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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

俺に惚れる女に銃口を向ける

作者: ネリムZ

 「今日から君の指揮下に入る子だ。仲良くしなさい」


 俺にそう告げたのは白衣に身を包んだ気だるげな女性であり、愛知区基地の支部長である。


 「見境笠見(みさかいかさみ)です。よろしくお願いします!」


 「ちなみにコイツは私の義理の息子だ。まぁ、頑張ってくれるだろうよ」


 光を柔らかく反射する長い銀髪に沖縄の海の如く澄んだ蒼い瞳。

 俺が今まで会った女性の中で1番綺麗な人だった。


 「⋯⋯おい」


 支部長の言葉で俺は天に召された意識を取り戻す。


 「この度、見境さんの指揮官を務める事となりました。龍ケ崎眼(りゅうがさきまなこ)です。よろしくお願いします!」


 「はい」


 「顔見合せも終わった事だ。親睦を深めるために訓練でもして来ると良い」


 「「了解」」


 俺は見境を連れて訓練所へと足を運ぶ。

 ここ愛知区での指揮官は俺ともう1人先輩がいるだけだ。

 あまり面識は無い。


 「あのあの。指揮官」


 「ん?」


 まるで猫のように擦り寄って来る見境。

 ふわりと香るフローラルな匂いに心臓が激しく鳴り響く。

 聞こえてない事を祈ろう。


 「指揮官学校ってどんな感じでした?」


 「⋯⋯ほぼ男子校だったよ」


 「私女子なので分かりません!」


 「⋯⋯そうだな。例えるなら」


 「例えるなら!」


 キラキラとした眼差しを向けて来る。


 「猛獣の中で暮らしている感じだ」


 「⋯⋯分かりません」


 「そうか」


 指揮官学校、俺の代は先日卒業を迎えて、今は研修期間と言う事になっている。

 俺の通っている学校は単なる学校じゃない。


 当然だろう。

 指揮官と言われながら決して軍を指揮する訳では無いのだから。


 訓練所に着くと、早速係の人がホログラムで作られた仮想敵を用意してくれる。

 半透明の仮想敵はまるで蟹を巨大化したような見た目だ。


 「⋯⋯こんなのと実際に戦うんだな。見境は」


 「笠見で良いですよ。この化け物と戦えるのは『星の力』を得た私達だけですからね」


 にこやかに微笑む彼女は⋯⋯こんな俺よりもよっぽど修羅場に慣れているのだろう。


 ⋯⋯今の地球は宇宙外生命体からの攻撃を受けている。

 非科学的な化け物達の侵略だ。モンスターと呼称する事が多い。

 銃などの化学兵器で戦っても奴らの再生能力は数々の攻撃を上回る力を誇る。

 再生能力を抑え、モンスターを倒す事の出来る力を持つのが『星の力』と呼ばれている能力を有した少女達だ。


 モンスターと戦う事の出来るのは覚醒した少女達だけ。

 そして彼女達に指揮を出し勝たせるための命令系統が俺達、『魔女の証』を持った()()()だ。

 生まれつき右手にアザの様にある『魔女の証』は絆を深めた『星の力』を増幅させる力がある。


 笠見との間に絆なんてのはまだ無いので、大した役には立てないだろう。


 「ホログラムは実体が無いように思えるだろうけど、あれは⋯⋯」


 「分かってますよ。私達も訓練校卒業している立派な軍人です。仮想敵との戦いは何度も経験しています」


 「そうだな。戦えそうか?」


 「もちろんです。指揮、お願いしますね」


 「実践経験も無いペーペーだがな」


 戦闘エリアへと足を入れた笠見にモンスターである蟹が反応を示す。


 「行きます」


 言葉と同時に笠見の瞳が神々しい光を放つ。

 右手に青白い粒子の光が出現し、1本の刀へと姿を変える。


 あれが笠見の『星の力』なのだろう。

 配布された軍人電子手帳で能力の詳細を確認する。


 「加速の剣⋯⋯」


 単純に自分のスピードを加速させる能力。

 単純だが、それ故に強力な力になりうる。


 加速した笠見は俺の肉眼では到底追えないスピードに達していた。

 蟹のモンスターは両手のハサミに挟まれたら一発アウトの破壊力を秘めている。

 その耐久性も折り紙付きであり、笠見の刀では真っ向から勝つ事は出来ないだろう。


 「用意されたテンプレだと関節部に攻撃を加える事だ。やれそうか?」


 「私のスピードならやれます。突撃しますか?」


 目にも止まらぬ速さで動いているにも関わらず、マイクはしっかりと笠見の声を広い、俺の声もインカムに届いているらしい。

 科学力は凄いね。


 相手は化け物だ。忘れてはいけない。

 どんな手段を用いて攻撃を繰り出して来るか分からない。

 迂闊な行動は良くないだろう。


 「まずは定石だが、相手の攻撃手段の把握を行う。突然の反撃なんて御免だからな。背後からの攻撃を試してくれ」


 「了解」


 背後に回り込み、攻撃を加えようとした瞬間。

 モンスターのハサミが急に伸び出して背後に迫っていた笠見を狙った。

 即座に反応した笠見は音を置き去りにしてバックステップを踏み回避した。


 「シンプルな射程の強化か」


 「見てた感じ、伸びた所も甲羅で覆われてた」


 情報の共有を素早く行うために敬語は控えているのか。

 その方が俺もやりやすい。


 さて、伸び所も硬い甲羅で守られていたとしたら関節部も何らかの方法で守られている可能性があるな。

 こう言う時は仲間との連携で何とかするのだが⋯⋯。


 「どこか攻撃の通りそうな所はあるか?」


 「足の付け根なら僅かに肉が見える。⋯⋯でもかなり小さい」


 「斬る自信はあるか?」


 「あるよ」


 「ならそこを狙って攻撃を仕掛ける。タイミングは追って指示を出す。回避専念してくれ」


 「了解」


 伸びるハサミを余裕を持って回避する笠見。

 攻撃自体は単調なモノで彼女に疲労の様子は無い。

 手帳で体調も大雑把だが把握出来、疲れは溜まってないようだ。


