神様を助けたらブラコンの妹に激詰めされた件
ジーワジーワジーワ…カラン…ッ!
「それで!?これはどういうことですか、にぃに!!」
うだるような暑さの中、ちゃぶ台の上に置かれた麦茶のグラスの氷が妹の怒気で崩れ落ちる。
あの事件の後、死んだはずの鈴木愛莉…今は紫微と名乗る彼女と俺は、一旦俺の家に避難していた。
唯一の同居人である妹には一応、ありのままを話した。
しかし受け入れてもらえないのも仕方ない…当の俺だって何がなんだか……
「私が言っているのはそういう問題ではありません!」
そういうと妹は俺の横で悪びれもなく、彼女のカーディガンを羽織る紫微を指差す。
「私の許可なく私以外の女を家に入れたどころか、その女に私の服を与えるなんて、なんて、なんていうはじかしめ……!う、ううぇえぇ」
「それをいうなら辱めじゃろ。」
紫微の冷静なツッコミに反応する余裕もなく、妹・奈良岬は、怒りとも悲しみともつかない表情で畳に崩れ落ちた。
「……あー、だから岬。状況が状況だったんだよ。とりあえず鈴木さんの制服が大変なことになっちゃってたから、別にやましいこととかは……」
「ではなぜ! なぜ私の部屋から、私の服を持ち出して、その……その“鈴木愛莉”に着せる必要があったのですか、にぃに!? その判断、本当に不可避だったと言えるのですか!?」
「いや、女の子には女物が妥当かと……」
「アウトですッ!!!!!!!」
ボンッ!
ちゃぶ台が跳ねた。
なぜ畳の間にちゃぶ台があるのかはこの際どうでもいい。問題は、妹が完全に爆発モードに入ったということだ。
「もうわかりました。これは非常事態です……っ。にぃにの生活指導と風紀統制のため、今この瞬間から私はこの家の“臨時家庭内監察官”を兼任します!」
「ほう、奇遇じゃのう。わらわの仕事も時空検閲官といってな」
「あの、鈴……紫微さん、今はちょっと黙っててくれる?」
妹、奈良岬。
俺の唯一の肉親にして、極度のブラコンで、妹としての立場はおろか時折俺の“保護者”と“彼女”の境界を見失っている若干危険な人物である。
「それで……」
岬はゆらりと立ち上がると、紫微に向き直った。
「あなたが、“鈴木愛莉”ですね?」
紫微は少し目をぱちくりさせてから、にっこりと微笑んだ。
「ふむ、鈴木愛莉とは、この体の元持ち主の名じゃな。今のわらわは紫微。お主らに理解できるように語弊を恐れずに言えば、転生と因果を司る神にして、現世と異界の均衡を守る者じゃ」
「はい?」
岬の動きが一瞬止まった。
「……今、何と?」
「神様じゃよ」
「…………ああ、なるほどなるほど」
岬はこくこくと頷いた。まるで何かに納得したように。
「すみません、ちょっと一回、確認させていただきたいのですが」
と、岬はすっとポケットから取り出したのは――
手帳サイズのノートとペン。
表紙には手書きで書かれたタイトル。
『鈴木愛莉 重要人物観察記録』
俺は何も見なかったことにした。
「鈴木愛莉、身長162cm、体重45kg前後、AB型、趣味はハーブティーとアロマ、猫派。好きな食べ物は抹茶パフェ。休日はランニング、ヨガ、演劇の勉強のほかはネイルアートの練習をしつつ、蔵前で街歩きをしてアンテナを……」
「うおお、ちょ、やめろって、個人情報すぎるだろそれ!!」
「にぃには黙っててください。今、身元確認中ですので」
淡々とノートを読み上げる岬の目は、まるで刑事ドラマの取り調べ官のようだった。
「これが“鈴木愛莉”のはずですが、今目の前にいるあなたはそもそも、彼女とは大きな違いがあります。まず話し方。“じゃ”とか“のう”とか、鈴木愛莉はそんな喋り方しません。“お主”みたいな人称代名詞も絶対におかしいです」
「ぬ? わらわの話し方に問題があると申すか?」
「というか……いろいろ違うんです、全部。雰囲気も、目線も、体の使い方も。私、鈴木愛莉のTikTokの動画ぜんぶ0.25倍速で研究してますから! 嘘は通じません!!」
「省吾の妹よ、今お主が挙げた鈴木愛莉のプロファイリングじゃが…8割は事務所のぶらんでぃんぐによるまやかしじゃ。本当の鈴木愛莉は少年漫画を読むこと以外、趣味と言えるものはない。外見や経歴に反して寂しいやつじゃ」
鈴木さん、ごめん、今ごろ君は異世界にいるのかも知れないけど、現世での人権はゼロだ。
守ってやれなくて、ごめんな……。
「なるほど。確かにその辺りは普段の鈴木愛莉の素行とのギャップを感じていたので容易に想像ができますね。情報提供感謝します。ですが……」
岬はぐっと紫微に詰め寄る。
「あなたは、鈴木愛莉さんの姿をしている……つまり、にぃにの視線が向かう位置に、あなたは存在している。これは、重大な事実です。認めたくはありませんが、現時点で……鈴木愛莉が仮彼女Aだったので…紫微さんを仮彼女A“としてマークしておきます」
「仮彼女……!? A“!?」
「仮ですから。安心してください、にぃにには本命がいます」
「……誰?」
「私です!!!!!!!」
叫ぶな。
「ところで、そろそろ本題に入ってもいいじゃろうか」
麦茶を飲み干した紫微が岬の狂乱もどこ吹く風、飄々と話しを切り出した、