スライムに塩対応したら効果がバツグンだった件
弱気になった岬に対して、紫微が神らしく告げる。
「昨日は、お主の強い認識によって強力な魔物が倒せた。しかし今日はそれが使えぬ。ただし、このスライムも倒せないはずはないのじゃ。簡単に言えば、大技が出せないなら小技で正確に倒せばいい。お主の兄のために小さな願いを込め、敵を倒すイメージを正確に持って臨めばよい」
「……わかりましたっ。なら今度は、ちゃんと狙います!」
再び杖を構えると、彼女は集中するように目を細めた。
次の瞬間、杖の先に細かな光が集まり、空中にガラス片のような小さな結晶の礫が複数、パッと生成される。
「よしっ……これなら!」
勢いよく腕を振ると、無数の結晶礫がスライムへと飛んでいく。
──だが、
「……っ、避けた!?」
スライムが、ぷるんと一瞬震えたかと思うと、ひょい、と横に跳ねて回避した。
岬が何度くりかえてしてもスライムに結晶の礫は当たらない。
「まだ工夫が足りぬ。どうすれば相手にその攻撃が当たり、どうすれば倒せる?今のお主は魚を獲ろうとして川に小石を投げているに過ぎぬ。」
紫微がパタパタと団扇をあおぎながら岬に冷静な指示を送る。その姿はさながら軍師のようだ。
岬は冷静に立ち止まり、目を瞑り、小さな顎に手を当てて思考する。
「ーーわかりました、私が今から出す結晶は、塩です」
そういうと岬は大きな結晶を杖の先に蓄えると、スライムの上空へ飛ばし、さらにその結晶に鋭い結晶を打ち込んだ。
瞬間ーーバァン!という音と共に結晶の屑が四散し、スライムに降りかかる。
すると…
「キュ、キュウ…」
スライムの動きが鈍り、悶絶し始めた。
今です!と叫ぶと同時に岬はスライムに殺到する。
「このゼラチン体風情が!!この!!この!!にぃにの前で私に恥をかかせたな!」
岬は弱ったスライムに全身で振りかぶった杖で殴打を繰り返し、やがてスライムが動かなくなると唾を吐き捨てた。
彼女は振り返ると無邪気に跳ねながらに杖を掲げる。
「どうですか、にぃに!これが、“塩対応”ってやつですよ!」
「……なんで塩?」
俺が思わず聞き返すと、岬は胸を張って答える。
「だって、ナメクジとかって、塩で溶けるでしょ?いつも台所でやってるやつと、なんか似てたんです。
にぃにがゴキブリと格闘してる横で、私が塩でナメクジ倒して……あの生活、守りたかったから」
紫微がふっと目を細める。
「なるほど。例によって語義や手段には難があるが……しかし、具体的な敵を倒すイメージと、それを支える“にぃにとの生活”という明確な想い。
思い込みだけでは力は発現せぬ。ロジックが伴ってこそ、界律の綻びに干渉できる。それが今日のおぬしには、確かにあった」
その言葉に、岬は照れくさそうに頬をかきながら、ふいと視線をそらす。
──と、そのとき。
スライムの体から、なにかが出るのを、俺たちは待った。だが、何も起きなかった。
「……勾玉、出ないな?」
「うむ。雑魚すぎたのじゃ」
即答。
「……じゃあ、倒す意味なかったじゃんかよ!」
「否。あのような雑魚ですら、この世界に長く放置されれば、界律の隙間にじわじわと“異界の情報”を染み込ませる。やがて世界は少しずつ歪み、ある朝目覚めたら電柱が溶けていたり、動物が喋っていたり……そういった“無根拠の現象”が当たり前になる」
「……それ、もうほぼ夢オチレベルじゃないか」
「つまり、わらわから見れば、この世界はまだ正常ではない。外落ちした情報がどこかで不自然な現象として滲み出しておるのじゃ。放っておけば、いずれ世界そのものが“物語化”してしまう」
「……物語化?」
紫微は意味深に笑った。
「この世界の誰かが、界律の歪みに意味を与え、“筋書き”をつけはじめたら──それが本当の崩壊の兆し。
敵は転生してきた魔物だけとは限らないということじゃ。……さあ、急がねばならぬ。物語を書き換える者が動き出す前に」
その言葉の意味は、俺にはまだわからなかった。
けれど、なぜだろう。
──そのとき、どこか遠くの教室で、誰かが万年筆を走らせたような音が、風にまぎれて聞こえた気がした。