 『星の力』は身体能力や内臓など、様々な所にも影響がある。

 そのおかげもあるのだろう。


 2つのハサミが笠見を襲っている。

 挟み撃ちをする形だ。


 「今だ」


 「了解!」


 ハサミは互いに打ち合い、邪魔になって上手く仕掛けて来られない。

 この隙に笠見は足の付け根に僅かにある隙間へ刀を捩じ込ませ、切断する。

 血が吹き出す所も無駄に再現度が高くて吐き気がしそうだ。


 「全てを斬る必要は無い。左右共に同じ数斬り立てなく出来れば良い。それで俺達の出来る任務は終わりだ」


 笠見では倒すのに火力が足りない。

 ならば火力が足りる増援が来るまで押さえ付けておく。

 その指示を決断し出すのも俺の仕事だ。


 実際に行った後、係の人がホログラムを消している。


 「お疲れ様」


 「お疲れ様です。どうでしたか?」


 「速すぎて剣の光すら見えなかった」


 「私のカッコイイ所が!」


 「見られなくて残念だったよ。昼食にしよう。俺も笠見の学校時代の話聞きたいな」


 「そこまで良い話じゃないですよ」


 俺達は並んで食堂へと向かった。

 この愛知区は他の所と比べて比較的侵略頻度が低いため、配置されている軍人も指揮官も少ない。

 無駄に広い食堂はほぼ貸切状態と言って良い。


 軍事に必要な人員はいるが、戦う少女達と関わりを極力避けるようにと命令されているため、この食堂に殆ど人がいない。


 「今日はカレーですね! 甘口が良いな〜」


 「辛いのは苦手か?」


 「はい。もしろなんで好んで辛いのを食べるのか分からないレベルです。正気を疑いますよ」


 そこまでなのか。


 「⋯⋯デザートにパフェがあるらしいぞ。食べるか?」


 「それは別途料金が発生する物ですよ。無料のだけで良いですよ。私達はまだ一度も出撃してないですから」


 「学生時代のバイト代があるから安心しろ。笠見が食べたいと思うなら俺が買う。俺がそうしたいんだ」


 「なら⋯⋯甘えちゃおうかな?」


 「それで良い」


 どうせ彼女も、これと言った趣味も無い人間だ。

 バイトも軍事に必要な道具の整備とかだからな。ほぼ学業だ。


 食後にパフェを頼み、笠見が食べるのもゆっくりと眺める。


 「み、見られると緊張するんですけど」


 「悪いな。特に見たい景色が無くて」


 「消去法ですか」


 ほんのり染めていた頬がすっかり収まり、美味しそうにパフェを頬張る。

 辛い物は苦手で、甘い物は好きなのだろう。幸せが表情から伝わって来る。


 「笠見は⋯⋯どうして軍人に志望したんだ? 君達の力は特別だが強制はされないはずだ」


 「⋯⋯私は」


 聞いてはいけない内容だったのか、俯いてしまう。

 これは良くなかった。俺が悪い。


 「す、すまない。言いたくないなら言わなくて良い」


 「あ、いえ。違うんです。深い理由があるとかじゃなくて⋯⋯笑わないでくださいね?」


 「もちろんだ」


 どんな理由だろうと、命を懸けて戦ってくれる理由を笑う訳が無い。

 そんなクズは指揮官にはなれない。俺達は少女の命を背負い戦わせる責任が伴うからだ。


 「⋯⋯か、カッコイイ⋯⋯からです」


 小さく零された理由に俺は⋯⋯唖然としていた。

 笑う要素は無いのだが、先程までの暗さを考えたらとても⋯⋯。


 「浅い」


 「あーあー! 聞こえないー! だから言いたくなかったんですよ! 笑いたければ笑ってください!」


 不貞腐れたようにパフェをバクバクと食べ始める。

 頬を膨らませながら怒っている彼女は年相応の若い少女の反応だった。


 「可愛い」


 「⋯⋯フェ?」


 「あ、ごめん。つい無意識に。気にしないでくれ」


 俺は必死に顔を逸らす。

 今の発言はキモイ。本気でキモイと俺は思う。


 「⋯⋯か、え?」


 横目でチラッと見ると、顔を限界まで赤面させていた。

 もしかしたら煙がプシューと出ていてもおかしくないかもしれない。

 この反応は⋯⋯少々危ういのでは?


 『心拍数が急上昇しています』


 電子手帳から飛ばされた機械音に冷静になったのか、深呼吸をする笠見。


 「いきなり口説くとは、誠実な人だと思ってたのに!」


 「それは誤解だ! いや、誤解では無いかもしれないが誤解だ! それと可愛いと言われただけでその初心な反応はチョロくないか?」


 「ちょろいってなんですか! 私は異性と関わった事がほぼ無いので緊張してるんですよ!」


 「それを言ったら俺も同じだぞ! 周りは男ばっかだったからな!」


 「なら⋯⋯お互い様ですね」


 「そうだな」


 いきなり冷静になった俺達。

 静かにパフェを食べる笠見を見る。

 簡単に折れてしまいそうな程に細い腕⋯⋯この腕に込められる力はありとあらゆる訓練を積んだ男よりも強い。


 「私に恥をかかせたのです。指揮官も何故、今の立場を目指したのか教えてください!」


 「俺の理由も同じように浅いよ。⋯⋯カッコ良かったから」


 「ほう。具体的に?」


 え、具体的に聞かれんの?

 ズルいなそれ。


 「小さい頃に俺はモンスターに殺されそうになったんだ」


 今でも思い出す。

 俺の家族や周りを一切襲わず、真っ先に俺を襲いに来たモンスターの姿を。

 狼の形をしたモンスター。


 「死ぬって思った時、颯爽と現れてモンスターを一撃で倒した少女がいたんだ。その背中がカッコ良くてな。俺も何か出来たら、と思ってこの道に。その資格があるからな」


 俺は右手の手袋を外し、魔女の証を見せる。

 醜く淡い輝きを持つ魔女の証。


 普段は無駄に光を帯びているので邪魔くさく、手袋をしている。


 「そうなんですね」


 「ああ。本当はその人にお礼を言いたいんだけど、今のところ会えてないんだよな。名前も知らないし、後ろ姿は逆光のせいで朧げ。大きくなった、守ってくれたから一緒に戦える⋯⋯そう言いたい」


