序章 深夜<ミッドナイト>
わたしには仲の良い姉がいた。
二つ年上の美来姉さん。わたしが「お姉ちゃん」と呼ぶと、いつでも「なぁに利奈ちゃん」と優しく応えてくれた。
小学生の頃は毎日手をつないで学校に行くのがうれしかった。だから姉が中学生になった時には一緒に登校できないことが悲しかった。けれど姉はこう言ってくれた。
「利奈ちゃんが中学に上がったらまた一緒だよ。楽しみだね」
でもわたしが中一の時、姉は中三で、一緒に中学校に通えたのは一年間だけだった。
そして姉は名門と名高い聖オーレリィ女学園の高等部に入学した。
わたしももちろん同じ学校に行くつもりだったけれど、正直わたしの学力では合格できるかどうか不安だった。自分が姉ほど頭が良くないのは知っていたから。
「大丈夫、高校でも待ってるからね」
姉はそう言って慰めてくれていた。
なのに。
姉は死んだ。高校一年の秋に。交通事故だった。
11月のその日、わたしが中学校から帰ると家には誰もいなかった。
いつもなら専業主婦の母がいるはずなのに。おかしいなと思っていると母から連絡があった。姉が車に轢かれたので病院にいるという。
「わたしもすぐに行く、どこの病院なの」
そう聞くわたしに、母は冷たいとさえ思える言葉で来なくていい、と告げた。そして間違えようのない言葉で伝えられたのだ。姉の死を。
そのあとの数ヶ月、自分が何を言い、どう過ごしたのかは憶えていない。ただ、姉の遺体に会わせてもらえなかったことだけは憶えている。
父にはこう言われた。ひどい様子だったからお前には見せられない、と。だからわたしにとって姉は突然に消えたようにしか思えなかった。
お葬式のこともよく憶えていない。ただ、姉と同じセーラー服を着た弔問客が何人も来たことは憶えている。みんな泣いていたことも。
わたしの日常は姉の死を境に変わってしまった。
もう何もしたくないし何も考えたくなかった。しばらくは姉の部屋で一日中ぼうっとしていた。
それでも母にお尻を叩かれ(「いい加減にしなさい」、と本当に叩かれた)、父に諭されて(「お前がそんなに悲しんだら美来もあの世で悲しむぞ」、とか下らないことを言われた)、どうにか学校には行くようになった。
でも授業に出ても先生の言葉なんて全然あたまに入ってこない。陸上部の部活にも出ていない。ただ惰性で何となく通っているだけだった。
それでも仲良しの友達と過ごすうち、少しずつだけど元の生活を取り戻していったように思う。外見上はだけど。
夜、ベッドに入っても姉の事を考えてしまって眠れない。今夜も部屋の灯りを消してからもう三時間も経つのに、安らかな眠りは訪れてくれなかった。
どうしても思い出してしまう。姉と過ごした十三年間の事を。あの他愛もないことで笑うことが出来た幸せな日々のことを。
今夜もわたしはベッドの中で身悶え、枕に顔を押し付けて嗚咽を噛み殺し、枕カバーを涙で汚していた。
悲しみの中で意識を失うまで今夜はあとどれくらいかかるのだろう。なかば錯乱した頭でそんなことを考える。
「お姉ちゃん・・・」
そうつぶやく自分の声を聞いた気がする・・・きっともうすぐ眠れる。きっと、あと少しで。
1.たそがれ時<トワイライト〉 に続く