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4 あからばちめの煮付けと蕗の煮物



「藤堂さん、大丈ー夫かなー」

机にへたっとなついて半分寝そうになりながらいっている篠原守を、冷たい視線で藤沢紀志がみていう。

「勉強はどうした?おまえは、佛教大学を受けて合格するんだろう」

「…ち、ちがいますっ、…――!ふっちゃん!ぼくは!坊主にはぜったいになりません―!なるのは医者です!お勉強は、医大に受かる為のものですー!」

「ふむ。それで、数理しかできずに、現国が壊滅的な成績で、医大も受かるのか?」

「うっ、」

つまって見返す篠原守にすでにかまわず。

藤沢紀志は自身の受験勉強の為に机に置いた教科書を読む。

教科書と参考書、そして問題集を腕と頭の下にしてしまって、へたっと机に懐いている篠原守にもう視線は置かない。

「えーっ、…ふっちゃん、つめたいー」

嘆くが、もう藤沢紀志からの返事はない。

 処は、篠原守の実家である寺。

 今晩は、受験の為の合宿だ。

 淡々と勉強を勧めている藤沢紀志をみて、うーっと、篠原守がうなる。

「いいんですけどね、…うん、」

 藤堂さんは心配だけど、と。

うっそりと起き上がって、うつろな眼で問題集をみる。頭の下にしたせいで見事に折れ曲がった問題集を伸ばしながら、ふう、と息を吐く。

 ――本当に、藤堂さんは心配なんだけど。

本来なら、もっと世話をしなくてはいけないのだが。そこは、彼らが受験を控えているということで色々と免除されていたりした。

 ――本来は、別の世界から来た人達は、最初に接触した、…今回は僕達がお世話をきちんとしなくちゃいけないんだけど、…。

偶然とか色々が重なって、藤堂と接触したかれらだったが。

 まあでも、ぼくらの本分って学生ですし?

特に、篠原守は両親からの寺を継ぐようにという圧力をかいくぐって、医者になるという夢があるのだ。

 合格したいのは医大であって、佛教大学ではない。

 ――絶対に、坊主じゃなくて、医者になりますからね…!

ぐっ、とこぶしを握ったりして百面相している篠原守にまったくかまわず、淡々と向かいの机で勉強を続けている藤沢紀志。

 無視されていても、強い心で、ぼくがんばります、…!とか一人芝居をしている篠原守。

 ともあれ、いまは藤堂の世話をかれらがみることはないようだった。―――




 そのころ。

「んあ?引越してきたのって、おまえさん?」

ぼーっと顔色の悪い無精ひげの人物に声を掛けられて。

「…―――」

警戒のあまり、藤堂は思わず返事ができずに固まっていた。

 滝岡総合病院にほど近いマンション。その一室に、藤堂は一人暮らしを始めていたのだが。コンビニで買った食事代わりの色々を入れたビニール袋をさげたまま、部屋に入ろうと鍵をあけようとした姿勢で固まって動けない。

 無精ひげによれた服装で、顔色が異常に悪い人物が、じっと自分をみていた。

 相手は、どうやらいま隣の部屋から出て来たようなのだが。

 どうしたら、と思いながら思わず固まっていた藤堂に。

「ああ、…おれ、この部屋に住んでる永瀬。めずらしいから、一応、先にきいてたんだよ、おまえさんのこと」

「…え、あの、…はい?」

部屋に入って逃げたい、とおもわず思いながら構えているのに。

全然、それを気にせず、永瀬と名乗った人物が藤堂をみる。

「めし、ちゃんと食ってんのか?…―――よろしくしろって、いわれちゃってるんだよなあ、…なんでおれ?しかし、…まあ、いいか-」

「はい、あの、…?」

つい引いて踵を返して逃げようか、と思った藤堂の腕に永瀬がかるく手を置く。

「え?」

顔が引き釣っているのがわかるのだが。

そうしたことにも全然かまわず、永瀬という顔色の悪い無精ひげのよれよれの服を着た人物は。

「…しかたない、よろしくな?」

「え、―――あのっ、!?」

あわてて手を振り払って逃げようとして。

 ――なに?