 「⋯⋯それは、そうですね」


 妙な間がある事が気になった俺だったが、次の瞬間に鳴り響くアラームで意識は切り替わる。

 けたたましく鳴り響くアラームは基地内部だけでは無く、愛知区全域で鳴り響いているだろう。


 「司令塔へ急ごう!」


 「はい!」


 俺達は走って司令塔へとやって来る。

 そこには数多くのモニターが用意されており、該当箇所の監視カメラを映し出している。

 さらに、アラームと同時に向かわしたと思われるドローン映像もライブ中継で存在する。


 「来たな眼」


 「支部長!」


 「本体は先達に任せておけ。お前に下す命令は街中に散らばるだろう残骸の処理だ。⋯⋯やれるな?」


 俺は笠見を見る。

 彼女は力強く頷く。


 「もちろんです!」


 「なら良し。配置につけ」


 俺は端にあるモニターを注視する。

 残骸⋯⋯支部長がそう称したのは弱いモンスターの事だ。

 侵略者は隕石のように飛来してやって来る。

 大きな隕石が小さな隕石を率いるように落下して来るのだ。


 大きな隕石はハブのモンスター、俺達で表せば支部長だ。

 襲って来たモンスターの中で1番強いが、これは先輩部隊が相手しているらしい。

 俺達は引き連れて来られた弱めのモンスターの討伐だ。


 「行って来ます!」


 すぐに出動する笠見。

 すると、笠見の身体、体調などの情報がモニターに映し出される。

 平均的なパラメータだが、1つ異様に高いパラメータが気になった。

 しかも⋯⋯学校では教わっていない俺の知らない項目だ。


 【汚染度85%】


 「これは⋯⋯」


 俺の疑問は当然敵は気にしてくれない。

 司令塔内部に響く咆哮がスピーカー越しに驚く。

 今回は⋯⋯熊のようなモンスターだ。


 単純なパワーを誇るモンスター。

 そして俺達が対処するモンスターは⋯⋯。


 「モンスター確認! 人型⋯⋯頭部は猫!」


 片目が飛び出ている、グロい見た目の人型のモンスターだった。

 爪が異様に長く、鋭い。


 「爪の攻撃がメインになって来そうだ。間合いは⋯⋯」


 「見境隊員の武装と比べ20センチ短いです」


 解析班が俺の疑問に対して素早く答えをくれる。

 これが⋯⋯実戦。


 「眼」


 「はい!」


 「お前は見境笠見の命を背負い、判断し、決断する役目がある。あいつの全てをお前が持っているんだ。⋯⋯この空気に呑まれるな。これは訓練では無い。悩むな。迷うな。ただ、勝つための方法を模索し考えろ」


 「はい!」


 俺はモニターを確認する。

 モンスターは建物を片っ端から斬り裂いていた。

 コンクリートは簡単に切断出来る力がある。


 「パワー勝負は最初から考えないで良い。スピードを意識しよう。⋯⋯スピードで負けていたら相性最悪と判断する。良いね」


 『了解』


 ドローン映像では建物の影に隠れてモンスターの動向を確認している。

 笠見の力は一瞬にして戦闘機を超えるスピードを出せる。

 猫のような頭部ならスピードが速そうに思えるが⋯⋯。


 「あの形の前例はありますか?」


 「いえ。過去に無い新種です」


 「新種⋯⋯か」


 『情報を探るために戦う?』


 「本番では勝てるなら勝つ必要がある。命が最優先だ。相手が油断しているなら油断している内に叩く」


 モンスターが爪を振り上げ、建物を斬る瞬間。

 俺は指示を飛ばす。


 「奇襲で倒せ」


 『了解』


 ドローン映像では当然見えない。

 一瞬にして猫の頭が宙を舞い、カチャっと鞘に刀を収める音が鳴る。


 「速いっ!」


 解析班の誰かがそんな言葉を漏らした。

 訓練所で見ていなければ俺もあんな反応をしていただろう。


 「次の反応ポイントへと案内する」


 『了解』


 「⋯⋯お待ちください!」


 解析班の1人がそう口にした。

 その人はモンスターの位置を把握する役目を担っていた。


 「突如として猫頭と同反応のモンスターが一箇所に集まりだしています」


 「倒された事を察知したのか? 一対多は不利だ。一旦増援を待った⋯⋯」


 「ポイント集中場所、地下シェルター3番と近いです!」


 「何!」


 モンスターは生命体に敏感に反応する。

 シェルターなら既に沢山の人が集まっているはずだ。


 『指揮官。私は行く』


 「だが危険だ!」


 『指揮官は小さ頃に守られたんでしょ? だったら分かるはずだ。モンスターの恐怖も。私には戦うための力がある。指揮官は私が生き残って敵を殲滅するための、力を私にちょうだい』


