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騎士の仕事 4

 シルヴィオ様の目が、初めて見る大きさになっていく。明らかに何かに驚いているのが分かるけれど、何に驚いているのかわからないからすごく怖い。


「エレナさん、情報管理の魔道具を使ったことがあるのですか?」


 書類の束とその上にある記録魔道具を抱えたまま、どうしたらいいのか分からずにいると、シルヴィオ様の斜め向かいに座っていたエルトンさんも、細い目を大きく開かせて驚いていた。


「えっと、ない、です」


 使ったことは無いし、見るのも今日が初めてだ。だから正直に答えたのに、エルトンさんもシルヴィオ様と同じ表情になっていく。

 え、え、え。なになになに。なんでそんなにびっくりするの?っていうか、あれ?なんかみんな手が止まってるけど、え、何。なんでそんなこっちを見てるの?え、え、私、なんか変なこと言った?ちょ、ちょちょちょ、怖い怖い怖い。お願いします、そんな見ないで。あ、アウリ、助けて、たすけて~!

 気がついたら、私以外の6人がみんな同じ表情で固まっていた。そして6人の視線の先にいるのは私。人見知りで人の目が怖い私にとっては、すぐにでもこの場から逃げ出してしまいたい気持ちに駆られる。でもシルヴィオ様の護衛という仕事が逃げ出す邪魔をしている。


「無いんですか?本当に?」


「ぇ、は、はい!ないです、本当に!見るのも初めて、です!」


「初めて?」


 まさか私の言葉を疑っての反応なのかと思って力強く頷くと、エルトンさんは更に目を大きくさせた。

 エルトンさんの細い目って、こんなに大きくなるんだな。なんて、どうでもいいことを考えないと、みんなに見つめられているという恐ろしい状況を乗り切ることができない。


「なるほど。では試しにこの方の申請書を確認していただけますか?」


「ぁ、はい」


 とりあえず大丈夫、なのかな。何だかまだ視線は感じるけど、気にしちゃダメな気がする。それに文字を見てれば、視線なんか気にならなくなる。

 本が好きな私は、本でなくても文字を見ていれば心を落ち着かせることができる。逃げ出したいけどここから出ていくわけにもいかない今は、シルヴィオ様から任された仕事に取り掛かるのが1番だ。

 シルヴィオ様から受け取った申請書と記録魔道具を部屋の隅にあった机に置いて、エルトンさんから受け取った申請書にまず目を通していく。

 番号84-5-57043276番、28歳、男性、サイラス・ライト、ヴィノリーナ皇国人、ヴィノリーナ国ニム領在住、職業は大工、同居家族は両親と奥さんと1歳になったばかりの女の子1人、入国申請理由は家族旅行の為、人数ははご本人、奥さん、子供の3人、か。

 84はヴィノリーナ国民を証明する数字、5はヴィノリーナ国内のニム領に暮らしている証明、8桁の数字はヴィノリーナ国ニム領の彼に与えられた個人の数字だ。

 申請書は1枚ではなかった。左上をクリップで留めて、更にもう1枚、奥さんであるマイリー・ライトのものだ。

 入国を希望する者は申請書を提出しなければならない。家族や団体の場合であっても例外はなく。ただ5歳以下の子供は申請書を免除される代わりに、養護者と一緒でなければ入国することもできないと言う決まりがある。

 マイリー・ライトの申請書にも目を通してから、記録魔道具を起動させる。魔道具の上にある小さな石、魔石に手をかざして魔力を流し込むだけで簡単に起動できる仕組みだ。

 魔石が淡く光って魔道具が起動できたことを確認してから、魔道具を申請書に書かれた数字にかざす。申請書を出した時に、この記録魔道具の本体—ここにある記録魔道具は、本体に登録された情報を別の場所で見ることを可能にする子機のようなものだ—に登録してある。登録されていなければ入国を許可できない。

 この申請書の人物達は、きちんと登録していた。

 ヴン、と音を立てて、記録魔道具がサイラス・ライトの情報を表示した。私にしか見えていないものだ。

 表示された情報から、必要なところだけに目を通していく。申請書に書かれたものと相違がないか、マジックペンを取り出してチェックをつけていく。

 マジックペンはインクの代わりに自分の魔力を使って書くことのできる魔道具だ。紙でも魔石でも葉っぱでも、空中にだって文字を書くことができる。しかも自分の魔力がインク代わりだから、簡単に消すこともできる。魔力操作が難しいのが難点だけど、慣れてしまえば手放すことのできない便利な道具だ。

 チェックが終わってから、唯一あるボタンを押して、宙に表示していた情報を閉じる。申請書に手をかざしてチェックマークを一度に消す。続けてマイリー・ライトの申請書から数字を読み取り、これも同じようにチェックをつけていく。

 全てのチェックが完了して、記録魔道具が表示している情報を閉じてマイリー・ライトの申請書のチェックマークを消して、漸く部屋の空気に意識が向く。

 いつの間にか、シルヴィオ様達6人全員が私の後ろに来て、私の手元を覗き込んでいた。

 文字の世界により弛緩していた全身の筋肉が、緊張で一気に強張っていく。


「ぁ、の、できました‥‥‥許可印を、お願いします」


 エルトンさんに2枚分の申請書を渡し、確認が終わるのを静かに待つ。

 続いて他の申請書の確認もしたかったけれど、なぜか私以外の5人も、エルトンさんが申請書と記録魔道具の情報に目を通していくのを、固唾を飲んで見守っていてできない。


「うん、いいですね。シルヴィオ様、こちらの方々は入国して大丈夫でしょう」


 何か見落としているところがなかったか不安になっていたけれど、それはなさそうだったので少し安心した。

 でもそれだけでホッと息をつくことはできなかった。


「さて、エレナさん。1つだけ質問をよろしいでしょうか?」


「‥‥‥はい。何でしょうか?」


「なぜあなたは、今日初めて見た記録魔道具を、何の説明も受けずに使うことができたのですか?」


 エルトンさんの声は優しかったけれど、細い目を更に細めた姿は、遠慮なく私を探るようで怖い。

 それでも何か言わなければいけない。

 だから私は、正直に答える。


「‥‥‥これが、魔道具だったから、です」

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