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魔力感知 3

 暗い夜の森に、ポツリと佇む小さな赤い屋根の家。

 家主はいないけれど、窓からは灯がこぼれている。

 その家の中で、家主の帰りを待ち続ける小さな影が1つ。


「遅いわねえ」


 家主が帰ってきたことをすぐに確認できるように、本で溢れる部屋の窓から夜空に輝く月を眺めているのは、左右で色の違う目を持った白猫、アウローラだ。

 窓辺に佇んで、アウローラは家主のお気に入りのふさふさのしっぽをユラユラさせながら、家主の魔力を感じる照明魔道具に目を向ける。

 この家の家主、エレナ・フィオーレはプリマベル王国の魔術師だ。魔術が発展したこの国で魔術師の資格を取るのは難しいと言われているが、エレナは史上最年少の13歳でプリマベル王国の魔術師になった。

 その才能を誇ってもいいのに、エレナは自分が魔術師の中で劣った存在だと思っている。そして、エレナは他者と関わることを酷く恐れている。それはエレナと同じ人間であっても、人ではない動物相手であっても。

 昨日、この家に、エレナのもとにエレナの雇い主である公爵家の嫡男が訪ねてきた時、アウローラは驚きに目を瞠った。アウローラの前で、エレナが人間を相手にしているところを見るのは昨日が初めてだった。

 普段のエレナの様子から、アウローラはエレナがこの部屋、図書室に籠って出てこないと思っていた。大人しく来客の対応をすると思っていなかった。

 だが、エレナは誰が訪ねてきたのか確認して、訪ねてきた人物、シルヴィオ・レオーネを家に通した。さらに驚くことに、直前までアウローラの前で泣いていたエレナは、彼にそんな雰囲気など感じさせないように、笑顔で落ち着いて対応をしていた。人見知りであることは嘘なのではないかと思えるほどに。

 ただ、終始エレナの魔力は緊張に乱れていたし、時間が経つにつれてエレナの笑顔がぎこちなくなっていったことから、アウローラにはエレナがかなり無理をしていると分かった。

 何故、エレナは他者を苦手としているのか、何故ああまで無理をしていたのか、そして何故エレナはアウローラの前ではリラックスできているのか、エレナと出会って1年しか経っていないアウローラにはわからない。わからないが、エレナにとってのアウローラは、唯一彼女のリラックスできる相手だ。だから、アウローラにはエレナに寄り添いたい。寄り添うことしかできないから。

 今日から、エレナは新たな仕事のために1日家を空けている。

 アウローラと出会ってから、エレナが1日通して家を空けることは今日が初めてだ。他者との関わりを恐れ、避けているエレナがこれ程長く家にいないことはない。

 そんなエレナが帰ってくるだろう時間になっても、帰ってくる気配が全くない。

 エレナに限って寄り道することはないから、アウローラの心配する気持ちは大きくなるばかりだ。


「!帰ってきたわね」


 暗い森の中に、小さな光が見えた。

 淡い黄色の光は、家に近づいてだんだん大きくなってくる。エレナの照明魔術だ。

 エレナの姿が確認できるまで近くなって、アウローラは異変を感じた。

 エレナの発動させている魔術から感じる魔力が、いつもより弱弱しい。必要以上に魔力を使わないように、制限している。そして、


「あれは、確かシルヴィオ様とやらの護衛、だったかしら」


 何やら考えながら歩いているエレナの隣には、エレナが言っていた細身の方の護衛の男性がいる。

 昨日、エレナはシルヴィオ様の護衛をすることになったと言っていた。もともと護衛がいるにも関わらず、自分も彼の護衛をすることになったのが理解できないと。

 それなのに、エレナのそばにはその護衛の男性が1人いる。つまり、今シルヴィオ様を護衛しているのは、もう一人の男性しかいないことになる。

 エレナの仕事はシルヴィオ様の護衛なのに、もともとシルヴィオ様を護衛する者たちがいるのにエレナも護衛任務に就くことになったというのは、それだけ彼の身に危険があるからという事なのではないか。なのに、彼の護衛の1人がエレナを送っている。そして、エレナは気付いていないようだが、エレナの隣を歩く男性は明らかに周りを警戒している。まるでエレナの護衛をするかのように。


「なんだか今回の仕事、裏で大きな何かが動いていそうね」


 エレナが男性に頭を下げて家に入ってくるのを見ながら、アウローラは胸の奥がざわつく嫌な感じを覚える。


「何もないといいけれど」


 誰に言うでもなく呟いたアウローラの声は、本で溢れる空間に霧のようにとけて消えていった。




「た、ただいまぁ‥‥‥」


 魔力を限界まで使ったことで重たくなった体を引きずるようにして、図書室に続くドアまで歩いていく。ただそれだけのことが、酷く億劫だ。今日はもう何もしたくない。

 そう思うけれど、明日も仕事はあるし、今から家の魔術書を読みたい。それを読んだところで、私の疑問は解決しないだろうけど、そうしないと気が済まない。


 あの後、私は思いつく限りのことをした。

 魔力を感知できないなら、見えるようになって感じてもらおうと魔力を可視化してみたり、害にならない程度の魔力をシルヴィオ様にぶつけてみたり、私がシルヴィオ様の魔力を動かしてみたり。

 そのどれも、手ごたえはなかった。残ったのは、ギリギリまで魔力を使ってしまった私だけだった。

 私が使える魔力が限界を迎えたのと、稽古を終える時間が過ぎたのは同時だった。

 今日はこれで終わりという事になり、家に帰るだけの魔力が回復してから漸く私は帰ってくることができた。


「おかえりなさい。遅かったわね」


 図書室のドアを開けると、そこには待ち構えていたというようにアウローラがちょこんと座っていた。


「アウリ‥‥‥」


 彼女がこの家に来て1年、これほど長い間、アウローラと会わなかったのは今日が初めてだ。

 朝ぶりにアウローラに会って、今日1日張っていた緊張の糸がプツンと切れた。


「あ、あうり~‥‥‥疲れたあ‥‥‥」


「はいはい、こんなところに座り込まないの」


「うう‥‥‥」


 図書室の入り口で座り込もうとした私は、そうなると思っていましたと言うようにアウリが足にすり寄ってきて、力の抜けそうになった足を踏ん張る。

 それでも魔力が少なくなっている体は重たくて、図書室のソファまでは頑張って歩いていき、漸く体の力を抜いた。


「ご飯はこれから?」


 ソファに座り込む私の膝に、アウローラが乗ってくる。

 フワフワの毛を撫でながら、私は空間術式を展開する。


「うん‥‥‥これ、買ってきた」


 ポォ、と魔術書1冊分の大きさの光が現れ、その中からシチューと魚のほぐし身を取り出す。帰りに開いていたお店によって買ってきたものだ。

 私1人では行く勇気はなかったけれど、エルトンさんが送ってくれることになって寄ってきたのだ。ご飯を作っている時間があるのなら、魔術書を読みたかったから。


「じゃあ先に食事にしましょう。話は食べながら聞くわ」


「うん」


 ピョン、と私の膝から降りたアウローラは、ソファの前に置いてある木箱の上に飛び乗る。図書室でご飯を食べる時の彼女の定位置だ。

 ソファに座った私は、動くことが面倒で風魔法を展開させる。発生させた風を操り、隣の部屋にある食器棚からアウローラの器と私のスプーンを私のところまで持ってきて、器に魚のほぐし身を入れ、アウローラの前に置く。


「アウリ、実はね‥‥‥」


 遅い夕飯兼報告をする私の耳に、遠くの方で本日最後の大鐘が鳴る音が届いた。

次回は12日の予定です。

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