11 神との遭遇 1
「やっぱりな、…――」
関が肩を落とす。その隣で、その肩をかるく叩いてなぐさめるのは篠原守だ。
「仕方ないですよ、うん」
藤沢紀志もまた遠くを見ている。
「あいつは、…何だってまた、」
額に手を置いていう関と、かれら三人を包んでいるのはあきらめモードだ。
処は、食堂。―――
さて、しばしときは巻戻る。
「たかじょうさん、ですか?」
「うん。漢字は鳥の鷹にお城で鷹城です。こちら、漢字使ってる世界の人でいいよね?」
これで説明?と篠原守に視線を振り向けていう鷹城に。
「…いえ、いーんですけど。何の御用です?秀一さん」
「うん。濱野さんから、こちらの藤堂さんに伝言があって」
「え、…室長から、なんですか?」
藤堂がその鷹城の言葉にあわてて視線を向ける。一瞬、その美貌に意識が飛びそうになったが、そんなことに構っている場合ではない。
別の世界とか何とか、現実か夢幻かとか考えているとしても、藤堂は平凡な人間なのである。いま現在、仕事でいっている先の上司からの伝言なんて、この世界が現実かどうか考えるより大事なことだ。
藤堂は、もともとかなり小心な方だと自分を思っている。
だからこそ、いま仕事が趣味の範囲にしか思えなくとも、そのバイト先で仕事があり給料がもらえている以上、その仕事場の上司からの伝言など最優先事項である。
どこか構えている藤堂に、鷹城がにっこりと微笑む。
「うん、濱野さんから、出来るだけいそいで戻ってきてほしいって。二、三日後納品のセキュリティ・チェックがあるから、一緒に缶詰になって仕事してほしいみたいですよ?」
「…―――かんづめ?セキュリティ・チェック?」
呆然と鸚鵡返しでいう藤堂に、鷹城が首を傾げてみせる。
「この言葉、通じません?濱野さんがいってたの、そのままなんですけど?」
最早、鷹城の直視してしまうと意識が持って行かれそうな美貌にも、無意識に視線を逸らして視界から外しながら藤堂が目まぐるしく考えているのは。
―――セキュリティ・チェック?つまり、…―――納品が二日後?
多分、三日というのは予備日だろう、…。そう考えると、一体、――…時間が、…。
「鷹城さん、室長がおられるのは、ぼくが行けばいいのは研究室で大丈夫ですか?」
突然、顔をあげていう藤堂の必死な様子に鷹城が少し目をぱちくりして、それからにっこりと笑む。
「はい。何か、遠隔でやるとかいってましたよ?意味分かります?」
「はい。―――では、すみません、関さん、藤沢さん、篠原さん。おれ、いかないといけないので」
あわてて、かなり切羽詰まった様子で席を立つと急いで出ていこうという藤堂に鷹城がいう。
「一緒に行きましょう。お連れしますよ、こちらへどうぞ」
「はい、ありがとうございます。…セキュリティ・チェックで、…納品二日、…」
すっかり濱野に呼ばれた仕事内容に意識が向いてしまっている藤堂を関達が見送る。
鷹城に藤堂が連れ去られるのを見送って。
「つまりは、…――可哀想にな、…。もう仕事か」
関が慨嘆する。しみじみと見送る視線に何処か哀愁がある。
「そうですよねえ、…。要は藤堂さんの悩みって、時間があまってるから考えてしまうようなものですものね」
篠原守の言葉に、関がうなずく。
「だな、…どうにも真面目な人みたいだが、これから大変だろう。…濱野さんから伝言が来たってことは、これまでのテストで作らせていたプログラムとかが合格したってことだろ?いわゆる試用期間が終わって、これから、」
「いろんなこと、考える時間もないくらい忙しくなるでしょうねえ、…」
気の毒ですけど、と篠原守が視線を伏せる。
「特に急ぎの用件だったようだからな、秀一さんまでわざわざ迎えに来ているわけだから」
藤沢紀志がいうのは、そのことだ。
「ですよねえ、…。秀一さん、濱野さん達の上司ですものねえ、…。研究室としては普段、好きなことされてますけど、請け負ってる秀一さん絡みのお仕事って、とっても大変ですもんねえ、…」
「いうな。篠原くんがそういっていると、おれも巻き込まれる気がする」
沈んだ声でいう関と、篠原守が無言で視線をあわせて、同時に肩を落としてため息を吐く。
過去の秀一が絡んだ厄介兼面倒くさい仕事の色々は、思い出したくもないものだ。
世界の終わりなんて、それこそ下手をすると週一ペースで関わりたい案件ではないのだ。
