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1 黒塗りのロールスロイス

実に単純な別の世界からこの世界に来てしまった平凡な青年が

現実が何なのか?について悩んでしまうお話

閑話的なお話なので、よろしければまったりお楽しみください。



「光くん!」

明るい声がきこえる。

手をあげて、白衣の人物を呼ぶのは高校二年生の藤沢紀志。

普段のクールさ加減からは想像もつかない明るいテンションで小児病棟から出て来た相手を呼ぶのは、相手のテンションにあわせているからだろうか。

 公園に似た緑豊かな中庭でベンチに座り、ぼーっとしながらそのやりとりをみて平然としていられるのも、この世界に来てなれたから、ともいえるのかもしれない。

 藤堂はそんなことをぼんやり考えながら、昼下がりの明るい日射しに、空気があるっていいな、とか本当にぼけぼけと考えている。

 青年――元は、大学二年生兼就活の為に職場見学を兼ねたジョブ体験をしていた年齢だから、多分この世界でも青年という範疇に入れてもらってもいいのだろうと思う。―――というには、どうにもぼんやりとして覇気のないのんびりさ加減で藤堂は明るい日射しのもと、かれの座るベンチの傍に立つ藤沢紀志と、大股で歩いてきてとうとうすぐ近くまで来た白衣の人物をなんとなくみてみる。

 光くん、と呼ばれた人物は明るい黒瞳に意志の強さを感じさせる―――というか、まあ。

「紀志くん!元気だったか!こちらの藤堂青年も、覇気はまったくないが無事元気だぞ!」

「そうか、光くん!元気そうでよかった。色々苦労をかけるが、すまないな」

明るく元気に藤堂のことを指し示していう光くんと、その光にうなずいて礼をいう藤沢紀志。

「最近はどうだ?光くんの方は?」

「特に問題はない!また来週は手術があるから、準備に入る。そちらの研究は進んでいるか?」

「進んでる!この藤堂というのは本当に役に立つな。光くんの方では役に立っているか?」

「こちらはよくわからんが、多分立っているぞ!」

「そうか。それはよかった!」

光くんの背は高い方で、こういうテンションだが天才外科医だという。手術の準備というのは、難易度の高い手術をしてもらう為に、外国から患者が来る為に、その受け入れの準備になるのだろう。

 対して、藤沢紀志は背は高い方だが華奢で、そう、――多分、この世界基準でも美少女というものになるに違いない。言葉使いから、態度その他をすべてあわせみても、どこにも少女というカテゴリに入るような儚さや弱さは感じられないのだが。

 いや、これは少女という言葉に儚さや弱さが含まれていた藤堂が生きてきた世界の価値観と、この世界との価値観の相違であって、つまりは、―――。

 そう、つまりはこのテンションの高い二人――藤沢紀志は普段光くんに対するとき以外は却ってローテンションなのだが――の会話をぼーっと見上げている藤堂本人は。

 つまり、信じられない話だが。

 この世界――いま生きている世界とは、別世界から来て、いまここに生きているのだ。

 ―――いまひとつ、信憑性はないよな、…。

しみじみとおもうのは、別世界だの、もといた世界が滅んだだの、唯一人の生き残りだのという。いま、藤堂本人の意志にかかわらず、付属することになってしまった属性だ。

 青空をみあげる。

 空は、本当に明るく青く白い雲がきれいだ。

 緑の豊かな公園にも似た総合病院内の中庭のベンチに座っていると。

 傍で立ったまま明るく元気に話している二人の会話なんてきかないでいれば。

 青い空に白雲に気持ちの良い風の吹く午後。

 そんなばからしい話は、―――――。


「というわけで、いくぞ!藤堂青年!」

「え?」

いきなり肩に手を置かれて、光くんが明るい黒瞳でいうのに、目をみはり抜けた返事を返す。それに、光くんの隣で。

 静かな視線で、―――そうしていると、年齢が不意に読めなくなる―――藤沢紀志が頷く。

「藤堂、これから、―――」

「めしを食いにいくぞ!わるいが、おじさんの家だ!」

「…―――はい?え?それって、…」

藤沢紀志の言葉に被せて明るいテンションで光くんがいい。

戸惑った藤堂がそれ以上続けることは出来なかった。

 何故なら、そのとき。

「おまたせしまして、じゃじゃじゃ――――んっ!みなさまの篠原守です!大変お待たせいたしまして申し訳ございません!いまほど手配を済ませまして、みなさまをお迎えにあがりました!」

「…――――」

思わずテンションの高さに沈黙する藤堂の前に。

そんなことにはまったくかまわず、明るく元気でとんでもないテンションでお調子者です、と全身で主張しているような人物が現れたからだ。

 ひょろっとした、制服姿。

「篠原守、しのはらまもるです!みなさまのしのはらまもるが帰って参りました!あいてたのロールスロイスしかなかったけど、いいです?」

 ―――…え?

