表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/15

仮彼女リストに新たな刺客が現れた件

あのスライムを倒したあとも、何匹か“狩った”には狩ったのだが──結局、勾玉はひとつも得られなかった。


「雑魚すぎて、界律に十分な干渉ができんのじゃ。倒す意義はなくはないが、さすがに効率が悪すぎる」


そう紫微は言い捨てると、帰宅後すぐに縁側に腰を下ろし、涼しげなショートパンツ姿であぐらをかいて、タンクトップの胸もとをぱたぱたとうちわで煽いでいる。


「クーラーの褒美はどうなったのじゃ。わらわは約束を守るぞ?」


「……スライムの勾玉出てないんだから、実質ノー報酬です」


「むう」


そんなやり取りをしていると、ふいにポツ、ポツ、と屋根を打つ音がした。


「……雨?」


空はまだ明るいというのに、ぽつぽつと水滴が落ち始め、それがすぐに激しい夕立へと変わった。


境内を包む檜の香りに、雨の匂いが混ざる。


瓦屋根を滑り落ちる水の音。草木を叩く水の粒。湿った風。


紫微が雨の(とばり)を見上げて、ぽつりとつぶやく。


「……風情があるのう」


「夏の雨って、なんかいいよな」


「自然は変わらん。この風景も、あの時、お主と見たようにーー」


と、夕立をしみじみ眺めていた紫微が何か言い出したその時。


「……あれ?」


岬が立ち上がって、指差した。


視線の先──境内の石畳、雨の帷の向こうから、ひとりの少女が現れる。


セミロングの栗色の髪を揺らしながら、雨に打たれても気にする素振りもなく、白シャツの袖をしとどに濡らしながら、ゆっくりと歩いてくる。


紫微が眉をひそめる。


「お主の知り合いか?」


「……いや、同じ学校の子だけど、クラスは違う。文芸部だったかな……久住、柚葉」


すると、紫微の隣にいた岬が、ぴょこりと膝を立て、腰の小さなポーチから手帳を取り出した。


表紙には、“仮彼女リスト”と書かれた可愛らしいシール。

その中の一項に視線を走らせながら、岬は低くつぶやいた。


「ーー久住柚葉(くずみゆずは)。鈴木愛莉ほどの危険度はありませんが……要警戒人物です。にぃにとの接点、複数確認済み。昨年の文化祭で一度、屋上で会話していた記録もあります。趣味・詩作、小説の執筆。にぃにとの接触動機・不明。」


岬が少しだけ身構えたそのとき、柚葉がふとこちらに気づいたように顔を上げた。


「あ……こんにちは。偶然ですね」


濡れそぼったまま、どこか夢見心地な口調で、にこりと微笑んだ。


「雨、すごいですね。……なんだか、空が昔話の続きを語りたがってる気がします。泣きながら──」


濡れた前髪をそっと払って、柚葉がそうつぶやいた。

ほんのり笑ったようなその横顔に、どこか切なさがにじんでいて、俺は少しだけ息を呑む。


(……こやつ、不躾にもわらわの…?しかしそれにしても…)


紫微は俺の隣でふっと顔を曇らせてつぶやいた。


「……僅かだが、“転写残留”の匂いがするのう」


転写残留──異世界や転生が発生する瞬間、界律を越えた際に付着する、異世界の情報の痕跡。異世界から渡って来た者、つまり俺たちのいう"すらいむ"はその匂いに寄せられ、集まってくる。


「ということは、久住さんはあのとき、にぃにのように事故の近くにいた…という事ですか?」


「ふむ、気をつけていたつもりじゃったが、省吾ほどではないにしろ、あの現象を観測してしまったのかもしれぬな…」


紫微と岬のやりとりのをながらも、境内の空気がじわじわと濃くなっていく気配を背に感じる。柚葉のどこか現実離れした佇まいを見ていると、謎の焦燥感が迫ってくる。


「……どうしてここに?」


思わず訊くと、柚葉は一瞬きょとんとして、どこか無邪気な表情を浮かべて静かに目を伏せた。


「……なんでしょう。なにかに、呼ばれたような……そんな気がしたんです」


そのときだった。


胸騒ぎのように降り注いでいた雨が急に止むと、雲が風に裂かれたように割れる。

夕焼けとも劫火ともつかない、赤い光が境内に射し込んだ。


雲の裂け目から吸い込まれるような影が降りてくる。


翼のようなものを広げた、巨大な──なにか。


「……にぃに、なんか、あれ、怖いです」


岬がすっと俺の袖を握った。

その横で、今までになく紫微の目つきが鋭くなる。


「界律が、溶けている…やはり愛莉を送った代償は大きいか…」


その緊張のなかでーー


裂ける空を眺める柚葉がぽつり、と呟いた。


「……やっぱり、この夏は……書けそうな気がします…!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