「…秀一さん、…」
その麗しい美貌にも関わらず、あだ名として「週一さん」という、…。
「忘れよう、ぼく」
つい、忘れたい色々を考えてしまった篠原守が首を振ってつぶやくのに、関が遠く視線を庭へと投げる。
そして。
「うわっ、…何処から出てくるんですか!」
「あら、ひどい言い様ですことねえ、…。ぼく、お化けとかじゃありませんことよ?」
関が視線を向けた庭から、突然、ぬっ、と姿を現わした長身の老紳士――多分、外見だけなら充分紳士だ――橿原がすねるようにしていうから。
「突然現れれば誰だって驚きます。処で、これまでの会話、ずっと立ち聞きしておられたんですか?」
関がその橿原に動じずにいうのに、首を傾げる。
「あら、立ち聞きはしておりませんことよ?」
「本当ですか?」
「だって、座っておりましたもの。立ってなんて、つかれますでしょう?」
橿原が示す先には、庭へと出入りできる扉の陰になる場所に置かれた椅子と、それをいま片付けている真藤がいて。
「…真藤さんまで、…――」
「こんにちは、関さん。やはり、関さんにお願いすると現実的な処に足場が出来ていいですね」
「…――何がどうなってそういう評価になるのかしりませんが、…ありがとうございます。それで、藤堂さんに対しては、これでいいんですか?」
部屋に真藤が持ち込んだ椅子に橿原がゆったり座り、しずかに微笑む。
「そうですね。思ったより濱野さんからの連絡が早く来ましたけど、それでチェックはもう終わったと云うことでしょうから、大丈夫でしょう」
「…藤堂さん、かわいそうになあ、…。もう働かされるなんて」
「まあ、暇よりはいいだろう。考えて悩むことも減る」
橿原の言葉に篠原守がなげき、藤沢紀志がいう。
「つまりは、藤堂さん、――別の世界から来たっていう話ですが、それに対して、この世界で仕事をしてもらっても大丈夫だと濱野さんが仕事をチェックして合格が出たということですか?」
確認する関に橿原がうなずく。
「その通りです。異なる世界から来た方の作られたプログラムがこちらの世界で動かしてもいいものかどうか、…――。その他、濱野さん達に調べていただいておりましたからね。その方面でのお仕事をして頂いてもいいと許可がでましたから、」
「…―――これから、怒濤の仕事量が始まるんだな、…。同情する」
深くしみじみという関に、藤沢紀志も無言でうなずく。
「濱野さん、仕事始めちゃうと昼夜ないもんねえ、…。」
「納品二日とかいってたが、あれは何だ?いきなり大丈夫なのか、藤堂さん」
「…秀一くんが出てくる話ですからねえ、…関さん、あなたも巻き込まれます?」
「いやです」
橿原の問いに即答する関と。
そして。
「そうですよ、…橿原さん。おれの方の用事も済ませていいですかね?」
「あら、何でしょう?」
関が篠原守と藤沢紀志の二人を見るのに、察して篠原守が立ち上がる。
「じゃあ、僕達、勉強があるんで!」
「すまないな」
関が礼をして、高校生二人は部屋を出る。
残る真藤と橿原に向き合い、何事か関が真剣に話し始めるのを背に。
「関さん、やっぱり人が良いよね。刑事さんとしてのお話が橿原さん達にあったのに、藤堂さんの悩みとかの話もきいちゃうんだもんなあ」
歩きながらいう篠原守に藤沢紀志がいう。
「それはな。ともかく、橿原さんが話を振っていった以上、用件も片付けない以上は話を聞かないだろう」
「それはそうだよね、…。ちょっとひどいかも」
「橿原さんがひどくなかったことがあるか?」
「…―――それはそーなんだけどー」
いいながら、屋敷を出ると迎えの車がいて。
ロールスロイスほど派手ではない車に乗って、寺へと戻る二人である。
そうして。
見事に、デスマーチならぬ。
怒濤の仕事量に巻き込まれて、仕事以外のことを考える余裕なんてまったくなくなった藤堂がいたのだった。
濱野が急いで藤堂を戦力として呼んだセキュリティ・チェック。
鷹城秀一が絡んだ案件。
簡単にいうと、政府関係のサーバ・セキュリティの緊急防衛。
攻撃拠点を二日以内に感知し、逆襲して穴を塞ぎ、トラップを仕掛けてウサギを捕まえたら、特急で仕上げて三日目には偉い人に見せられる報告書をあげる。
まったく説明なく、セキュリティ・チェックときいただけで藤堂が危機感を憶えたのが正しすぎるくらい忙しくとんでもない案件だった。
