青年。
ただ漠然と、小説というものを書いてみたくなり、予め決めるべきである物語の構成や、登場人物。時代背景や設定などなど。それら全てがまっさらな状態から書き始めた物語。結局どこまで行って、どこで終わらせるのかさえ、作者が分かっていない。
まったく清々しくなるような寒さのなかハンチング帽子を深く被った青年が、うっすら氷の張ったような白ばんだ道を、どこに向かうでもなく進んでいた。
右の胸ポケットをまさぐって取り出そうとしたのは、飾りっ気は無いが、勝手の良いお気に入りのタバコ入れ。
「なんだよ、切らしてるじゃないか」
足先はタバコ屋まで行く道に向いた。八百屋、魚屋、肉屋、雑貨屋、家具屋、火薬屋。暮らすのに必要な物には一切目もくれず、他に切らしている物があっただろうかという程にはどうでも良い事だったようだ。
交差点に面した、一ブロックの角地。小さなタバコ屋にしてはそこそこ良い立地のはずだが、あまり繁盛はしていない。多分小さすぎてみな気が付かず、通り過ぎるのだ。
「やあ、いつものやつあるかい」
「よう、いつものやつったって、毎度毎度銘柄変えるじゃないか。最近ニッポンとかいう国のタバコが入ったぞ。」
小さなタバコ屋には似つかわしくない、恰幅のある、初老の男が出てきた。
「なんでそんなもん入ってくるんだ?物好きな商人も居たもんだ。」
「少し前にスピークイージー(隠れ酒場)に行ったらな、この辺じゃ見ない奴が呑んでたんで話しかけたんだ。そいつがあんまり金がないからって、これ全部でいくらになると思うかって話になってな。」
「面白そうだから金と交換してきたと?」
「いや、酒代を奢ってやっただけだ。」
「セドリック、人としてどうなんだそれは」
「良いじゃないか、本人は満足そうだったし、酒の値段だってバカにならないからな。それで、いるのか?いらないのか?」
「ああ、今日はそれにしようかな」
「全部か?」
「全部。」
「まいど」
タバコの相場としては高いが、最近平凡な日常を過ごしている身からすれば、十分払う価値のある、面白そうな事だったのだろう。
釣り銭を渡し、ポケットにしまった時、少し間を開けて聞いた。
「ところで、最近グロリア婆さんの調子はどうだい。酒場になんて、行ってても良かったのかい?」
「余計なお世話だと言いたい所だが、最近たまに店へ出られるようになったぞ。お前の事も話してた。今度会ってやってくれ」
「そうか、最近良い事も悪い事も無かったから、ちょっと警戒した。いやいや、よかったよ。ホントに。今度来た時は土産でも持って来るよ。」
「ああ、そうしてやってくれ。それじゃあまたな」
「ああ、また。」
店を出ると、モデルTが止まった。ティミーズアイアンと書かれたドアに、荷台からは鉄の束が頭を覗かせている。
ドアを開き、作業服を着た男が言った。
「仕事だ、乗ってけ。」