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騎士の仕事 3

「レオーネ隊長、先ほどはイアン、マリク班長が失礼致しました」


「構わないよ」


 机に向かって、座ってしまうと頭よりも高く積み上がった書類を端から片付けているシルヴィオ様と、これまた山積みの書類を淡々とこなしていたスコット様が、目の前の紙から目を離さずに言葉を交わす。

 緑の髪の人、イアン・マリク班長とシルヴィオ様の間に散っていた火花はまるでなかったかのように、エルトンさんが始めた会議はスムーズに進んだ。

 そして会議が終わった後、班長達が各自担当する領地へと向かったのが少し前。王都に残った私達は、庁舎の中にある管理室に移動してきた。王都を担当するシルヴィオ様達が、普段仕事をするときに利用している部屋らしい。

 部屋の中は棚に詰まった資料と、いろんな種類の記録魔道具、街で何かあった時に鳴るらしい緊急魔道具の一部で溢れていた。そして壁一面に張り出されたプリマベル王国の地図。王国全体のものだけでなく、王都や各領地の拡大地図もある。


 管理室に来て、シルヴィオ様達6人は当然のようにそれぞれ机に向かって書類仕事を始めた。おそらく各自の決まった席があるんだろう。


「ところで、エレナは何をしているのかな?」


「ひぇあ?!」


 管理室に来て、私以外の全員が当然のように仕事を始めた。それぞれの席について。

 そして私はと言うと、何をしたらいいのか分からなくて、それでもボーと立っているわけにもいかなくて、手伝えることは無いだろうかとウロウロしていた。

 いや、何もすることがないわけではない。私はシルヴィオ様の護衛をしなければならない。が、それに関しては、今やることがない。だから私も何か手伝いたい。そう考えた。考えたはいいが、もちろん話しかける勇気はなく、机に向かう6人の後ろを行ったり来たりしていた。

 いやでも、少し言い訳させて欲しい。話しかけようとはした。努力した。右手を肩のあたりまで挙げて、「よしっ話しかけるぞ」て気合を入れて、声を出す直前まではいった。でも出来なかった。タイミングを見つけられなかった。だって、話しかけようとしたけど、みんなすごく集中していたし、私なんかが話しかけて仕事の邪魔をさせるわけにはいかなかったんだもん。私が手伝うことで仕事が増えるかもしれないし、何より私、騎士じゃ無いもん。部外者だもん。機密事項が書かれたものだってあるはずだし、そうでなくても私が知らないほうがいいものだってあるはずだもん。


「ぅ、ぁあの、えぇっと、ですね」


「ああ!エレナさん、気が利かなくて申し訳ありません!すぐにお持ちします!」


 さっきまで脳内でこう言おうと練習していた言葉が出てこない。急に話しかけられるなんて、思ってなかったから。脳内シュミレーションだけじゃ、咄嗟に反応できない。

 あわあわしていた私に、1番に反応したのはやっぱりクレア様だった。しまった!というように、管理室の奥へと続くドアの先に消えたかと思うと、すぐに戻ってきた。シンプルな木の椅子と共に。


「こんなもので申し訳ないですが、よければお使いください。あ!お茶もご用意致しましょうか?!」


「ぁ、いえ」


「お待ちください!すぐにお待ち……」


「隊長、また暴走してます。エレナさんの返事も聞いてください。それにお茶でしたら我々が用意しますから、隊長は早くそこの山を片付けてください」


「エレナさん、うちの隊長が申し訳ありません。お茶はお飲みになりますか?」


「あ、いえ、大丈夫‥‥‥です」


「そうですか。必要なものがありましたら、遠慮なく申しつけてくださいね」


「あ、ありがとう、ございます」


 スコット様に首根っこを掴まれたクレア様は、椅子に座らされて名残惜しそうな様子で再び書類と格闘し始めた。「エレナさんとお茶が飲みたい」と聞こえる気がするけど、きっと聞こえていないふりをしたほうがいいんだろう。

 クレア様の代わりにお茶の有無を尋ねてきたフランキー様にお茶のお断りをして、クレア様が持ってきた椅子に腰を掛ける。そして思い直す。

 違う、そうじゃない。手伝うことがあるか聞きたかったのだ、と。というか今、ものすごいチャンスを逃してしまった気がする。


(もおぉぉぉおお!どうしていつもこうなの?!)


 心の中で頭を抱えながら、この部屋の中で私1人だけが何もしないで椅子に座っているだけという状況に、さらに居心地が悪くなる。いや、何もしていないわけではないけど、山積みの紙の束を格闘している6人に比べたら圧倒的に簡単な事しかしていない。


「それで、本当は何がしたかったの?」


「へぁ?」


「本当に椅子に座りたかっただけ?」


「ぇあっち、違いまし!手伝うこと、は、あります、か‥‥‥」


 噛んだ‥‥‥噛んだんだけど。恥ずかしい。シルヴィオ様、さっきから肩震えてるし。もうやだ。家に帰りたい。アウリに会いたい。アウリと一緒に、あの本の部屋にこもりたい。


「それならこれの確認をお願いしようかな。印は最後にまとめてするから、許可できるものと出来ないものに分けておいて。判別の仕方は分かる?」


「はい‥‥‥」


 シルヴィオ様が差し出してきたのは、入国申請書だった。書類に書き込まれている職業と年齢と国籍と記録魔道具に登録されているその人の情報を確認して、入国許可できる場合は許可印を押すだけの簡単な仕事だ。それは最後にと言うことだから、入国可能かどうか判断するだけでいいらしい。

 よく見ると、何段にも積み上げられた書類は、そのほとんどが入国申請書だ。きっと資料ごとに分けて積まれているだろうから、ざっと見た限り入国申請書だけで9割以上ある。これもヴィノリーナ国と同盟を結んだことによるものだろうか。


「これの使い方だけど‥‥‥」


「大丈夫、です。分かります」


 書類と共にシルヴィオ様から受け取ったのは、入国申請書を出した人の情報が入っている記録魔道具だ。莫大な情報が入っているにも関わらず、そのサイズは何と手のひら大。

 これまでの記録魔道具は持ち運び不可能な上、記録できる量もごく僅かだった。掌サイズの本一冊分も記録できないほどに。

 逆に使用する方が不便であるという常識を覆したのが、レナード魔術師だ。彼は記録魔道具だけでなく、魔道具作成の、更に魔道具使用方法の常識を根底から変えてしまった人だ。

 よく見てみると、この記録魔道具を作成したのがレナード魔術師だった。魔術式の癖からそうであると分かる。

 それにシルヴィオ様達が使っているところを見ていたから、使い方も分かる。魔道具を起動させて申請書の数字を読み込むと、勝手に申請者の情報が空中に表示される仕組みだ。しかもその情報は魔道具を起動させた人しか見ることが出来ない。この単純な仕組みはレナード魔術師が好むものだ。

 そう理解していたから正直に答えたのだけれど、何故かシルヴィオ様は笑顔が消えて固まっていた。


「え?」


「え‥‥‥?」


 え、何?私、何か変なことでも言った?

 紙の束と小さな記録魔道具を抱えた私は、頭はフル回転しているのに、体を動かすことができなかった。

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