女子が苦手
「さあ、二人共。あと一〇回走るよ」
「ま、待て待て。もう、朝食の時間だ。あと、このまま走ったら普通に倒れる。なんなら、ライトが倒れている」
フレイは地面に座り、息を切らしていた。ライトは仰向けになって吐息を漏らしている。
「じゃあ、午後に持ち越しだね。私が生徒会活動している間に走り切っておくこと。じゃないと、もう一〇回増やすからね」
私は必死にならざるを得ない課題を出す。
フレイは土を握りしめながら体に力を入れ、歯を食いしばり立ち上がった。
「し、しんじゃうぅ……」
ライトは泣きたそうに瞳をウルウルさせていた。脚がすでに使い物にならなくなっているっぽい。
私達はそのまま食堂に向かい、周りからの痛い視線を受ける。Dランククラスで朝練している生徒は私達だけだった。他のクラスの子達は朝練している者がいたので、その差なんだろうなとしみじみ感じた。
「朝食をしっかりとって、栄養を体の中に入れて。そうしないと一日持たないよ」
「いわれなくてもそうするつもりだ」
「うう、走りすぎて逆にお腹空いていないんだけど」
「食べないと体がもたないって言っているでしょ。飲めるように流動食にしてあげようか? 味はお勧めしないけど、どうする?」
「ライト、キアスは何が何でも食べさせようとしてくる。食うしかなさそうだぞ」
「うう……、りゅ、流動食でお願い」
ライトは逃げ場がないとわかると半泣きになりながら言う。
私は食堂のおばちゃんから大盛り料理を貰い、三人分運んだ。
フレイは自力で食べるそうだ。ライトが食べる料理を魔力でドロドロになるまで混ぜ込む。ドロドロになった料理は大きな器に移し、一纏まりにする。
「不味いと思う前に飲み込む。味わっちゃ駄目。わかった?」
「わ、わかった……」
ライトは器を持ち、流動食を胃に移し替える。
体が疲弊していると食べ物を消化するのも疲れる。だからといって何も食べないと体が弱くなってしまう。なにがなんでも食べてもらわなければならない。
ライトは順調に飲んでいたが、頭が不味いと理解してしまったのか進みが遅くなった。それでも彼はは飲み進める。器に入れられた流動食は全てなくなった。
「はぁ、はぁ、はぁ。ドロドロすぎる。でも残さずに全部飲んだよ……」
ライトは涙目になりながら呟いた。その表情はやけにエロい。周りの生徒が頬を赤らめるほどだ。
「お疲れ様。よく頑張ったね。毎日続けていれば体が変わる。眼に見えてわかるからこれからも頑張っていこう」
「うん、これからも頑張るよ」
「ライトが頑張るのなら俺も頑張らないとな」
フレイは口だけではなく料理をしっかりと完食した。
私も料理を食し、体力をつける。エルツ工魔学園の一限目が始まる午前八時五〇分に教室にいれば良いので私達は部屋に一度戻り、汗をシャワーで流したあとに服を着替え、必要な道具を持って園舎に向かう。昨日と同じように講義を受けて勉強。
午後の講義は闘技場で剣術指南。担任のゲンナイ先生が私達を指導する。
ゲンナイ先生は私達と一人ずつ戦い、潜在能力や運動神経、才能を見極めるようだ。たとえ、剣の才能がなくとも他の分野で開花する可能性を考えているのだろう。
「じゃあ、一人ずつ指導していく。それまで剣の素振り、または体を鍛えていろ」
ゲンナイ先生は闘技場にいるDランククラスの者たちの相手をこなしていく。
――一人一人に教えるなんてマメな人だな。
ゲンナイ先生は長い時で一〇分、短い時で一〇秒程度の指導をこなしていた。剣の握り方から応用まで幅広く、今の生徒に合った指導だった。その姿を見るだけで優秀な人だとわかる。
――あれくらい目が肥えているのなら騎士の教官にもなれるんじゃなかろうか。
私は剣の素振りをこなし、飽きたら体を鍛える。その繰り返しで指導されるのを待った。だが、私のもとに一向に来ない。結局私のところに来ることなく剣の講義は終わった。
「あの、私のところになんで来なかったんですか?」
「今のキアスに教える技術が特にないからだ」
ゲンナイ先生は一言だけで話を終わらせた。
実技が終わった後は放課後になり、生徒会の活動が開始される。パッシュさんにお願いされ、私とコルトは学園内を見回る。
「うーん、学園内の見回りなんて、意味があるのだろうか」
「学園で悪さしている生徒がいたら学園全体の評判が下がり存続が危うくなる。学園や学園に通う生徒の生活を守るためにも、生徒会がしなければならない大切な仕事だよ」
教師かと突っ込みたくなるほどコルトは意識が高い。生徒会の仕事自体に興味がない私としては非常に面倒臭い。できれば悪さしている生徒がいないようにと願ったが案外いた。
女性講師にちょっかいをかけている生徒や喫煙している生徒、女性の卑猥な写真が取られた雑誌を売買していた生徒など、多くの禁止行為を発見し、パッシュさんとハンスさんに報告した。
パッシュさんとハンスさんは迅速に行動し、適切な処置を施した。その間、私とコルトは生徒会室で部費の計算をこなし、生徒会活動は終了した。
午後七時ごろ生徒会室から出て、夕日が西門に沈む姿が窓から見える廊下を歩いていく。
「いやー、案外、規則違反を犯している生徒がいるんだね」
「が、学園にあんな破廉恥な雑誌を持ってくるなんてありえない……」
コルトは雑誌の中身を見たのか、珍しく赤面し、視線があちこち彷徨っていた。
「コルトはシトラ学園長とやりまくっているんじゃないの?」
「だから何もしていないって。確かにシトラ学園長は素敵な女性だけど、興味ない」
「へー、若々しくてボンキュッボンの完璧な体なのにー」
「まあ、確かに……。って違う、私は女にかまけている時間なんてない。ルークス王国のため、トルマリン家のため、愚直に実力を伸ばさなければならない」
コルトは握り拳を作り、はっきりと言った。向上心が他の生徒の比ではなかった。
「コルトはなんでエルツ工魔学園に来たの? もっと上のドラグニティ魔法学園に行けばよかったのに」
「その……、変と思われるかもしれないけど、私は女子が苦手で上手く話せないんだ。だから、どこにも女子学生がいないエルツ工魔学園に来た」
――いや、あなたの目の前に女子がいますよ。今、普通に喋れてるけど? あ、私は女として見られていないわけか。女子が苦手なコルトにすら気づかれないって私は相当溶け込めているんだな。
「じゃあ、女子が苦手じゃなかったらドラグニティ魔法学園に行けた?」
「推薦は貰っていたんだけど、どうしても行けなかった……」
コルトは両腕を抱え、寒さに凍える子猫のように物凄く震えている。