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10 世界間移動保護プログラム


「それで、現実か幻をみてるのかって話なんだが」

「…あ、はい」

藤堂がつい驚いて、困ったように話し出した関を見返す。

困った顔で見返す関に構わず、篠原守はいつのまにか取り出していたノートを整理して仕舞い、藤沢紀志はひとつうなずいている。

「まあ、先に食生活の話を決めたのはわるかった。あいつらの食生活に関しては前から困っててな、…。藤堂さんにも迷惑をかけるかと思いますが、ご協力をお願いできればと思ってます」

「…は、はい、その、…僕でできることであれば、…」

関が軽く視線を逸らして天井をみる。

「いやまあ、…。特に、濱野さんに関しては、…と、それはともかくなんですが」

困ったようすが消えずに、関があらためて藤堂を見直して姿勢を正す。

何だかそのようすに構えて、藤堂もまた背筋を伸ばす。

「…藤堂さん」

「はい」

そして、そっと関が息を吐く。

「何が現実かとか、そんな難しいことはおれにはわからないんですが」

「…ごはん食べるのは大事だしね?」

「―――篠原くん。…まあ、そうなんだが」

途中で視線を合わせずに茶々を入れる篠原守に、困った視線を関が向ける。

「…どうして、橿原さんがおれに丸投げしてったのかはわからないんですがね。異界とか、別の世界とか、…。刑事をやってるおれにはまったく畑違いでどうにもならないことなんですが」

「…刑事さん、が本業なんですね、…」

関の言葉に思わずくちを出てしまった問いに、しまった、とおもうが。

「ああ、…はい。よくいわれますよ。おれとしても、引退してはやいとこ店を開く予定ではいるんですけどね?元々、料理が好きで」

「えっと、…そう、なんですか。お店、…料理を出される?」

「はい。予定では。藤堂さんも、付き合っていただけると助かります。都合がつくときがあれば、食べてやってください。滝岡とかの関係で、おそらく呼ばれることも多くなるかとは思うんですが」

 滝岡というのは、滝岡総合病院の?とおもいつつ藤堂が関の話をきく。

「めしを食うのは身体をつくる資本ですからね。あなたは、多分、…別の世界からこちらに来たといわれるなら、保護されてるんだと思います。」

「…保護、ですか」

「ええ。おれはよく知らないんですが。確か、そういう仕組みなんだよな?こちらに来たら、すぐ生活はできないから、確か生活の目途が立つまで保護するんだろ?」

藤堂の問いに、関が篠原守に視線を向けていう。

「あ、…うん、そうですけど?世界間移動保護プログラムでは、まず生命体はその維持を目的として、当該移動後の世界において責任をもって保護し、その主権を尊重することになってますからね?条約批准世界ですから、うちは」

当り前のことをいうようにくちにする篠原守に、藤堂が驚いて視線を向ける。

「…まってください、…?条約批准世界?保護プログラムというのは、…?」

「あ、その話まだでしたっけ?」

藤堂の驚きに篠原守が瞬いて見返す。

「いや、もしかして、私達はまず別の世界からこちらへ来たことに適応してもらう為に、世界の移動に関するその仕組みについては話していたが、―――。もしかしなくても、藤堂の居た世界はこの世界より科学技術については発達していた世界だということは話していてわかる。それなら、法律上の話をしてしまった方が、わかりやすかったんじゃないか?」

「あー、…そうか。…最近、僕達の関わった移動生命体っていったら、ニンゲンじゃなかったり、こちらでいうと江戸時代みたいな人達ばっかりだったから、…―――」

篠原守と藤沢紀志の二人が、あらためて気付いた、という風に藤堂を見る。

「…ええと?きみたち?」

「そうだよね、…。科学水準でいえば、先をいってる世界の人だもんね、…」

「濱野さんが引受けた時点で、私達の対応は間違っていたということだな。理解が遅い」

すまん、と視線を伏せて反省している藤沢紀志。

「て、いうことは、…。もしかして、世界間移動生命体保全プログラム第十七条一項、補の十一、世界間移動を行った後、どのような現象が発生しても当該生命体の保全はその転移先世界における義務である、とかも理解できる、…?」