腕をかるくつかんでいるとしかみえない手の力が。

 軽く、何か一瞬身体が浮いた気がした。

「…―――!?」

突然現れた永瀬という顔色の悪い人物に、藤堂は隣の部屋に連れ込まれてしまっていた。―――――




「よく空いてたな、しかし」

「だろー?まあ、院長がなにかけんりょくーとか使ったんだろうけどなー」

いう声にうなずいて、床に直接座り込んだまま行儀悪くあぐらをかいていっているのは永瀬。

 声の主は、黒いスーツに黒いネクタイと葬式のような格好をした凶悪な面相の人物だ。長身で痩せ形、強面の人物だ。

 その人物は、いま永瀬の部屋――本人がいっているのを信用するとしてだが――の台所に立って、包丁を使い何かを剥いている処だ。

 殆ど物のない永瀬の部屋で、会話する二人を藤堂はできるだけ部屋の反対側で、壁を背に立ったままみている。

「それより、説明してやれよ」

「あん?」

永瀬が眉を寄せて、壁際に立ったままの藤堂を見返る。

「…―――」

無言で構える藤堂に、永瀬がしばし無言でみて。

 視線をそらし、あごに手をあてて。それから、突然床にへにょーん、と伸びて二つ折になる。いきなり柔軟を始めた永瀬に、眼が点になって声もない藤堂に。

 包丁を操りながら、強面の男がため息を吐く。

「仕方ないな、…。取りあえず、おれは関、こいつに呼ばれて、きみの食事を作りにきた。わかったか?」

「…―――え?」

黒いスーツの強面にそういわれて、藤堂が言葉を失う。

「…食事、ですか、…?」

とんとんとん、と包丁がまな板に良い音を立てている。手際よく鍋に切った具材を入れていきながら、先に湧かしていた湯に入れた昆布を箸に取り器によけて。小皿にだしをとった味をみながら、持ってきた魚にくしをさす。