ちなみに、藤堂の認識ではセキュリティ・チェックというのは、護らなくてはいけない情報を管理するコンピュータ――サーバとかなんとか――の守備がしっかり出来ているかを確認する仕事という意識になっていて。
その場合、予想される攻撃される穴に関して想定攻撃を行ってみせて、それを塞いで塞いで潰し続けて報告書を作成するという仕事内容を殆ど無意識に考えている。
――そんなすべてのノードを潰すことなんておれはいやだ。
短い濱野との付き合いの中でも、そうした要求が想像できるくらいには室長に投げられていた趣味範囲の仕事の中には色々あったのだが。
鷹城秀一絡みの政府案件は怒濤の仕事量を伴い、それでも何とか無事完了した。
もう、最後には完了しか考えられなくなるくらいには藤堂は働いた。
そう、世界が現実か幻かなんて考える隙もないくらいに。
人間、暇だとろくなことを考えないが。
仕事が、徹夜を辞さない位につまりきって、完了見込みが立たない中、締め切りが目の前にあるという地獄をみると。
世界が現実か幻か、とか考えている暇は本当にないのだった。
考えてみてください。
世界中から攻撃を受けているポートが開いた状態のサーバがあるとして。
どうやって護れっていうんですか?
なぜ、スタンドアロンではいけないんですか?
物理で攻撃というか穴を抜こうとする人的セキュリティ・チェックに引っ掛かる人間がいるなら、それ警備の責任でサーバ管理してる側が何ができるっていうんですか?とか、全然いってられない世界で仕事をすることになると。
その仕事は、大体こんなような感じで進んでいっていた。
研究室。
藤堂がモニタとキーボードに向かいながら呟く。
「――もう物理で壁を作りたい、…」
「藤堂くん、それはムリだからね?…ジャスミン、穴はあといくつある?」
「塞いだ分が1238、新たに攻撃されて出来た穴が128です」
「――なーぜー、ひらいているのー、あなが-」
涼しげなAI――ジャスミンの声に、濱野がうたうようにつぶやく。
もちろん、視線はモニタで、手はキーボードだ。
少し離れた机に藤堂と濱野は座っているが、その視線がモニタから離れることはない。
「コマンドっ、ていうか、…――もうやだ、どーして、こんなに政府のさば脆弱なの?脆弱性がないと、仕事しちゃいけないっていうきまりでもあるの?」
「濱野さん、誰かが、わざとかもしれませんけど、…セキュリティ・チェックもかけてないプログラムの更新をしたみたいですよ?」
「…――ねえ、しってる?入れちゃったプログラムは仕方ないけどさ、更新はこっちで管理するって契約書にあるよね?セキュリティ・チェックしてから、更新許可してこっちで全部管理して更新するからって、いってない?」
濱野が切れ気味にいうのに、藤堂がモニタをみつめたままいう。
「それで、契約内容はおれはまだきいてませんが、―――。これ、いま片付けているセキュリティ・ホールとバッティングしますよ」
「…―――埋めていい、藤堂くん。」
「ダメでしょう、…契約してるんですよね?」
「だからって、あほが壊して回る外壁を修繕する契約なんてしてないー!」
「落ち着いてください。いまブロックしましたけど、これ放置したら壁全体が崩れますよ?」
「…―――」
悲愴な表情で無言で濱野が藤堂が応急処置をした「壁」を直していく。
ついでに、勝手に更新されたソフトウェアを元のバージョンに戻して固定しておく。
「いいんだ、…おれ、つよくいきるんだ」
「アタッカーが総攻撃来ましたよ」
「古典なDOS攻撃、…――いつでも物量は正義」
「正義かどうかはしりませんけど、…――フロー出ました、ジャスミンさん?」
「フォローします。攻撃により溢れたデータ処理は此方で引受けました」
「頼みます。」
「おお!…―――よーし!こ、こ、…だっ!」
華麗に濱野がキーボード操作を行い、モニタ上に並ぶ無数の光点を一気に叩きつぶす。
「よーし!」
濱野がガッツポーズをする。
「セキュリティ・ゲート・オープン」
ジャスミンの淡々とした声が響く。
「逆襲を行います。攻撃拠点へのアタック開始、…―――18986ポイント」
「…さて、どーなるかな」
濱野が手を休めて、顎を汲んだ手に乗せてモニタを見つめる。
藤堂も自身の前にあるモニタ上でジャスミンの攻撃が効果を現わすのかをみて。