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騎士の仕事 7

「魔術式は、透明ですか」


 またもや、私の言葉に、エルトンさんは考え込んでしまった。エルトンさんだけじゃない。シルヴィオ様も、アーウィンさんも、街に意識を向けているが、さっきから難しい表情をしている。

 通信魔道具の先で、書類をめくる音がする。顔は見えないが、クレア様達もシルヴィオ様達と同じ表情で考えているだろう気配がする。


「エレナさん、今から魔術を発動させます」


「えっ」


 沈黙を破ったのは、やっぱりエルトンさんだった。

 だが、居心地の悪い空気が破られたことよりも、私は彼の真意が分からなくて、戸惑うしかなかった。

 咄嗟に身構えたが、エルトンさんが短く呪文を唱えると、体の緊張を緩めた。彼が発動したのは、警戒するものではなかったからだ。エルトンさんが発動させたのは、幻影魔術だった。

 フワフワと舞う白い雪には、触ることができない。白い雪は、街に降り注ぐ前に、空気にとけて消えてしまう。

 雪の幻影魔術は消え、残ったのはやっぱり疑問だった。


(なんで、急に幻影魔術を?)


 眉を顰める私に、エルトンさんは問いかけてきた。


「さて、エレナさん」


「‥‥‥はい」


「先ほど、あなたは何を見ましたか?」


「雪の、幻影魔術です」


「それから?」


「‥‥‥私達の頭上に、魔術式が」


「それは透明だったんですね」


「はい」


 エルトンさんが呪文を唱えた直後、空を飛ぶ私達の頭上に、彼が発動させた魔術の術式が現れた。魔術を発動させると、必ず現れるものだ。

 私に問いかけた後、エルトンさんはシルヴィオ様と、アーウィンさんにも問いかけた。そこまできて、私は彼が何をやりたかったのか理解した。そして、新たな事実が発覚した。


「シルヴィオ様は、魔術式は見えましたか?」


「いや、見えなかったよ。私には、雪しか見えていなかった」


「アーウィンは?」


「俺も、魔術式は見えなかった」


「そういう事です。エレナさん、本来魔術式は、それを発動させた人にしか見えないんですよ。それから、魔石に刻まれた術式は、刻み込んだ人にも見えないものなんです」


 衝撃だった。でも、ようやく納得することができた。

 私にとって、魔術式は見えて当たり前のものだった。だからそれを前提で話してしまっていたが、彼らには術式自体が見えていなかった。話が噛み合っていなかったのは、そういう事だったのだ。

 でも、それなら、新たな疑問ができる。


「エレナは、どうして術式が見えるのだろう?」


 私の疑問を口にしたのは、シルヴィオ様だった。でも、誰も答えられなかった。当人である私も、どうして見えているのか分からないから。そもそも私にしか見えていないと、今日初めて知ったのだ。原因など、分かるはずがない。

 それに、分からないことはもう一つある。どうして、透明な魔石が、他の人には黒く見えているのだろうか。それは、私の見ている透明な魔術式と関係があるのだろうか。


『でも、1つ分かったことがありますね!』


「ええ、そうですね」


「え?」


 魔術式の謎に頭を悩ませていると、私以外の6人は何かに納得していた。もしかして、魔石の謎は分かったのだろうか。そう思ったが、どうやら違ったようだ。


『エレナさんが、先日のヴェルデ領のお祭りで、誰よりも早く刺客の存在に気付いて捕獲できたのは、魔術式が見えていたからなんですね!』


「魔術は近くで呪文が唱えられていない限り、発動するまでどんなものかわかりませんからね。呪文が完了する前に捕獲できたのは、エレナさんに術式が見えていたからなんですね」


 私以外の6人が納得していたのは、ヴェルデ領で私が刺客を捕まえた時の事だったらしい。あの時私は、刺客の唱える呪文が完了する前に捕獲することができていたが、彼らはそれがずっと不思議だったらしい。