沈黙しながら言葉を選べないでいる藤堂の前で、明るくにっこり笑顔でいうのは篠原守だ。細身で背がまだまだ伸びていきそうな制服姿の高校二年生。男子高校生のお調子者というキャラを崩したところは一度もまだ藤堂はみたことがない――実にいつでも元気でつかめないキャラをしている篠原守だ。

 そして。

「ばかもの。もう少しおとなしい車を用意できなかったのか」

首をかしげて、どう?とか上目づかいに藤沢紀志に訊ねてみている――といっても、篠原の方が背は高いが――篠原守に冷たい声で藤沢紀志が言い切る。

「えー、でも、護衛とか、いろいろとかー、…いろいろかんがえはしたんですよー?でも、これしか空いてないっていうしっ、…いちおう、無難な処におさまるように努力はしてみたんですよー?」

首を傾げながらいってみせる篠原に、藤沢紀志が冷たい視線を注ぐ。

「結果を伴わないで経緯だけを説明されてもな。おまえ、努力があれば、結果が伴わなくとも良いというつもりか?」

「ええええっ、…つ、つめたいっ、…――!ふっちゃん…!ひどいっ、つめたいわっ!…よよよ、…藤堂先生、どうおもわれます?結果がすべてですって!そんな冷たいとおもいません?じゅんびとか、どりょくとかー、したんですよー?」