 指示を出す前にポイント位置まで向かってしまう。

 こちらが伝え無くても、自身の持っている端末から情報共有が可能のようだ。


 俺は強制的な命令で彼女を動かせる訳では無い。

 笠見がその選択をするなら、俺は俺の出来る事をしよう。


 「増援要請は可能ですか支部長!」


 「既にしている。後4分だ」


 4分か。シェルターを守るには笠見の力が必須だ。

 集まったモンスターの数は6体。

 奴らは笠見のスピードに対応出来ない。


 笠見の力では6体を瞬殺は出来ない。

 一体を倒したところで同時攻撃なんてされた時には絶望だ。


 シェルター付近の地形を思い出せ。

 笠見がポイントへ到着するまで1分も無い。


 シェルター3番が設置されている場所はデパートが近くにあったはずだ。

 人を、街を守るのが彼女達の仕事だが、1番優先されるべきは人の命だ。


 「近くに高い建物があるはずだ。笠見の力なら簡単に斬れる。その建物を斬り、モンスターの上へ落とせ」


 『良いの? 街を破壊する事になるよ』


 「今の文明力なら復興に1日もかからん。何より重要なのがシェルターに奴らを近づけない事だ」


 まずは落とす。

 これで圧殺は無理だろう。

 それが可能だったら化学兵器が通用するはずだからだ。


 だが⋯⋯意識は向けられる。


 「笠見なら巨大な物体が落下するよりも速く着地が可能だ。切断、落下と同時にモンスターを数体倒せ。相手の意識は上へ向かうはずだ」


 出来るだけ意識外の攻撃をする。

 彼女のスピードの良い活用方法は奇襲による攻撃だからだ。


 『了解!』


 彼女の音を置き去りにするスピードで斬られた建物は崩れ、モンスター達を呑み込む様な影を作る。

 広範囲を瓦礫の海にするだろう。

 だが、憂いている暇は無い。


 『2体!』


 2体の首を飛ばす。

 仲間が殺られた事に瞬時に気づく⋯⋯これが奴らの特性なのだろう。

 もしかしたらテレパシーなどで会話が可能かもしれない。

 そうだった場合、非常に厄介な連携プレイが可能となるだろう。


 ⋯⋯だがな。

 相手が認識出来ていない攻撃なら連携も何も無い。


 『アレが落下する前に⋯⋯もう2体!』


 「倒すのは後だ。雑でも良い! なるべく多くの敵の動きを抑えろ!」


 『おけ!』


 笠見はまだ未熟な兵だ。

 もしも熟練した剣術を持ち、己の能力に振り回されていなければ余裕で殲滅出来ていた。

 そう思わせる結果だ。


 4体全員の足に斬撃を与えたが、斬り飛ばす事は出来なかった。

 十分だ。


 建物がモンスターを潰さんと迫る中、奴らは爪を振るった。

 同時に全員が振るった爪が建物を細かく切断する。

 自分達にダメージは無いだろうが、それは再生を込した考え。

 再生している暇すら無い。奴らには余裕が無い。


 何故なら⋯⋯相手はまだ笠見の存在を知らない。


 「足場が出来たな。終わらせろ!」


 『おっけー!』


 敵に認識出来ないスピードで縦横無尽に駆け回る刃。

 後は時間の問題だった。

 全ての瓦礫が落下するよりも前に⋯⋯六つの猫の頭が地面に転がった。


 それと同時。


 「ハブの生命反応停止! 討伐完了しました!」


 「良し来た。指揮官に通達、撤退の宣言を!」


 俺はマイクに口を近づける。


 「お疲れ様。帰って来てくれ」


 『分かりました』


 被害は小さくない。

 だが、作った物が壊れたならまた作り直せば良い。

 重要なのは、作り直せない命の方だ。


 「市民への被害を確認して参ります」


 「頼んだ」


 支部長が秘書と短く会話をする。


 俺は最初に気になった汚染度を確認する。


 「汚染度⋯⋯86%。これは一体⋯⋯」


 解析班は俺の方に目を向けようとはせず、疑問にも答えてはくれなかった。

 仕事は終わったって事かね。

 