台所の様子は、立ったままの藤堂からはよくみえる。

 ――いや、だけど、その、…。

その道の人ではないか、と思えるような強面に黒いスーツ。長身で痩せた険相からは、どうにも、その。

「突然、人の部屋に連れ込まれて、おれみたいのが呼ばれてきたら、それはこわいだろ、…おい、永瀬、だから、なんでおれが説明してるんだ」

あきれたようにいうのに、永瀬は全然反応しないで柔軟を続けている。

「ええと、…その、…」

「おれは関だ。こいつは、永瀬」

「…――と、藤堂、です、…」

「うん、そうか、藤堂さん」

「は、はい、…」

困った顔で関が藤堂をみて苦笑する。

「…永瀬、藤堂さんの上司は誰だ?」

「ひかる」

永瀬から出た人物の名前に藤堂が驚いてみる。

「そうか」

いうと、味を調整して、取り出した昆布を刻みながら。

台所の前に置かれたタブレットが起動しているのを確認して、カメラに視線をあわせる。



「何だ!関ともう知り合いだったのか!藤堂くん!」

明るい黒瞳に元気な声。

 扉を開けるなり、そういって大股で入ってきた光に、藤堂は困惑しながら視線を向けていた。

「光さん…?」

驚いている藤堂に、光が明るい視線を向けていう。

「関に呼ばれて驚いたぞ!もう知り合いだったのか!なら、もう紹介しなくていいな!美味しいご飯を作る料理人を紹介するといっていたろう!」

「…あ、はい、確かに」

先日の昼食会で確かそんなことをいっていたような、と思いながら。

藤堂が戸惑っているのに、関がため息を吐いて光と永瀬をみる。

「おまえたちはな、…説明はちゃんとしてるのか?」

「何の説明だ?おまえが、上手い料理を作るのは、今度紹介しようと思っていたぞ?」

「そうなのか、…。いや、そうじゃなく、…永瀬」

「んあ?」

床で柔軟をした後、どうやら何も説明しないまま寝てしまっていた永瀬が、ようやく顔をあげる。

「めしー?関?あいしてるー!ごはんー」

まだねぼけた顔でいう永瀬に、関が大きなため息を吐く。

「おまえな、そういうことをいうなと、…。光、おまえはどうする、食うのか?」

「あるのか?」

「多少ならな。…藤堂さん、光。そこのテーブル出してくれ、そう、折りたたみのだ」

関が額に手を置いてしばし視線を伏せてからいう。

「…――はい、」

「藤堂くん!手伝うぞ!」

茫然としながらも、いきおいよく手伝いに来た光に負けて指示されたテーブルを出す。それに。

「並べるの手伝ってくれ」

「あ、はい…―――?」

台所から、テーブルへと関が運んで来た皿にのった料理に。

「え?」

思わず、眼を丸くして見つめてしまう。見事な魚の煮付けに、―――。

 美しい盛り付けで、日本料理がまるで料亭レベルで。

 既に複数の皿に美しく並べられた料理。

 料理の皿と、関の強面な顔を思わず見比べてしまう。

 その藤堂に、特に表情は変えずに。

「手伝ってもらえますか?まだ皿が向こうに」

「…―――あ、はい、その、…―――わかりました?」

台所に向かって。そこに用意された料理に唖然とする。

 いつのまに、これだけの料理を作ったのか。

 手際よく包丁を操る音はしていたのだが。

 小皿に、昆布を刻み山椒の実と和えた一品に。

 あからばちめの煮付けに、ふきの煮物。

 椎茸と人参も美味しそうに煮物にされていて。

 ご飯は、どうやら土鍋で炊いたらしい、炊き込みご飯。

 土鍋をミトンをした手で運んで来た関が蓋を開けると、湯気と共に良い香りがする。実山椒を散らして、筍に揚げを入れたたけのこご飯になっているようだ。

「…美味しそうですね、…」

「丁度、保存しておいた山菜とたけのこを使ってみないかともらったものがあったので。季節外れですが、保存状態を試して欲しいといわれたものなので、よろしければ」

「それでたけのこなのか!」

思わず呟いた藤堂に関が説明し、光が感嘆の声をあげる。たけのこの季節からは随分と外れているが、実に美味しそうなご飯で良い香りがして、藤堂は腹が空いているのを思い出した。

 ――そういえば、コンビニで何かつまもうと適当に買ってきたんだった、…。

藤堂の世話係だという高校生二人。その内、篠原守がこの場所を一番先に教えないと!とか慌てながら教えてくれたのが、仕事場と住居に近いコンビニの場所。

 ――これさえおさえておけば、生きていけるよねっ!

そういった篠原の得意気な顔が記憶に残っている。藤沢紀志も同行していたが、まずコンビニということに異論はないようだった。

 一度、壁際に置いた白い袋を見返る藤堂に、永瀬が突然顔を寄せていう。

「冷蔵庫入れるもんあるか?」

「うわ!」

驚いていう藤堂に、永瀬がまだねぼけているような顔でまたたく。

 それを、強引に割って入って関が距離をとらせて。

「おまえな、…すまん。こいつは、これでも悪気はないんだ、…。で、冷やしておいた方がいいものはありますか?」

「あ、…はい、その、…ない、です」

買ってきたのは、つまむようなものばかり。ポテトチップスや、乾き物とか。

 ―――身体には、良くなさそう、…かな、…。

ちら、とコンビニの袋をみていう藤堂に、関が苦笑する。

「もしかして、身体によくなさそうなものばかりですか?」

「はい、あの、…――」

どうして考えていたことがわかったんだろう?と疑問を顔に出してしまっている藤堂に関が笑う。

「すみません、…一応、こいつは医者なので、気になったんでしょう。…多分、光に頼まれてるでしょうしね」

「そうだ!永瀬先生には、藤堂くんのお隣として、栄養管理を頼んだからな!」

それに、既に椅子に座って食べるのを待っている光が明るい声で応える。

「え?その、…?」

 先生、…医者?と。

思わず、藤堂が永瀬を見直すのに。

「あ、…――せきくんのごはんだー、…あいしてるー、ごはんー」

無精ひげに顔色が凄く悪い永瀬が、ぼーっとした視線のまま席について良い香りのご飯になついている。

 ――ええと、…この人は、…医者?これで?

思わず特大の疑問が顔に書いてあったのだろう。

 うんうん、と腕組みをしてうなずいて、光くんがいう。

「永瀬先生は、顔色は最悪に悪いが、良い医者だからな!集中治療室専門だが!」

「…ひかるくんー、なにー?」

「そう、こんなのでも医者でな。…」

ぼけている永瀬に、関がうなずいていう。

「集中治療室、専門の先生、…ですか、…?」

「普通の診察とかはしないようですがね。昼夜無く勤務してるので、…この格好は、…おまえ、髭くらい剃れよ」

「ええ、―――だって、宿直室に、髭剃りのストック忘れたんだもん、―――替刃、ないの、かって」

「なんでおれが買うんだ。…わかった、瀬川さんにいっておいてやる」

「…さいきん、瀬川ちゃんのあいがないの。おれの凍るくん、ストックおいといてくれないんだもん、…」

「もう夏は終わったろう」

「ええー、まだ暑いしー」

「冷えた物食べ過ぎると身体に悪いぞ?ああ、光。食べていいぞ」

「よし!いただきます!」

ぐだっている永瀬に関が対応しつつ。行儀良く食べるのを待っていた光の輝く視線に、気がついて関が食べる許可を出す。

 お預けから、許可をもらった犬のように、光が元気よくいただきますをいって食べ始める。

「藤堂さんも、どうぞ。…永瀬、おまえくわないのか?」

「くうー!」

「は、はい、…いただき、ます、…」

そうして、何だかわけがわからないまま。

 藤堂は、大変美味な日本料理、――本当に料理人が作ったとしか思われない見事な膳をいただいたのだった。

 ―――魚の煮付けなんて、どれくらいぶりに食べたろう、…。美味しかった、…。

 ふきや椎茸すら美味だったのだ。あまり得意ではなかったというのに。

 かくして、藤堂は大変美味な日本料理を晩飯として食べたのであった。








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