるから、このまま立ち去ることもできない。


(‥‥‥!)


 どうしたらいいのだと悩んでいると、護衛の1人、青のかった黒髪を左で三つ編みにしている女性、マイア・ポロック様と目が合った。

 咄嗟に目を逸らしておろおろしていると、微かに空気が揺れる気配がした。

 恐る恐る目を向けると、マイア様と、マイア様の隣にいるシルバーグレーの髪をセンター分けにした男性、トビー・モンクトン様はなんとも言えない笑みを浮かべていた。

 それがどういったものなのか分からなくて、視線を彷徨わせ、あたふたする私を、2人が手招きした。


「申し訳ありません、エレナさん」


「ぃ、いえ、大丈夫ですよ」


 何を言われるのだろうと構えて近づいたら、トビー様に頭を下げて謝られた。

 咄嗟に大丈夫と言ってしまったが、何を謝っているのか分からない。

 取りあえず変に思われないように微笑んでいると、マイア様が説明してくれた。


「エミリオ様は、プライドが高いのでいつもああなんです。分からないことが出てくると、集中が切れてくるのでその時まで気長に待ちましょう」


「‥‥‥はい」


 それがいつになるのかわからないが、私に拒否権はない。


「エレナさん? どうされました?」


「……いえ、何でも、ないです」


 エミリオ様の集中が切れるまで、私は初対面のエミリオ様の護衛2人と話していなければならないのだろうかと思い、アウリに泣きつきたくなったけど、それはできない。仕事中だから。


「エミリオ様は集中が切れてくると、不機嫌ではありますが、分からないところは言ってくださいます」


 必死で取り繕っていたら、何か勘違いしたらしいトビー様が、その時が話しかけるチャンスです! と元気に右手の親指を立てた。パチンと右目を瞑り、爽やかな笑みを浮かべている。

 どう反応したらいいのか困ってマイア様を見ると、彼女はエミリオ様を見ていた。


「エミリオ様は集中が切れてくると頬杖をついて、欠伸が増えます。ああ、ほら、あんな感じに」


 マイア様の言葉に視線を動かすと、確かに、エミリオ様は頬杖をついて欠伸をしていた。

 エレナさん、今ですよ、今!とトビー様の小声に背中を押されて、私はもう1度深呼吸をして気持ちを奮い立たせる。


「‥‥‥エミリオ様、どこか、分からないところは、ありますか?」


「‥‥‥‥‥‥星暦382年に起きた暴動の問題が、分からないです」


 エミリオ様は今、プリマベル王国史の勉強をしていたようだ。

 手元を見ると、丁寧な字が解答欄に並んでいる。

 問題は順番に解いていきたい性格なのだろう、エミリオ様が分からないと言っていた問題よりも上はすべて埋まっているが、その下は何も書かれていない。


「ロゼオ南部暴動ですね。375年に導入された生産税と、381年に激減した麦の生産量が大きく関わってくる暴動事件です」


 記憶の中の教科書を開いて、私はできるだけわかりやすいように説明する。

 生産税とは、製品を製造、加工、販売するときにかかる税金のことだ。前年の生産量と消費量が大きく関係する税金制度で、製造量と消費量のバランスが生産者と消費者にかかる税に大きく関係する。


「381年は麦の生産量が大幅に減ったものの、求める顧客の数は変わらず、麦不足に陥った年です」


 つまり、生産税が導入されてから、初めて製造量と消費量のバランスが大きく崩れた年だ。


「これにより、382年の麦にかかる生産税の負担が増えました。ただ、381年に麦の生産量が激減したのは、土地の魔力汚染が大きな原因となっています」


 魔力汚染とは、魔力が土地に溜まり過ぎてしまうことで起きる環境災害だ。土地が魔力汚染されると、作物やその土地に住む人々に影響が出る。

 万が一、土地が魔力汚染された場合、土地が回復するまで数年かかる。

 普通、魔力は循環しているから溜まることはない。だが、大きな自然災害が続くと魔力の流れが滞ることがある。早い段階で対応すれば魔力汚染されることはないが、この年は休む間もなく自然災害が起き、滞った魔力の流れへの対応が遅れてしまった。対応しようとしたときには、既に滞った魔力に汚染された後だった。


「魔力汚染による被害が最も大きかったのが、国内随一の穀倉地帯、ロゼオ南部です。前年に麦の生産量が減り、生産税が増えたにもかかわらず、土地は魔力汚染から回復してなくて、ロゼオ南部では382年も麦を生産できる見込みがない状況でした。追い詰められた生産者たちの怒りは、対応の遅れた魔術師団と騎士団、そして税金を導入した王家と貴族院に向かい、382年のロゼオ南部暴動が起こりました」


「‥‥‥‥‥‥」


 説明を終えてエミリオ様を見ると、少し何かを考えている風だった。

 だが、エミリオ様はすぐに考えることをやめたようで、何かを諦めたように大きく息を吐きだした。


「‥‥‥やはり、貴女は‥‥‥」


「?」


 エミリオ様が何か呟いたが、私は彼が何を言ったのか聞き取ることはできなかった。

 首をかしげていると、エミリオ様は初めて私に目を向けてきた。シルヴィオ様よりも青みの少ない紫の瞳は、どこか不安定に揺れていた。

 そして、揺れる瞳を苦しそうに歪めると、エミリオ様は絞り出すような声を出した。


「僕は、貴女のことが嫌いです」


 初めて私が見たエミリオ様の顔は、私の心の内を見ているようだった。

1人称の時と3人称の時とでごちゃごちゃになっていたので、どこかで修正したいと思います。


‥‥‥と言っておいて、やるのはしばらく後になりそうな気がします。

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