 俺は基地の出入口まで向かう。


 「ふへぇ。走った走った!」


 「お疲れ様。七体も倒した! 凄いじゃないか!」


 「ありがとうございます。⋯⋯でも」


 勝った。だが、笠見は浮かない顔をする。


 「私がもっと強ければ⋯⋯一瞬で六体の残骸を倒せていた⋯⋯のでは無いでしょうか」


 確かに⋯⋯それが可能な力を笠見は持っている。

 後は本人の技量だ。


 「そうかもしれないな。だったら、より鍛えれば良いさ。もっと敵を速く倒せるように」


 「⋯⋯そうですね!」


 勝利の笑みは⋯⋯満面とは行かなかった。


 あれから数日、モンスターの侵略も無く街も復興を終え平和な日々を送っていた。

 定休日が用意されている。もちろん侵略があったら休みとか関係無いが。


 休日を使って俺はある場所にやって来ていた。

 そこは⋯⋯服屋だ。


 「この服可愛い! どう眼さん!」


 休日は指揮官では無い。だが、慣れない。照れる。


 「⋯⋯可愛い」


 「やっぱり! あ、これも良いかも!」


 私服が欲しいとの事でやって来た。

 ハイテンションの笠見。どんな服を来ても彼女は可愛い。

 そう確信している。


 「これも良くないですか!」


 ドクロがプリントされたTシャツを手に、自分の体と重ねて見せてくれる。

 うん。さすがに限度ってのはあるらしい。


 「似合うんじゃないか?」


 「急に適当!」


 「大丈夫だ。笠見は美人だからな。美人は何着ても美人だ!」


 「顔かよ!」


 結局、最初の方で選んだ数着だけを購入した。

 なのに時間は3時間も経過している。

 不思議だ。


 さらに不思議なのは、そんな時間を全く苦痛に感じていない心がある事だ。

 学生時代の俺だったらすぐに帰っている。


 「眼さん。私、荷物持ちますよ?」


 「良いんだよ。こう言うのは男の仕事だ」


 「私よりも体力も力も無いのに⋯⋯」


 「それとこれとは話が違うの!」


 俺の言葉にクスリと笑う笠見。

 突然、彼女はバランスを崩す。


 履きなれないヒールのせいだろう。

 俺は慌てて彼女を支える。


 「ッ!」


 柔らかな感触が腕に伝わる。

 制服の上からも分かってはいたが、意識しないようにしていた果実の重みがずっしりと腕に染み回る。


 「す、すみません」


 「い、いや。そ、それより⋯⋯大丈夫か?」


 「⋯⋯えと、踵が⋯⋯」


 踵の部分がへし折れていた。

 バランスを保つために強く踏みしめた結果なのだろう。


 「近くに靴屋があるから少し休んでてくれ」


 靴のサイズは手帳を見れば情報がある。

 俺は耳まで真っ赤にした笠見を近くのベンチに座らせ、全身で守ってあげなかった事を後悔しながら靴を買いに向かった。


 靴を真剣に選んでいると、僅かに残っていた温かみも感触も消えて走馬灯のように光景を思い出すだけになっていた。


 「サイズは合うと思うが⋯⋯どうだ?」


 「⋯⋯厚底ブーツですか?」


 「うん。⋯⋯似合うと思って」


 「美人ならなんでも美人に見えるんじゃないんですか?」


 「もしかして根に持ってる?」


 「いいえ。少し嬉しかっただけです」


 舌をちょっと出して、からかうような笑みを作って小首を傾げていた。

 そんなちょっとした仕草まで可愛いのだから、ズルいと言う他無い。


 「それじゃ、晩御飯を食べに寿司屋に行くか」


 「ごめんなさい。私の行きたい所ばかり⋯⋯」


 「何言ってる。笠見の行きたい所に行って、笠見が喜んでる姿を見る、これが俺にとって1番行きたい場所になるんだよ」


 「なんですかそれ。親ですか」


 笑う笠見に俺は手を伸ばす。


 「慣れん靴だからな。少しの間、支えさせてくれ」


 「ふーん。私の手にそんなに触りたいんですか?」


 「からかうなよ!」


 「へへ。ごめんなさい。⋯⋯支えるんだったら、こっちの方が良くないですか!」


 「うわっ!」


 いきなり手を引かれ、腕に絡みつかれ体重を掛けられる。

 腕を回し交差させる。


 ⋯⋯これじゃまるで。


 「これじゃまるで恋人みたい⋯⋯ですね」


 笠見がいつものように隣の俺の顔を見るために斜め上を見て、違和感に気づいたようだ。

 俺の顔がちょうど真横にあると言う事に。


 「す、スニーカーにでも⋯⋯変えるか? そっちの方が⋯⋯歩きやすいかも」


 「い、いえ。このまま⋯⋯しばらく⋯⋯慣れるまで⋯⋯支えてください。⋯⋯帰るまで慣れないかもしれませんが」


 「⋯⋯そうか。俺も鍛えているからな。体力には自信があるぞ」


 互いに顔が見られずに進む。腕を組んだまま。

 僅かに触れた時に感じた手の柔らかさと温かさはもう、残ってない。

 より強い熱と感触に掻き消された。


 ⋯⋯頼むぞ心臓。落ち着いてくれ!


 「眼さん」


 「な、なんだ」


 いきなり話しかけられ、声が裏返った。恥ずかしい。


 「もしも落ち着いて許可が出たら⋯⋯海に行きませんか」


 「海?」


 「はい。私、生まれてから一度も見た事無いんです海。とびきり可愛い水着、期待しててください」


 それは期待しなくても叶いそうだな。


 「良いな海。その頃には部隊員も増えてわちゃわちゃと楽しそうだ」


 「⋯⋯そしたら、眼さんを独り占めできませんね」


 「したいのか?」


 冗談に軽口を戦うこれ。


 「したいですよ」


 「うぇえ?」


 「変な声出さないでくださいよ!」


 「痛い痛い」


 腕に力を込めないで。


 「海、良いな。山も良いかもな。高い位置で満天の星空を見たい」


 「良いですね。一瞬で登り切れそうですが」


 「力使うのは禁止だ」


 「えぇ」


 訓練と戦闘時以外で能力の使用許可は出せないだろ。普通。


 「⋯⋯見上げる星が全部怪物だったらどうします?」


 「鼻で笑って逃げるね」


 「ですね。私もそうします⋯⋯夢が広がりますね」


 「だな」


 そしてさらに数日が経ち、再び愛知区への侵略が行われた。

 今回も俺達が対処するのは雑魚。

 しかも前と同じ猫頭のモンスターだ。


 訓練して成長し、俺達の深まった仲。

 『魔女の証』がより強い光を放ち、笠見の『星の力』と共鳴する。

 そのおかげか、俺は動体視力が上がり笠見のスピードが見えるようになった。

 さらに速く、鋭く、強くなった笠見のスピードが。


 「次は8時の方向に3キロだ! 喫茶うさぎオーダー付近!」


 『了解!』


 数秒で向かい、即座に斬り飛ばす。

 電光石火の如き速い狩りのスピード。

 司令塔の士気が高まる勢いだ。


 「それにしても数が多いな」


 ()()()()()でモンスターが配置されている。

 順番に倒せるので楽ではあるが⋯⋯なんだこの違和感は。


 「眼」


 「はい!」


 「こっちの勘違いなら良いが⋯⋯違和感がするぞ」


 「俺もします」


 気だるげな雰囲気が抜けない支部長の顔に、僅かに焦りが見えた。


 「アイツらも学習するのか?」


 その一言で俺は察する。


 これは⋯⋯この一定間隔で存在するモンスターは⋯⋯誘導のための囮だ。


 相手は認識出来ないスピードの対処方法を考えた。

 そして実行していたのだ⋯⋯最初から。


 「笠見! 一度退避!」


 『え?』


 ノリに乗っている笠見に対するこの指示は周りの人達に疑念の種を振り撒く結果となる。

 だが、この判断は正しいはずだ。


 相手は最初からこのスピードの対処法を考えていたんだ。

 奴らは仲間の死を一瞬で感知できる。そして連携が可能だ。

 そして⋯⋯相手は仲間の死がどのようなモノだったのかも感知出来る。


 あくまで俺の仮説に過ぎない。まだ研究が進んでいない。

 しかし、この仮説が正しいなら⋯⋯相手が学習すると言うのなら。

 そして宇宙外へ死の情報を渡し共有出来ると言うのならーー。

 