「できないと思う方が失礼だろうな、…。すまなかった、藤堂さん」

篠原守が何処か遠くを見つめて暗記している文章をくちにするのに、藤沢紀志がため息をついて、あらためて藤堂をみてあやまる。

「何を、別に謝られることは」

「藤堂さんが、こちらにきて保護されてるみたいで、何か自分に都合よすぎて夢みたいだっていってたじゃん」

「…そう、だけど」

反省するように篠原守が視線を伏せて。

「ごめんなさい。それは、本当に。関さんがいってる通り、保護してるからなんだよ」

「保護して、」

「…そうだ、保護している。私達が世話人となってな。生活の不便はないか、自立して生活できるようになるまで、案内をするわけだが」

「僕達、最近、なんていうか、…。この世界とあまり似ていない世界から来た生命体さん達を案内してることが多かったから、―――。」

困惑したように篠原守が言葉を切る。それを、藤沢紀志が引き取って。

「すまなかった。要は、江戸時代からタイムスリップしてきたような基礎知識が異なる時代から来た人達への対応のような扱いをしてしまっていたということだ。私達が。―――本当に、すまない」

「ええと、…」

高校生二人の言葉に困惑して声もない藤堂に、関が三人を等分に見回していう。

「つまりは、もっと難しいことをそのまま話せばよかったのに、わざわざ小学生にいうような説明をしてしまってたということだろう?二人とも」

「はい、そうなります」

「だよね、…ごめん、ほんと、失礼なことしちゃって」

二人の反省に、関が苦笑して藤堂にいう。

「ゆるしてやってくれ。それで、この二人はあなたを小学生――つまりは小さなこども扱いで色々喩え話をしてしまっていたと反省してるわけだ」

「そう、…いうことですか」

関の説明に何だか腑に落ちて、藤堂が沈黙する。

 時代が、例えばこの世界よりずっと過去の世界から来た相手に話すとしたら、それはこれまで藤堂に対していたような説明になるのかもしれない。

「ある程度、世界間の仕組みとかについては、そちらの科学水準が高いのは理解できたから、その方向で話していたのにな」

「科学水準が高ければ、――他もすべて高いというわけじゃないでしょうけど、…。法律とか、――ちなみに藤堂さん、地球上に国っていくつありました?」

「え?国?」

不思議そうに問い返す藤堂に篠原守が提示する。

「…地球上に、政府っていくつありました?」

その問いに藤堂が首を傾げる。

「いくつって、――普通、一つだろう?」

「―――――…篠原、訂正しよう。科学技術の水準だけではないな。政治的にも藤堂がいた世界の方が進んでいる」

「…ままならないもんですねえ、…。藤堂さん、実は、この世界はまだ地球上を統一する政府がありませんでね?いま藤堂さんがいるここは、日本っていうローカルな地域だけを治める政府がある地域なんです。地球上にはですねえ、…いまこの時点で、一地方だけを治める政府をもつ国という単位が数多くありまして。200はなかったっけ?ふっちゃん」

「多少、増減しているからな、…。現時点でか、まあそんなものだったとはおもうが」

「…え、200?そんなに、…――地球上だよね?」

驚いて聞き返す藤堂に、藤沢紀志が腕組みして頷く。

「そうだ。約二百近く、国というものがあって、それらはすべて別々の政府が治めているんだ。」

「同じ人類なんだよね?異星人がいるわけじゃないんだろ?」

「――うん。ちなみに、藤堂さんのいた世界では、異星人っていたの?」

「…――それは、わからない。まだ、月基地に人類が住み始めたばかりだったから、…―――でも、人類しかいないのに、そんなに政府が沢山あってどうするんだ?無駄じゃないか?」

目を丸くしている藤堂に、微妙な表情で篠原守が見返す。

「まあ、そうともいうんですけど」

「確かにその通りだな」

視線を逃す篠原守と、真面目にうなずく藤沢紀志。

「もしかして、藤堂さんの疑問に関しては、何だ?篠原くんとかが知ってる法律面での話をしたら納得してくれるんじゃないか?つまりは、こちらの世界だけっていうか、おれの知ってるようなこの国での法律でいえば、難民申請と保護とか、入管に関するような話になるわけだろう?」

「関さん。しかし、政府が一つであるということは、難民とか国境が存在することを前提としたような話よりも、何か、そうですね、――…。こどもが両親を失った際の保護など、そういうなんというか、そういう喩えの方がよくはないですか?」

関と藤沢紀志の会話に、つい藤堂が驚きながら訊ねる。

「その、…国境というのはよくわかりませんが、両親を失ったこどもは保護されます。社会保護によって、すべての人類が生存と学習の権利、健全な生活を保障される権利をもっていますからね。…おれがしてもらってるのも、似たようなものなんですか?」

