ヴェリタスの書庁ー異世界編エピローグ③
馬車は静かに揺れていた。
分厚いクッション、彫金された窓枠、天井には金の房飾りが揺れている。
どこかの貴族が乗るような豪奢な内装だった。
けれど、その贅沢に反応する者はいなかった。
銀色の髪を月明かりに透かせながら、愛莉はただ窓の外を見つめていた。
向かいに座る男が、やわらかく口を開いた。
「私は、あなたの保護を頼まれて来ました」
声は静かで、揺らぎのない調子だった。
愛莉は視線を動かさず、ただ耳だけを傾ける。
「あなたのように異界から落ちてきた方々を、こちらでは“外落ち”と呼びます」
「中には記憶を失い、この世界の理に適応できない方もいる。そうした方々が、収容所に送られるのです」
言葉は説明というより、語りかけだった。
「けれど、ある方の意思ーによりあなたは運ばれた。今から、あなたの面倒を見てくださる方のもとへ向かいます」
彼女の表情は変わらなかった。だが、わずかにまぶたが揺れた。
「目的地までは一晩かかります。安心して、おやすみください」
愛莉は応えず、まぶたを閉じた。
揺れる馬車の音が、やがて意識を遠くへ運んでいった。
*
気がつくと、馬車は止まっていた。
扉はまだ開かない。けれど、小窓から見える建物に、彼女は思わず息を止めた。
高くそびえる石の門。複雑な紋章が刻まれ、柱には見たことのない文字が幾重にも連なる。
まるで神殿と図書館が融合したような、荘厳で静謐な空間。
その気配だけで、空気の密度が変わった気がした。
男が隣で静かに告げる。
「……着きましたよ。こちらが、ヴェリタスの書庁――紫微様の神籠です」
次回から現世に戻ります。