 最初は一箇所に固まって迎え撃とうとした。

 だが失敗した。


 そして次は誘い込み。

 一定の感覚で置き、一定の感覚で倒されるなら⋯⋯どのくらいのペースか把握出来る。

 仲間を生きる測定器に仕立てたのだ。


 「一度後退だ。相手が隠し球を用意している可能性が⋯⋯」


 「強力な反応あり! これは⋯⋯ハブ級です!」


 「ハブが2体だと! 反応の位置は!」


 支部長の驚きと叫び。そして支部長の疑問に対する答えは。


 「⋯⋯見境隊員の背後です」


 最悪の結果を意味していた。


 「後⋯⋯」


 俺の言葉よりも速く⋯⋯鼓膜を突き破るのは断末魔だった。


 『きゃああああ!』


 袈裟に背中を斬られた。

 大ダメージでは無いが、ダメージなのは変わりない。


 「大丈夫か!」


 『は⋯⋯い!』


 敵はカラスのような頭部に人型を成していた。

 腕は翼の様だが剣の様に鋭い。


 「笠見。落ち着いて聞いてくれ」


 『はい』


 「今回の相手は⋯⋯笠見の上位互換かもしれない」


 『⋯⋯』


 相手は笠見のスピードを把握した上で現れた。

 しかもハブ⋯⋯つまり強力なモンスターだ。

 確実に笠見を潰しに来ている。


 『あはははは!』


 何がおかしいのか、狂ったように笑い出す。

 司令塔の空気も冷えてしまう。


 『上位互換? おかしいよ。スピードは負けてるかもしれない。でも確定じゃない。私だって本気じゃないから。⋯⋯それに、私には指揮官がいるからね』


 頼りに⋯⋯されている。


 ⋯⋯だったら、俺がする事は彼女を勝たせる事だ。


 「もしも相手が僅かに動いたら円を描くように刀を振るえ。間合いは猫頭とさほど変わらない」


 『了解』


 今いる場所はある高校の近くだ。

 周囲にある物と言えば電車の駅くらいか。

 この時間帯だと⋯⋯ちょうど1番近い駅に電車が止まっている頃合だ。


 ラッキーだ。

 勝機はここにある。


 『らっ!』


 俺が思考している間に戦闘は動いていた。

 モンスターが動き、我武者羅に振るった刀で攻撃を防いでみせた。

 相手は背後から攻撃を仕掛けていたようだ。


 『このスピードなら⋯⋯少し力を解放するけど追い付ける』


 「待て! それは許可出来ん!」


 支部長が叫んだ。

 力の解放?


 『指揮官!』


 「ッ!」


 支部長の様子は気になるが今はそれどころでは無い。


 「近くの駅の場所は分かるか? 真後ろに真っ直ぐ進んだ位置にある」


 『分かる』


 「そこに向かって電車の中に入るんだ」


 『おけ』


 相手の攻撃を間一髪の所で防ぎながらその場所に向かう。

 ギリギリだがスピードに追いついてると言える。

 このままなら⋯⋯勝てる。


 ⋯⋯だが、やはりそう簡単では無いらしい。


 モンスターの見た目が変わり始める。

 黒い光の粒子を放出し、それが背中に集まる。

 その形はまるで⋯⋯ジェットエンジンだ。


 ブォン⋯⋯空気が破裂したかのような音が響く。

 スピーカー越しでも鼓膜が破られそうな⋯⋯激しい音だ。

 次の瞬間には⋯⋯笠見の横腹から血飛沫が舞う。


 『ごふっ』


 口から大量の血を吐き出す。

 苦しそうに呼吸が荒くなり、横腹を抑えるが血が止まらない。


 「深く⋯⋯斬られた」


 『だい、じぶ。ほし、ちか、あが、る』


 『星の力』は常軌を逸した再生能力も与えてくれる。

 だが、すぐに治る訳では無い。

 モンスターとは違い、銃弾でも致命傷を受けたら死んでしまうのが彼女達だ。


 『許可、欲しい』


 「許可?」


 『力の解放⋯⋯全力を出す!』


 支部長が怒りのままに叫ぶ。


 「許可出来ない! 今の汚染度が何パーセントか理解しているのか!」


 汚染度?

 俺は笠見のパラメータを確認する。


 【汚染度86%】


 前回の最後と変わりない。


 『でも! こいつはここで倒さないと。本体と戦っている人達の、邪魔をさせてはいけない!』


 そうなった時⋯⋯被害は大きくなるだろう。

 だからと言って、本来笠見1人で相手出来る敵じゃない。


 「良いのか。それで、本当に⋯⋯」


 『⋯⋯指揮官!』


 「な、なんだ?」


 『私の指揮は貴方の仕事。許可して』


 「許可って⋯⋯どうすれば⋯⋯」


 『私の背中を押してくれれば良い。戦えって。勝てって』


 それで良いのか?

 だが、不穏な気配がする。

 俺はこの選択をして、本当に後悔しないのか?


 『頼むよ指揮官! こいつは速い。今の私じゃ叶わないくらいに速い! だから、きっと色んな人を意識外から殺す。コイツを倒せるのは私なんだ!』


 笠見がモンスターの攻撃を警戒している。

 警戒していても、相手のスピードに対応出来ない。

 指揮だけじゃどうしようもない⋯⋯純粋なパワー負け。


 『私は覚悟が出来てる。眼さん!』


 「ッ!」


 彼女の覚悟を受けて、何もしないのは指揮官失格だ。

 だったら俺は⋯⋯どんな結果になろうとも⋯⋯笠見を信じるだけだ。


 「眼!」


 「ッ!」


 支部長の声。


 「良いんだな。それで」


 強い、突き刺すような言葉だった。

 だが、俺は迷わない。もう悩まない。

 後は決断するだけだ。


 「どの道ここで倒さないと⋯⋯笠見は斬り殺される。彼女が勝てる自信があるのなら、俺はそれを後押しします。笠見、勝て!」


 『ありがとう眼さん!』


 笠見の持つ刀が蒼く輝く。

 礼服のような制服にマントが付けられ、脚を守る鎧が出現する。


 『これが私のトップスピードだ』


 俺の右手が蒼く輝く。

 『魔女の証』が笠見の力に反応している。

 強く繋がっていると感じる。


 具体的にどう説明すれば良いか分からない。

 だが今、笠見と俺の何かが繋がっているのだ。


 『なるほどね』


 笠見がモンスターと同等以上のスピードで攻撃を仕掛ける。

 モンスターはずっとエネルギーをチャージしていたのか、溜めた力を使ってスピードを一気に上げる。

 2人は音を捨て、落雷の如きスピードで駆ける。


 笠見が電車の中に入り、数車両進んだ所で止まる。

 モンスターは笠見が電車の屋根に空けた穴を通って中に入る。

 