「…ままなりませんねえ、」

藤堂の疑問に篠原守が腕組みして視線を伏せてつぶやく。

「――――?それをいうなら、おれは社会保護プログラムによって大学を出て働くことになってたんですけどね。…」

「藤堂のいう社会プログラムを勉強させてもらって、この世界に反映すべきだな」

「そうですよねえ、…。」

共に腕組みして深くうなずいている篠原守と藤沢紀志を藤堂が不思議そうにみる。

 それに、大きく息を篠原守が吐いて。

「ともあれ、世界間を藤堂さんみたいに移動された方の生命と自立した意志を保護するというのが、この世界も批准している条約にあるんですよ。その条約に関しては、上位管理者がある程度の世界を纏めて管理していまして、…―――」

「いずれにしても、違反する訳にはいかないんだ。この条約は批准世界間での相互条約になっているからな」

「で、重要なんですが、批准していない世界からの移動生命体、―――この場合、藤堂さんですね、――が移動してきた場合でも、条約にあてはまるんですよ」

「つまり、―――おれのもと居た世界は批准していなかった?」

「おそらくは、ですけどね。管理官でもないと、常に変化している批准世界をすべて把握なんてできませんから」

「だが、おそらく藤堂のいた世界の科学水準で、藤堂が知らないとすると批准はしていなかった可能性が高いが」

「だとしても、これって、例えば、藤堂さんの世界は滅んじゃいましたけど、そういう世界の滅びとかを防いでくれるっていう条約ではないですからね?」

「…――そう、なんだ?」

不意に視線を向けていう篠原守に藤堂がいう。それに、藤沢紀志が視線を伏せて。

「世界間の、あるいは世界ごとの生滅に関わる法律ではないんだ。あくまで、人のような生命体がアクシデントで他の世界へと移動してしまった際に、その生命活動を保護するというのが名目だからな、…」

「それに、そもそも世界の滅亡とかそういうスケールの大きなことに手を出せるような水準の技術とかなんとかがある世界じゃないしね、…。ぼくらのいるこの世界って、そもそもあんまり科学技術が発達してるって訳でもないんだよね、…。滅んじゃったのが藤堂さんの世界なのが申し訳ないくらい」

「そうはいってもな。どの世界がいつ滅ぶかなど誰にもわからないことだ。此処は吹き溜まりとして割とながく続いてはいるそうだが、それでも世界改変や、離合、一部滅失などは幾度も経験してきているわけだからな?」

「まあでも、それってどの世界も同じじゃん?」

「…――一般市民としては、あまり世間で知られていない裏話をあまり野放図にしてもらっても困るんだが?」

藤沢紀志と篠原守の会話を思わず聞いて考え込んでしまっていた藤堂が、関の言葉に我に返る。

「それは、関さん。この二人の話は、――この世界でも誰もが知っている話ではないんですか?」

「一般的にはそうだな。おれは、身近にこの二人や、――それ以前に橿原さんとかがいるからな、…。滝岡とかは知らない。」

「滝岡さんというのは、…いまいる病院の?」

「院長代理だ。ちなみに、院長はあの橿原さん。光のいとこが滝岡で、あいつも外科医だ。普通に、この世界だけのことしか知らない外科医だよ」

「―――…あなたは?」

眉を寄せて問う藤堂に困った顔で関が天井を仰ぐ。

「それがな、…。一応、刑事として現実的な犯罪に対応するのが仕事なんだが、…。色んな事件が入ってきてな、…―――」

遠い視線になる関に、藤沢紀志がいう。

「何をいってらっしゃるんですか。関刑事は、異界部門の担当でしょう?」

「…――違う。断じて、違う!おれは、普通の、一般市民の生活を守る警察官で別にその異界担当とかいうのじゃない!」

「でも、相方が鷹城さんでしょ?秀一さんなのに」

「…誰が相方だ」

「まあでも、関の言い分もわかるけど、僕達が捕まえてるのは、確かに異界からの犯罪集団も多いよね。この間は、界境破壊テロ犯つかまえたんだし、あきらめて多世界間移動プログラムの批准条約と、そこでの世界間犯罪者引き渡しプログラム研修しっかり受けて、担当になればいいのに」

「誰がだ!おれの管轄はこの日本の神奈川県内であって、異界とか、何とかは管轄じゃない!」

「…――――」

藤堂は、唐突に挟まれた関への発言に顔を向けて。――――

 言葉を失っていた。

「はじめまして、藤堂さん。僕、いまお話に出ておりました鷹城です」

 美貌という表現では足りないだろう。

 黒髪が艶やかに。

 深い黒瞳が微笑んで。

 白い美貌は、見たものの意識を奪う。

 人とは思われぬ美貌。

 鷹城秀一が、微笑んでいた。

 古い洋館に馴染む良い仕立てのベストにスーツ姿。

 その姿が突然現れたことに、―――。





 


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