世界の命運よりTシャツめくれてる神様が気になる件
朝七時前、神社の境内には、すでに小学生たちの元気な声が響いていた。
「はいっ、ハンコ押してくださーい!」
「おっけー、よく来たねぇ。今日で五日目だよ〜えらいえらい」
黒髪のショートボブをうなじに貼りつかせながら、岬が境内の一角でスタンプを押してやっていた。
白地のジャージの上着を羽織り、首からタオルをかけたその姿は、小学生たちの間ではすっかり“岬のお姉ちゃん”として定着しているらしい。
「岬のお姉ちゃん、明日も来てくれる?」
岬は小さな体をかがめ、「もちろんだよ」と答えると次の子のカードにスタンプをぽん、と押してまた笑顔を見せる。
普段は兄にベッタリな彼女だが、こうして地域の子どもたちには意外なほど面倒見がよく、人気も高い。
無自覚なお姉さんぶりが、ちびっこたちにはちょうどよく心地いいのだろう。
──そして、その微笑ましい朝の風景を、縁側から怠惰に眺めている影がひとつ。
「……それにしても、暑い。この家にはクーラーはないのか。全然眠れなかったではないか」
床に寝転がり、団扇を胸元でゆるく振る紫微が、額にかかった髪をふうっと吹いてどかしながら、ぼやいた。
白いTシャツは寝相のせいか片側がめくれ上がっており、肘をついて横になったその姿勢では、背中のラインがちらりとのぞいていてどこか無防備な色気を帯びていた。
「クーラーは贅沢品なんだよ」
柱にもたれかかっていた俺がそう言うと、
「昭和かっ!?」
紫微は団扇でぱたぱたと自分の顔を仰ぎながら、うっすらと不機嫌そうに睨んできた。
──岬が最後の子にスタンプを押し終えると、軽い足取りで縁側へと駆けてきた。
「それで……今日は狩るんですか、すらいむ?」
唐突な一言に、団扇をあおいでいた紫微がぴくりと反応する。
「うむ、行くぞ。すらいむ狩りじゃ」
そう言って、紫微は肘をついていた姿勢からゆるゆると体を起こすと、
だらしなくめくれたTシャツの裾を直しもせず、そのまま縁側から立ち上がる。
「え、今からかよ!?」
「善は急げじゃ。その代わりすらいむを倒したら褒美としてクーラーをつけろ」
「いや、倒すのは俺たちなんですよね?」
素足で畳をぺたぺたと歩きながら、ぽりぽりと無造作に太ももを掻いたその姿は、まるで近所のコンビニにアイスでも買いに行くテンションだった。
「……すらいむ、って。今度こそ、ドロドロのゼリー状の……この前みたいなオークじゃないよな!?」
省吾が身を起こして問いかけると、紫微は背中越しにひらひらと手を振るだけで答える。
「今回は本当に“すらいむ”のようなものじゃろう。魔力の反応は非常に弱い」
「それなら……楽勝ですね!」
横で岬が拳を握って、なぜか嬉しそうに気合を入れている。
省吾が怪訝な顔を向けた。
「……なんでそんなテンション高いんだよ」
岬は無邪気に首を傾げたあと、にんまりと笑ってこう言った。
「だって、雑魚相手なら……ほぼほぼノーリスクで、また“にぃにの彼女”になれるってことですよね?」
何その発想、マジで油断ならん。
そんなこんなで玄関に出て、いつものサンダルを履こうとした俺は、足元を見て首をかしげる。
──ない。
目線を上げると、すでに先を歩き始めている紫微の後ろ姿。
その足元には、見覚えのある俺のサンダル。
「……いや、勝手に履くなよ」
思わず小さく文句を漏らしながら、俺は別のサンダルをつっかけて後を追った。
このサンダル、妙にパカパカして気持ち悪い…。




