魔力感知 4
「って感じで、シルヴィオ様、魔力を制御するのが苦手なんじゃなくて、そもそも魔力を感じていなかったの」
シチューを食べ終わり、エレナは空になった紙の器と紙のスプーンを風魔法で宙に浮かせる。同時に展開していた火魔法で生み出したエレナの顔程の炎で紙の食器を焼却する。灰になった食器は明日の朝、仕事の前に裏の畑に撒いて肥料にするために空気で包み込んでマジックボックスにしまう。
繊細に魔力を扱うことのできるエレナだが、万が一を考えて本に火が燃え移らないように対火属性の結界を張ることは忘れない。
「ふうん。あの魔力量で、魔力を感じることができないのねえ」
エレナよりも先に食事を終えていたアウローラが、エレナの隣で寛ぎながら大きく欠伸をする。
エレナが帰ってきた頃に1日の最後の鐘が鳴っていたから、そろそろ日付が変わる時間だろうか。
エレナ同様、アウローラも魔力を見ることができる。この世に生を受けた生物は、魔力を保有していれば魔力を感じることができる。それは人であっても、そうでなくても例外なく。
その中で、魔力を見ることができる者も存在する。人以外の生き物は、ほとんどの者が魔力を見ることができる。アウローラもその中の一匹だ。
「道理で、魔力を制御する素振りがないわけね。で、何か対策はあるの?」
色の違う両目がエレナに向けられる。向けられて、エレナは膝を抱えて顎を乗せる。目には涙が滲んでいる。
「それが、何にも分かんない。どうしたらいいんだろう‥‥‥」
「なるほど、それでこの本の山ね」
エレナの周りには魔術や魔力に関する本が山積みになり、何冊かはページを開いて宙に浮いている。
エレナはこの家にある本を、1度はすべて読んでいる。
滅多なことがない限り、1度目にした文章を忘れることのないエレナだが、こうして読み返しているのは見落としていた部分がないか、もう1度読んでみて何か思いつくことがないか、限りなく低い希望に縋っているに過ぎない。
最後の一冊を開きながら、エレナは大きな溜息をつく。
やはり魔力を感知する方法はどこにも書いていない。制御する方法に関しては、エレナが知っている通り魔力を感知できること前提で書かれている。
最後の一冊を閉じ、両手を組んで天井に向かって伸ばす。そのままソファに身を預け、エレナは天井をぼんやりを見つめる。
本日が稽古初日だったとはいえ、その対策が何もわからない。思いつかない。
「アウリ‥‥‥むりかも‥‥‥」
既にエレナの心は折れかかっている。
学生時代から、教科書に書かれているものを覚え、教科書通りに実践することは誰よりも得意だったエレナだが、教科書に書かれていないものや、その応用は誰よりも苦手としている。エレナが魔術式を編むことができないのは、応用が苦手だからだ。
応用は、基礎が完璧にでき、実践を繰り返すうちに自然と身につくようになる、とエレナは王立学院に通っている時に言われたことがある。だが、誰よりも早く完璧に基礎を出来るようになるエレナは、いくら実践を繰り返したところで、少しでも基礎と違うことがあるとできなくなってしまう。応用することができない。
今回のシルヴィオ様の稽古は、まるっきり前例がないことだ。エレナの中で基礎が存在しない。
エレナの瞳にじんわりと涙が滲む。今になって、シルヴィオ様と交わした約束が重たく圧し掛かってくる。「全力を尽くす」なんて、言わなければよかったと後悔の渦に飲み込まれそうになる。
「前例がないのなら、あなたが前例を作ればいいんじゃない」
天井を見上げていたエレナは、隣のアウローラに目を向ける。
遠くの方で鐘の音が鳴った。日付が変わった。
大きなあくびをして眠そうなアウローラは、いつも8の大鐘で眠りについている。この時間まで起きているのは、エレナを待っていたからだ。
そのことをエレナも分かっているから早く寝ようと立ち上がる。
だが、アウローラは眠い目が下がってくることを堪えながら口を開いた。
「応用ができないのなら、あなたの中で基礎を作ってしまえばいいのよ。そうすれば、あなたは誰よりも無敵になるわ」
「基礎を、作る‥‥‥」
「ええ。あなたなら、出来るわ」
アウローラは再び大きなあくびをした。コテン、と前足の上に顔を乗せて、眠さに耐えている。
応用ができないのに、基礎を作ることができるのだろうか。それこそ難しいことのように思う。
だが、アウローラの言うことも分かる。前例がないことは、応用だけでどうにかなるものではない。誰かが何かしらの基を作らなければならない。特に今回のシルヴィオ様のことは。
他者に影響が出るほどの魔力を保有していて、それでも魔力を感知できない人物は、エレナが知る中ではシルヴィオ様だけだ。
この世に生を受け、魔力を持つ者はその量に限らず魔力を感知することができる。中には魔力を見ることができる者もいる。エレナとアウローラも見ることができる。
魔力を制御することは、魔力量が多い者ほど難しくなる。スポイトから出す水の量を調整するのと、バケツから出す水の量を調整するのは難易度が全く違う。
シルヴィオ様の魔力量はバケツの水、いや、樽に入った水だ。だが、彼自身はそれがどれほどの量なのかわかっていない。わかっていないから、調整のしようがない。一度樽をひっくり返したら、中の水が無くなるまで、いや、無くなっても気付かずにいるかもしれない。魔力をすべて使い果たして、意識が飛ぶ、若しくは、命を落とすことになる。魔力を使い果たしたと気付くことなく。
では、樽に入った水が見えたら違うのではないか。感じていなくても、水がどれ程のものか見えていたら、調節しようとすることはできるのではないか。それなら、
「そういえば、他はどうだったの?」
「え、他?」
何かを掴みそうだったエレナは、眠そうなアウローラの声が耳に届いて現実に引き返される。
前足に頭を乗せていたアウローラは、両目を閉じて今にも眠りにつきそうだ。
「シルヴィオ様のごえい、どうだったの?」
クァ、とアウローラが今日1番の欠伸をした。
「ご、えい‥‥‥」
自分で声を出してから、エレナは漸く朝からの出来事すべてを思い出した。
今日1日で、エレナはあまりにも多すぎる人に会った。普段引きこもっているエレナにとって、数年かけても会うことのできないような人数に会った。
思い出して、エレナの顔は見る見るうちに青ざめていく。護衛の仕事は、今日で終わりじゃない。明日もまたたくさんの人に会わなければならない。
「あ、あ、あう、あうり~、むり、むりむりむり、明日もあんなにたくさんの人に会うなんて、無理だよ~‥‥‥」
いつの間にか引っ込んでいた筈の涙が、エレナの両目から溢れていた。
だが、いつもはある呆れたような優しい声は、泣きじゃくるエレナを励ます声はなかった。
ソファに沈んでいたアウローラは、エレナに問いかけたのが限界だったようだ。スゥスゥ寝息を立てて、気持ちよさそうに眠っている。
「私を置いて寝ちゃやだぁ~‥‥‥うぅ‥‥‥」
遺されたエレナは、すぐにでもアウローラを起こして、思い出して沈む心を打ち明けたかったのだが、これほど気持ちよさそうに眠るアウローラを起こすことはできなかった。
歯を磨き、簡単に洗髪と洗身を済ませて着替えたエレナは、ソファで眠るアウローラをベッドに運び、アウローラの隣で小さく丸くなって眠りについた。