「…―――――」

思わず、視線を向けてくる篠原に何といっていいのか言葉につまっていると。

「それは無理だな、守くん。結果が伴わなければそれまでの経緯など意味が無いのは当然だ。手術して失敗したら、それまでの準備なんてゼロだぞ?」

「ひ、光くん、―――!」

真顔で当然だろう、と特に力もいれずにいう光くんに篠原が、ぐっ、と大袈裟によろめいてさがってみせる。

「そ、…そんな、人生シビアなっ、…!」

「お遊戯会ではないからな。手術など、人生がかかる。命がかかることだからな。当然だろう」

よよよ、と大袈裟にいっている篠原守に藤沢紀志が冷たく切り捨てる。

「えええっ、…!そりゃ、手術はそうでしょうけどー!ぼくの車手配なんてー!」

シビアすぎません?ときく篠原守に藤沢紀志が淡々と言い切る。

「千里の道も一歩からだな。結果が伴わない努力に意味はない。常日頃の行動という一石が、次を決定する。日頃の精進が大事ということだ。手を抜くな」

「ええええっ、―――!」

よろり、と冷たい藤沢紀志の言葉に篠原守がよろめいてみせる。

冷淡に表情を消す藤沢紀志の白い横顔は美しいといっていいほどに整っていて。

氷点下の無表情は、先に光くんと会話していたときとは別人のようだが、こちらの方が通常運転なのは藤堂にもわかっている。

「あ、でも、お時間ですからねっ?もうみなさん、派手でいやかもしれないですけど、黒塗りのロールスロイス、乗ってください!」

その氷点下の気配にもまったく負けずに篠原守がおちゃらけていうのも、すでに慣れた通常運転だ。

 もっとも。

次の光くんの行動には、慣れてはいなかった。まだ、知識というか、この人物に対して接触する機会が少なかったというか。

「そうか?別に黒は派手じゃないだろ。何が派手なんだ?」

いいながら、すでにすたすたと黒塗りロールスロイスに向かって特に何もかわらず歩いて行くのは光くん。

 それをみて、篠原守がううむ、と腕組みをしてうなっている。

「やはり、光くんは乗り慣れてますねー。この国以外でお迎えとか慣れてるからかなー、ほら、ふっちゃん!だから、別に黒塗りロールスロイスでも無問題ー!」

「ばかもの。私達と光くんを一緒にするな。王族や大富豪からも迎えに来るのが当り前の天才外科医と普通の高校生である私達の感性を同じ扱いでくくるな」

「えー、でもー、いいじゃんー」

「なにがいいんだ。――藤堂、乗るぞ?」

相変わらずの篠原守と藤沢紀志の夫婦漫才のようなテンポがはやい会話を茫然とみていた藤堂に。

 さらり、と。

篠原への抗議とは別に、これも光くんと同じく黒塗りのロールスロイスに乗ること自体には特に感情を動かしていない藤沢紀志が車に向かいながらいう。

「あ、はい?」

「嫌だろうが、仕方が無い。派手で目立つことは避けたいといってあったんだが。…救いは、向こうではこちらの方が目立たないことくらいかな」

 藤堂を呼び、視線を軽く伏せて藤沢紀志がいうと。

 既に、黒塗りロールスロイスに乗り込みながら、軽く手招く。

 思わず、見送ってしまっていた藤堂に。

 ちなみに篠原守は既に乗り込んでしまっている。

 黒塗りのロールスロイスはとても立派だ。

 長い車体は磨かれて美しく、威厳さえ感じられる。車の知識が薄い藤堂にも、これがいわゆる高級車に当たるだろうということはわかる。おそらく、世界の差があっても藤堂のような一般人が普段乗ることがある類いの車でないことくらいはわかる。

 美しい車体は、両開きの扉といい――儀式とか、それこそ王侯貴族がパレードとかに使用するような類いの高級車だろう。

 確かに目立つ。

 非日常感がすごい。

 簡単にいうと、乗るのは遠慮したい。

 ―――……。

 藤堂がためらっていると。

「はやくしろ、藤堂!時間がない」

「え、…は、はい、…?」

 かくして。

 人生初の。

 立派すぎるロールスロイスに乗り込むという、…。

 とんでもない体験をしながら、藤堂は考えていた。

 ふかふかで落ち着かない、…―――。

 ロールスロイスの座り心地に、戸惑いながら。


 ――この世界が幻想で、実はまだ心理試験のテスト中のまま目覚めないでみている夢だといわれても、――――。


 その方が、違和感は少ないのかもしれない。


 別世界から、藤堂はこの世界へと来た、らしいのだが。

 そして、藤堂は。

「どうした、藤堂」

淡々と訊く藤沢紀志に、思わず顔をあげる。向かい合う座席という車では慣れない広さの空間に戸惑いながら見返す藤堂に。

 藤沢紀志が。

「なんでも、疑問に思ったことがあればいってくれていいぞ?」

「…あ、その、…」

「そーだよ!おれたち、藤堂さんの世話係なんだし!」

明るく会話に割り込んできた篠原守が。

 高校二年生である、この二人が。

「そうだな。おまえの世話をみるのは、私達の仕事のひとつだ。遠慮なくいうといい」

「ふっちゃんのいうとおりだよー!藤堂さんー!遠慮しないでねー?おれたち、藤堂さんの世話係だし!この世界に来て、わかんなくて戸惑うことも多いでしょー?」

「…う、うん、」

淡々という藤沢紀志に、お調子者キャラで続けてくる篠原守。

 高校生の二人が。

 藤堂がこの世界で生きていく為に必要な世話――世界に適応する為の常識や異なる色々な何かの説明等に、仕事や住居の手配などまで――をしてくれる係になっていたのだから。

 ――その点からして、色々理解できない仕組みが多すぎるような気がする、…――。

 いや、それ以外はとても平穏な日々なのだが。

 普段は忘れてしまっているような、…。

「とにかく、いまはめしだな!藤堂青年の食事の世話だ!大事だぞ!」

「その通りだな」

光くんがいうのに、腕組みして藤沢紀志が真面目にうなずく。

「だよねー!ごはん大事―!」

 篠原守も大きく頷いて。

 ――いや、確かにご飯は大事だろうけれども。…

 そんな風につい思いながら。

 だから、こんな普通じゃない現実は。

 現実というより。

 ――やっぱり、幻覚なんじゃ、…―――。

 それこそ、病院とかで目が醒めたりするんじゃ、と。

 思ってしまっている藤堂なのだった。





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