 一直線。


 回避の許されぬこの場で迎え撃つ予定だった。

 だが、その計画が崩された。

 相手の加速により。


 これ以上の加速があるのかも分からない。

 これが相手の切り札ならそれで良い。


 後は笠見を信じた一発勝負。

 一直線による攻防だ。


 『一撃で終わらせる』


 刀を鞘に収め、居合の構えを取る。

 一触即発の空気、最初に動いたのはモンスターだった。

 奴の全速力は過去に例を見ないモンスターの速度。


 後手に回った笠見のスピードは⋯⋯類稀なるモンスターのスピードをも凌駕した。

 一閃、それは両者が止まった時にようやく現れた攻撃の軌道。

 全てを置き去りにした2人だけの世界。


 その一閃を放ち、斬った者。

 あるいは一閃により斬られた者。


 斬られた者は倒れる者。

 それ即ち、力なく倒れたモンスターである。


 「⋯⋯勝った」


 俺の呟きの中、モニターに映る笠見に異変が起こる。

 黒い結晶のような物が彼女の肉体を蝕むように広がっていたのだ。


 「見境笠見隊員。汚染度95%。上限に達しました」


 「⋯⋯そうか」


 「上限?」


 解析班から伝えられた言葉、短く答える支部長。疑問に思う俺。


 「早すぎるだろ」


 支部長の鈍痛に満ちた、重苦しい声だけが室内に響いた。


 「眼指揮官」


 いつものような呼び方では無い⋯⋯上司としての言葉だ。


 「2時間後、⋯⋯葬儀室へと来い。見境笠見を回収しろ」


 「はい? 回収ってどう言う意味ですか!」


 「それは後だ。退出しろ。眼指揮官。話は全て⋯⋯後にしよう」


 始めてみる、悲痛な表情の支部長を見て俺は素直に従った。


 2時間後、俺は基地内部に用意されている葬儀室と言う物騒な所へやって来た。

 一度見学で見た事がある。真っ白な何も無い空間だ。


 その中心に特殊な機械で拘束され顔だけが見える状態の笠見がいた。

 その顔には黒い結晶が広がっている。


 「あ、眼さん」


 それでもなお、微笑む。だが、弱々しい。


 「これは⋯⋯一体」


 「来たな」


 支部長が笠見の近くに立っていた。


 「なんですかこれは。なんで笠見が拘束されてるんですか!」


 「規則だ」


 「きそ、く?」


 「そうだ。お前も知っての通り汚染度がある。これが95%を超えるとこのように身体が結晶化を始める。100%になり結晶化が全身に広がった時、『星の力』を持つ少女は侵略者と同様の化け物になる」


 「は? な、んで」


 全く持って理解し難い事を言われてしまった。

 なんで、人間が化け物になるんだよ。


 「常識を逸脱した身体能力、再生能力、そして特殊な能力に独自に召喚可能な謎多き武装⋯⋯このような力がなんの代償もなく扱える代物だと⋯⋯思っていたか?」


 「でも⋯⋯習っていません」


 「もしもこれを未熟な奴が知れば⋯⋯どうなるかなんて想像出来るだろう」


 「⋯⋯治らないんですか? 何かワクチンとかは!」


 俺は支部長に縋った。


 「あるなら⋯⋯こんな苦しい決断はしない」


 「苦しい⋯⋯決断?」


 「このままでは見境は化け物になる。その前に⋯⋯人間として生涯を終わらせる。それが指揮官の仕事であり責任だ」


 支部長はハンドガンを一丁、俺の胸に押し付けて来る。


 指揮官学校でどうして銃器などの戦闘技術を教わるか⋯⋯ここで理解した。


 「殺せと⋯⋯言うのですか。命を懸けて戦って来た彼女を!」


 理解はしたが納得は出来ない。

 どうして⋯⋯。


 「このまま化け物にしたいのか? 人間のまま生涯を終わらせてやるのもまた⋯⋯指揮官の役目だ。本来の計画よりも早い。共に責任を背負ってやろう」


 そう言って少し離れた位置に立つ支部長。

 もしも化け物に姿を変えてしまった場合、真っ先に殺されるのは俺と支部長だ。

 それが⋯⋯責任。


 「お、俺は」


 渡されたハンドガンを見る。

 弾は入っている。


 ⋯⋯これで、撃てと言うのか?

 戦って来た彼女を⋯⋯この手で撃てと?


 冗談じゃない!


 「⋯⋯少し時間はあります。お話しませんか」


 「笠見。嘘だよな。こんなのって⋯⋯あんまりだろ」


 喉が急速に乾くのを感じる。

 心臓が突き破らんと激しく振動する。

 頭がクラクラと、視界が揺らぐ。


 ⋯⋯だと言うのに笠見本人は⋯⋯とても健やかに微笑んでいる。


 「この拘束を解除して頂けませんか? 彼に触れたいです」


 「⋯⋯96%。問題無い。解除しろ」


 笠見の拘束が解ける。


 彼女の細く柔らかい手が俺の頬を優しくつつみ、目を合わせるように上げられる。


 「泣いてますよ」


 俺の涙を細い指で拭うが、その度に新たに流れ出す。

 それを見た笠見はクスリと⋯⋯力無く笑う。


 「知ってますか『魔女の証』の力を」


 「え? それは⋯⋯」


 「『星の力』の増幅だけでは無いんです」


 俺を諭すように話される⋯⋯証の力。


 「『星の力』を持った子は『魔女の証』を持つ人に強く惹かれるんです。聞いた時はそんな馬鹿な話ある訳ない⋯⋯って思ってたんですよね」


 「それって⋯⋯」


 「はい。私は貴方を一目見た時から、少しだけ良いなって感じたんですよ。貴方を魅力的に感じて、いつの間にか好きになってました。少女を誑かす力の証⋯⋯だから『魔女の証』なんて言うんですよ」


 知らなかった。


 「でもそれじゃ⋯⋯催眠や洗脳に近いじゃないか」


 強く、俺の頬をムギュっと押される。

 悲しそうな⋯⋯眼差しを向けられた。


 「それって私の心を否定してるんですか? どんな状態だろうと、これは私の心ですよ。言ってしまえば自分のタイプの人ってだけです。出会ったすぐにラブだったとは思わないでください!」


 「ごめん」


 なんか、いつものような空気感だ。

 今、俺が何をさせられようとしているのか分からない程に。


 「楽しかったです。眼さんと訓練したり、デートしたり。将来の話をしたり⋯⋯この運命が待ち受けていると知っていながらも」


 「どうして⋯⋯それでも戦おうと思ったんだ」


 「どうして、ですか? 私は元々汚染度が高かったんですよ。このまま死を待つんだったら戦った方がカッコイイ⋯⋯それだけですよ。ほんと。おかげで貴方に会えたので満足です」


 残酷な運命を⋯⋯どうして受け入れられるんだ。


 「私達って他者との関わりを極力避けられるようになっているんです。何故だと思いますか?」


 「思い出を⋯⋯残さないためか?」


 こんな運命になるなら⋯⋯辛いだろう。


 「それもありますが⋯⋯指揮官を好きになるためです」


 「は?」


 「知ってますか? 強い未練があるまま死ぬと⋯⋯化け物になってしまうんです。だから、恋をして満足して、愛してる人の手で人生を終えるんです」


 ⋯⋯そんなの、地獄じゃないか。


 『魔女の証』は力の増強だけじゃない。

 彼女達が惚れやすく好きになりやすい⋯⋯そのような催眠効果を持っている。

 恋をして貰って⋯⋯戦って貰って⋯⋯好きな人の手で殺される?


