流星の少女ー異世界編、エピローグ①
夜の空が裂けるような音を立てて、何かが落ちてきた。
それは、光の尾を引く彗星だった。
だが、空から降ってきたそれは、天体でも流星でもない。
“少女”だった。
──砂の匂い。
乾いた大地。どこか焦げたような風。
目覚めた彼女が肌に感じるのは風ではなく、“誰かの視線”だった。
「……生きてる?」
すぐそばから、小さな声が聞こえた。
ぼんやりと目を開けた彼女の視界に、茶褐色の肌をした幼い少女の姿が映った。
痩せ細った体に、粗末な布を巻きつけただけの衣服。瞳だけが、不思議に澄んでいた。
その子は膝をつき、胸元に手を当てながら、弱々しく微笑んでいた。
目を開けた少女──いや、記憶を失った少女は、かろうじて頷いた。
だが、誰かに呼ばれたような気がした名も、過去も、すべてが霞の向こうにあった。
ここはどこなのか、自分は誰なのか。
わかるのは、空から落ちてきて…目の前にいる子どもが「自分を見つけてくれた」という事実だけだった。
名前は……なんだったろう?
記憶はある。学校の廊下、控室の照明、台本、スポットライト,夏休み前の下校道…。
でも、それらはどれも夢みたいに遠く、他人の過去のように思えた。
あの声も。
あの顔も。
あの体も。
──まるで、誰かの演技をなぞっているだけみたい。
話し方、笑い方、歩き方。
それはいつも誰かに見せるための“型”だった気がする。
でも、今は目の前の少女に対してどう振る舞えばいいかさえもわからない。
「……演じるのは、得意だったはずなのに」
ぽつりと零れた言葉に、彼女自身が驚いた。
その響きが、あまりにも自分のものではないような気がしたのだ。
かつての「彼女」は、誰かの娘で、誰かのアイドルで、誰かの理想で。
けれど今や、そのすべてが曖昧な,“記録“。
名前も、過去も、存在も。
今,彼女の中に残っているのは、その肉体と、夢のような映像──
白い砂漠。
誰かを愛した記憶。
誰かを救おうとして、必死に生きて、殺され、一人で芥になっていく孤独。
痛みはなかった。
それでも、それが“真実”だったと、身体が覚えていた。
けれど、それが「自分のことだった」とは思えなかった。
そう思った瞬間だった。
「っ……あ……」
息を詰めたような声が聞こえた。
彼女が視線を戻すと、先ほどまで微笑んでいた幼い少女が、苦悶に顔を歪めていた。
身体が痙攣し、手が震え、皮膚の下から何か異様な光が脈打っているのが見える。
「だ、め……あたし……っ」
少女の背中が膨れ上がり、骨が軋む音が空気を裂いた。
茶褐色の肌がひび割れ、内側から光が漏れ出す。
その光は、希望の輝きではなかった。狂気と呪いが渦巻く、何か異なる“理”の産声。
「異能だ! また出たぞ、奴隷の中に……!」
怒号が外から響く。
すぐに、奴隷小屋の扉が乱暴に蹴破られ、鎧に身を包んだ兵士たちが雪崩れ込んできた。
彼らは容赦なかった。
少女の変貌にためらいもなく槍を突き立て、光がはじける中で何度も刃を振るう。
叫びも、悲鳴も、まるで風の音のように、何もかもが一瞬で過ぎていった。
だが………不思議とそれもどこか、他人事のように映る。
彼女は、泣くことも、怒ることもできなかった。
まるで感情のコネクタだけが外れているような、そんな奇妙な隔たりがあった。
気がつけば、地面に残されていたのは、血に染まった灰のようなものと、少女の小さな腕輪だけだった。