 1つ疑問が無くなってよかったと、私以外の6人が盛り上がっているが、取り残された私は、なんだか居心地が悪い。私が一番気になる疑問は何も解決していない上に、彼らは何か勘違いしているらしい。


「あの、魔術式は、呪文が完成するまでは私にも見えません。あの時、私が刺客の存在に気付くことができたのは、呪文限定の、拡聴魔術を発動させていたからです」


 人混みの中でも、近くにいない刺客の呪文が私の耳に届いたのは、お祭りの行われていた場所全域に魔術を発動させていたからだ。発動させていなかったら、私も気付くことはできなかった。気付くことができなかったら、呪文は完成されていて、防御結界を張ることもできなかっただろう。術式が見えてからでは、何もかもが遅いから。


「魔道具に刻まれている魔術式が見えるのは便利ですが、普段から見えていても、咄嗟に対処できるわけではないので、それほど便利なものでもないです」


 そもそもそれができていたら、私でも国家魔術師になれていたかもしれない。魔術式を編み出すことができなくても、もしかしたら特例で認められていたかもしれない。まあ、想像でしかないけれど。

 結局魔術式が見えていてもいなくても、大きく変わることはない。そう1人で納得していると、通信魔道具越しのクレア様が、声を震わせて尋ねてきた。


『エレナさん、もしかして、今もその魔術、拡聴魔術を‥‥‥?』


「?はい。シルヴィオ様の護衛をしているので、一応王都全体に張り巡らせています」


「今も、エレナさんには呪文が聞こえているのですか?」


「?はい。ほとんどが生活魔術ですが、色んな呪文が聞こえています」


 この国は魔術が発展した国だ。それゆえ、魔術に頼り切っている部分もある。生活魔術は、貴族も庶民も、魔力があれば誰でも使うことができる物だから、術式を展開してからはずっと私の耳に届いている。


「訳が分からなくならないのかい?」


「あ、えっと、拡聴魔術だけだったら、脳が処理しきれなくて廃人になっちゃう可能性もありますけど、情報処理魔術も展開させているので、大丈夫です。あ、もちろん結界魔術も展開させていますから、万が一攻撃魔術に反応が遅れても、即死することはなので、大丈夫です」


 因みに、魔術式が私以外には見えていないと知ってから、私はこっそりシルヴィオ様にかけていた対魔力防御結界を、堂々と展開させている。もちろん、強くしすぎてしまうと、魔術式が見えていなくてもばれてしまうから、私に影響が出ないくらいに抑えてはいるが。


「あ、即死することはないと言いましたけど、結界魔術はちゃんとしたものをかけているので、滅多なことがない限り、かすり傷1つつかない筈です」


 おかしい。シルヴィオ様達を安心させるために言葉を重ねているのに、重ねれば重ねるほど、変な顔をされる。


「えっと、」


『エレナさん』


 通信魔道具越しに、慎重に私の名前を読んだのは、フランキー様だった。


「はい!」


『普段から、あなたは色んな魔術を同時に展開させているのですか?』


「?はい。寝ている時以外は、基本」


『その事を知っているものはいますか?』


「誰も‥‥‥あ」


『いるんですか?』


「あ、いえ。知っている()は、居ないです!」


 アウリは知っているけど、そこまで正直に言わなくてもいいだろう。嘘は言っていない。アウリは()だから。人間で知っているのは、今はいない。


『そうですか。それなら、このことは誰にも言わない方がいいでしょう。我々も、これ以上あなたがどんな魔術を展開させているか聞きませんので』


「はい‥‥‥」


 念を押されたが、そもそも私にはこのことを言う人がいない。基本仕事以外は自宅に引きこもっているから。

 それでも、ここは素直に頷いておいた方がよさそうだった。頷きながら、私には彼らが何を考えているのか、よく分からなかった。

次回は1月22日の予定です。

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