考えられない
「『転移魔法陣』」
空中に広がった魔法陣に風の矢は降り注ぐ。だが、その下にいる私たちのもとに矢は貫通してこなかった。
私は『異空間』から羽根ペンを一本取り出し、体内で練り上げた魔力を注ぎ込む。真っ白な羽根ペンは天使の羽のように輝きを増していき、薄暗い雨雲の下で眩い光を放つ。
前方からゴリラを思わせる一〇メートル近いゴーレムが巨大な拳を握りしめて振りかざしてきた。
「『加速』」
詠唱と共に魔法陣を展開し、手に持っていた羽根ペンを勢いよく投げ込む。
魔力過多になっている羽根ペンが魔法陣を通過すると、魔力に反応した魔法陣が発動し、羽根ペンの速度を上げる。
加速した先に通過した魔法陣と同じ魔法陣が展開してあり、何枚も通過していく。初速の二倍、四倍、八倍、一六倍と増えていき、音速を優に超えた羽根ペンの先端がゴーレムの拳に衝突。拳を粉砕した後、胸部を貫通し、速度が変わらないままカプリエルの腹に突き刺さる。貫通はしない。
「み、見掛け倒しもいいところっすね!」
「『拘束』」
羽根ペンと私は魔力で繋がっており、鎖の形に変えると可視化できるようになる。
私の右手とカプリエルの腹に刺さっている羽根ペンが鎖で繋がっており、カプリエルの体に纏わりついていく。
翼にも魔力の鎖が纏わりつき、機能しなくなっていた。だが、魔法で浮いている影響か、落ちてこない。
「よっこいしょっ!」
釣り竿で魚を釣るように鎖を勢いよく引っ張り、大きく振りかぶった後に地面に振り下ろす。
すると、先端についたカプリエルは鞭の先のように音速を超えた勢いで地面に叩きつけられた。石畳が何十枚も浮かびあがるほどの衝突で、普通の人間なら死んでいてもおかしくない。だが相手は魔人だ。人間よりもずっと頑丈に出来ている。
「う、動けないっす。ち、力が入らない……」
カプリエルは正座しすぎて脚が痺れているような情けない恰好で、身動きが取れなくなっていた。魔力を吸い取りながら拘束しているため、今のカプリエルが魔法を使うのは不可能だ。
私はカプリエルに近づき、突き出されたお尻の近くで垂れている尻尾を掴む。
「んぁっ! お、おまえ、何をする気っすか! 殺すなら、さっさとやれ! 捕まえて拷問したところで情報は一切吐かないっす。なんなら、この場で舌を……」
カプリエルは死んで逃げようとしたのか、舌を噛み千切ろうとした。
「殺しはしないよ。『形態変化』」
カプリエルが舌を噛み切る前に、私は魔人の体を羽根ペンの形にしてしまう。人族の国に攻め込んできた魔族を捌くのは魔族領の法律だ。
そうなると案外軽い罰になってしまう。
「私がお仕置きしてあげる」
カプリエルからしたら、死ぬよりも辛いお仕置きを。
「えっと……、私は後始末してきます」
多くの者が苦戦していたカプリエル相手に無傷で鎮圧した私は背後で何が起こっていたのか理解できないと言わんばかりに口が開いている四名を尻目に、カプリエルが生み出したゴーレムが動いているかどうかの確認と怪我人の治療に回る。
今更エルツ工魔学園の制服を換装したが、フレイとライト相手にもう通じないだろう。学園全体に知らされたら退学するしかないか。
私はエルツ工魔学園内の騒動を鎮圧した後、学園に居づらかったのもあり王都の中に入り込んだ大量の魔物たちを駆除していく。
空を飛ぶ魔物が地上の魔物を王都内に落として運んでいたため、運搬用の魔物をまず駆除。これで魔物の増援は考える必要がない。
地上にいるゴブリンやウォーウルフ、オークなど一体なら恐怖はないが、大量にいると周りに感化され一気に狂暴化してしまう。いつもなら逃げるところを皆で攻撃すれば怖くないとでも言いたげな態度で戦おうとするのだ。でも、実際は大して力が変わっていない。
ただ、人は相手の自信満々な表情から恐怖心を覚え、身が硬直する。戦いなれた者は対処できるが、初心者は動けないで殺されるか逃げるかのどちらかだろう。
私は羽根ペンを縦横無尽に動かし、魔物の個体数を一気に減らしていく。いつの間にか羽根ペンが黒くなるまで魔物を倒しまくっていた。
魔物をある程度倒したころ、多くの騎士達の姿が見えるようになってきた。住民の避難や魔物の討伐が順調に進められている。
――そろそろ戻ってもいいころかな。
私は王都をぐるっと一周し、王都の南門付近にいる。エルツ工魔学園に戻ろうとしたころ、騎士達が何か声を荒らげているのが聞こえてきた。
「エルツ工魔学園の制服を身に着けた生徒が魔物に連れ去られたぞっ!」
「魔物だったか? 人にも見えたぞっ!」
騎士達の声を聞き、私は隠していたエロ本が母親に見つかったかもしれないと疑った少年の速度で南門の上空に飛んだ。辺りを見渡すが、魔物の討伐された姿しか見当たらない。
人を捕まえて私の移動速度より早く逃げられるやつがいるなんて思っていなかった。
「こ、コルト……、カッコつけたんだから大丈夫なんじゃ、なかったの」
ただの男子生徒、ただの生徒会の知り合い、初めて一緒に遊んだ相手。紳士的で、情に熱くて、優しくて、謙虚で、誠実で、責任感が強くて……。
「ま、まだコルトが連れ去られたとは限らない。でも、学生でこんな前線に来るバカなんて、コルトくらいしか考えられない」
私がコルトの近くにいれば彼は連れ去られなかったかもしれない。そうしなかったのは私が逃げたから。
私が戦っていればコルトが魔物に連れ去られずに済んだはずだ。でも、私がエルツ工魔学園に戻らなかったら、カプリエルに多くの生徒たちが危険にさらされていた。
「……私がさっさと働いていればどっちも防げたんじゃないの」
城壁の上に降り立ち、見上げた。暗い雲はより一層厚みを増している。雨粒は大きくなり、降る量はさっきの二倍、三倍に感じる。体に沁みる雨水は冷たいのに、頬を伝う雫は妙に熱を帯びていた。