 「それで、良いのかよ。こんな運命⋯⋯本当に受け入れられるのかよ」


 俺は⋯⋯。


 その時、真っ直ぐと笠見の目が俺を捉えた。

 有無を言わせぬ、絶対的な強い眼差し。


 「受け入れたから、ここにいるんです。私は覚悟を決めました。次は貴方の番です」


 彼女の両手が俺の持つ銃を捕まえ、銃口を自分の額に押し付けた。


 「私は貴方に終わらせて欲しい」


 「嫌だよ。俺は⋯⋯笠見を⋯⋯殺したくない」


 「私だって殺されたくないよ」


 「だったら!」


 「でも!」


 大きな声で俺の迷いは飛ばされる。


 「でもね。人間を辞めたくない。化け物になりたくない。化け物になって貴方を襲いたくない! だから、⋯⋯人のまま終わりたい」


 これが⋯⋯指揮官の背負う責任なのか。

 彼女達が化け物にならずに人間のまま眠れるようにするのが⋯⋯本当の指揮官の仕事なのか。


 なんでだ。

 なんでこんな残酷な運命を用意されてるんだ!


 「⋯⋯母さん。2人きりにしてくれないか?」


 「⋯⋯良いだろう」


 支部長は部屋を出る。

 俺と笠見だけになる。


 「笠見」


 「はい」


 「言ってたよな。海に行きたいって。水着見せてくれる約束だったじゃないか。山も行こうって。星を見ようって」


 「私も見せたかったな。きっと見たら私以外見れなくなりますよ。悩殺ですね」


 「もっと色んな会話がしたかった。もっと君を知りたかった」


 「ほんとですね。私達には、時間が無さすぎる」


 向けている銃口が震える。

 俺の手が震えているのだ。

 

 恐怖、拒絶⋯⋯笠見を失いたくないと言う浅ましい我欲が俺の手を震わせる。

 だが、決して銃口の位置は動かない。

 笠見が力強く、銃口を自分の額に押し付けているからだ。


 「眼さん」


 「⋯⋯なんだ」


 もう、俺の声は涙声になっていた。


 「最後に、わがままを聞いて欲しい」


 「なんだ。なんでも言え」


 「眼⋯⋯って、呼び捨てで良いですか?」


 「もちろんだ」


 「眼、これが最後のわがまま。キスしてください。私の初めてをあげる。その代わり、貴方の初めても欲しい」


 「初めてだから⋯⋯下手っぴだぞ」


 「期待してないよ」


 俺は銃を下げ、彼女の唇に自分の唇を近づけた。


 僅かな時間⋯⋯だが、酷く長く感じた時間だった。

 息を止めて、ただ現実を直視しない。


 ゆっくりと⋯⋯顔を離す。


 「涙で酸っぱい」


 「⋯⋯悪いな」


 「でも⋯⋯凄く幸せ」


 頬を染めたのかも分からない⋯⋯黒い結晶が全てを邪魔してしまう。


 「眼⋯⋯私は貴方に出会えて良かった。貴方が指揮官で良かった。⋯⋯大好き」


 「ああ。俺も⋯⋯大好きだ」


 「じゃあ私は愛してます!」


 「なんだよそれ⋯⋯」


 「私の方が愛が大きい⋯⋯そう思っておきたいんです」


 なんだよ⋯⋯それ。


 俺は彼女の頭に銃口を向ける。


 「覚悟は決まった?」


 「俺は笠見を化け物に変えたくない。人間のまま、眠りたいなら俺が終わらせる」


 「ありがとう」


 「何か、言い残す事はあるか?」


 彼女は悩む素振りを見せる。

 もう、何も無いくせに。


 「キスもしたし、愛も伝えた。眼の初めての女に成れた」


 「言い方⋯⋯」


 「へへ。うん。悔いは無い」


 「なら、目を瞑って。すぐに終わる」


 彼女は首を横に振った。


 「最期まで貴方の顔が見たい」


 「なんて酷い女なんだ」


 こんな⋯⋯醜く泣いている男の顔なんて、見ても面白くないだろ。

 今でも彼女が生きる道は無いのかと、奇跡を願っている。

 だが、そんな奇跡は起こらない。


 『汚染度98%です』


 放送が流れる。


 「そろそろ⋯⋯お願い」


 「ああ」


 ゆっくりと引き金に指を置く。


 「笠見」


 「なーに?」


 「大好きだ」


 「うん。愛してるよ」


 俺は引き金を引いた。


 それから数十秒後、生命活動停止を告げる放送と共に支部長が中に入って来る。


 「辛かったな。良くやった」


 黒い結晶はボロボロと崩れ、白い肌が見えて来る。

 目を閉ざしてあげれば⋯⋯健やかに眠っている少女にしか見えない。

 俺の腕の中で、体温を急速に失って行く立派な軍人の少女。


 「⋯⋯お前には2つの選択肢がある。このまま指揮官を続けるか、辞めるかだ。答えは数日後に聞くとしよう。今から火葬場へ運んでくれる人が来る⋯⋯それまでは」


 「いえ。その場所まで俺が運びます。俺は最後まで、彼女の傍にいるべきだ」


 「⋯⋯そうしてやれ」


 こうして、俺の研修期間は終わった。

 長いようで酷く短い⋯⋯研修期間だ。


 笠見の墓の前、俺は花束を置いた。


 「笠見、今でも君との時間は忘れられない。未練がましい男で悪い。みっともない男で悪い。こんな男を好きになってくれて、愛してくれてありがとう。俺は行くよ」


 指揮官は生半可な覚悟で務まる仕事じゃない。

 少女の人生を背負う⋯⋯なんて言葉すら生温い。

 化け物と戦う少女を人間として生かし、終わらせる⋯⋯過酷な仕事だ。


 ⋯⋯だから俺は。


 とある部屋へとやって来た。

 扉を開けると、数人の少女がそこには揃っていた。


 「今日より愛知区基地の2班、君達の指揮官に就任した龍ケ崎眼だ。以後よろしく!」

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