学園に入学
「男子学園が無理なら、ルドラさんとカイリさんが抱き合ってキスしてくれたら考え直します。ただのキスじゃありませんよ。舌を絡ませ合う濃厚なやつです! それが無理なら、私は冒険者を辞めさせてもらいます!」
ルドラさんとカイリさんの顔が青ざめていく。だが、ルドラさんはカイリさんの方に歩いていく。どれだけ、私を手放したくないのだろうか。
「ちょちょ、ル、ルドラ様、考え直してください。キアスさんを学園に行かせましょう」
「カイリ、俺達がキスすればキアスは考え直してくれるそうだ。なぁに、舌を絡ませ合えばいいだけだ。死ぬより楽だろ」
ルドラさんはカイリさんの肩を持つ。
「む、無理です、無理です! さすがに無理です!」
カイリさんは顔を横に振り、全否定。
「ぐ、ぐぐぐ……」
ルドラさんも近づいたところまでは良いものの、そこからが長かった。
「くっ。わかった、Sランク冒険者キアス・リーブンのSSランク昇格は保留にする。加えて三年間の休暇を与える。その代わり、冒険者は辞めないでもらうぞ」
「まあ、仕方ありません。学園に行けるのならその条件を飲みましょう」
「どこの男子学園に行かせるか。まあ俺の知り合いが学園長しているエルツ工魔学園でいいか」
ルドラさんは椅子に座り、手紙を書き始めた。したためるとカイリさんに手渡す。
「じゃあ、カイリ。これを学園長に渡してくれ。あと、必需品を集めてキアスに渡せ」
「かしこまりました。では、行ってまいります」
カイリさんはルドラさんから手紙を受け取り、部屋を出て行った。
「はぁ、キアス、本当に良いんだな。SSランクの位が貰えるなんて名誉あることなんだぞ。それを蹴ってまで男子学園に行きたいのか?」
ルドラさんは腕を組み、訊いてくる。
「私は師匠の足下にも及びませんし、師匠を差し置いてSSランクを貰うなんておこがましいです」
「まあ、あの女を出されたら困る。というか、あいつはもう女じゃない。女の皮を被った化け物だ」
「否定はしませんけど女性に対してそんな言い方をするのなんてルドラさん、最低ですね」
「俺は事実を述べただけだ。実際、俺からしたらキアスも大して変わらん」
「えぇー、酷い。私はまだ人間ですよ。化け物じゃありません」
「一三歳の時点でワイバーンを一瞬で狩ってくる者がタダの人間なわけがないだろ。はぁ、こうなったら他の者を推薦するしかないな……」
ルドラさんはため息をつきながら資料に手を伸ばした。
幸運なことに私が抗議した時期が丁度、学生たちの入学時期だった。学園の新入生として私も通える。二年生からとかじゃなくてよかった。同い年の男子と会話した経験はないが、大人の男(ルドラ、カイリなど)の人と何度も会話しているため、問題ないだろう。
ただ、私は学園の試験を受けずに入学したため、少々罪悪感があった。まあ試験期間は過ぎていたので仕方がない。だから、入学のさいに筆記や実技試験を特別に行わせてもらった。どちらも入学基準に問題なく達しており、エルツ工魔学園の学園長にそこはかとなく差し込んでもらった。
私は王都の学園について全く知らなかったが、ルドラさんから聞いた話によるとエルツ工魔学園は男子学園の中で一番優秀な学び舎らしい。ルークス王国三大学園の一つとまで言われているそうだ。
今日は入学式がある。その前に私は学園長室に招かれていた。
「いやー、まさか『黒羽の悪魔』が私の学園に来るなんてな。驚いたぞ」
私の視線に映っていたのは高級そうな革が使われている椅子に座り、仕事机に腕を置いている女性だ。男子学園の学園長が女性とは思っていなかったが中堅冒険者、いや上級冒険者くらいの雰囲気を感じる。見るからに男より強い。
「あの、その『黒羽の悪魔』っていう異名、止めてもらえませんか? ダサすぎません?」
「なんでだ? いいじゃないか。異名が付くくらい優秀な冒険者って意味でもあるんだぞ。にしても、話では女子が来ると聞いていたのだが?」
革椅子に座っていた女性は立ち上がり、私の前に立つ。身長は一七五センチメートルくらいで女性にしては長身、胸は私の頭が埋まるくらいデカい。お尻も大きく、尻落とし(ヒップドロップ)でスイカが割れそうだ。服装は女性用の燕尾服を着ており、清潔感にあふれている。
「うぅーん、どこからどう見ても男なんだが?」
女性は私の周りをクルクルと回っている。大型犬に匂いを嗅がれているようで緊張した。
「黒い短髪に平たい胸と尻、整った顔立ち。可愛らしい男子と言っても信じるな」
「喜べばいいのか、悲しめばいいのか私はわかりませんが、とりあえず自己紹介します。初めまして、キアス・リーブンです。三年間、よろしくお願いします」
私はカイリさんが用意してくれた黒が基調の学園服の襟を直し、革靴の踵を合わせる。トランクを床に置いて女性に頭を下げた。
「ああ、よろしく頼む。私の名前はシトラ・マグノリアス。今はエルツ工魔学園の学園長をしている。何かわからないことがあれば、いつでも訊きに来てくれ」
シトラさんは頭を横に振り、長い金髪を靡かせたあと耳に掛ける。腰に手を当て、凛々しく綺麗な笑顔を見せた。頼れる大人感満載だ。何か困ったことがあると土下座して頼み込んでくるルドラさんと似ても似つかない。
「今日はエルツ工魔学園の入学式だ。この後、キアスも闘技場に移動してくれ」
私は学園長室を出て、綺麗に整備された廊下を歩く。昇降機で一階に降りた。学園長室はエルツ工魔学園の園舎の八階にあり、王都が見渡せるので景色がとても良かった。ただ、困ったら毎回あそこまで行くのは面倒だと言わざるを得ない。
園舎から出て広い土地の中からひときわデカい存在感を放つ闘技場に足を運んだ。大理石で作られた八本の太い柱に支えられている建物。何年経っているのか想像つかないほど古代を感じさせてくる雰囲気で、子供心が擽られる。
周りを見渡すとどこを見ても男しかおらず、多くの男の視線が女性教員の方に向いていた。私も一応女だが、見た目は完全に男なので気づかれていないっぽい。とりあえず、性別がバレずに学園生活が送れそうで安心した。
「なあ、あの先生の乳、デカくないか?」
「ああ、俺も思ってた。ほんと学園の癒しだよな」
男子生徒が耳打ちしながら話し合っている場面に遭遇した。
『なぁ、お前の乳、デカくないか』
『お、俺が気にしていることを言うなよ……』
「ふんすっ! いいねいいねっ!」
私は白い羽根ペンの先を小さな黒インクボトルに差し込み、まっさらな禁断の書に頭に思いついた文章を書き連ねていく。




