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短編小説どもの眠り場

座恐

作者: 那須茄子

 私はその椅子を見つめていた。

 古びた木製の椅子で、座面には無数の傷が刻まれている。 


 まるで、そこに座った人々の苦しみや恐怖が染み込んでいるかのようだった。


「座らなければならない」


 と自分に言い聞かせる。


 しかし、足が動かない。心臓が激しく鼓動し、冷や汗が背中を伝う。 

 なぜこんなにも恐ろしいのか、自分でも理解できない。ただ、その椅子に座ることで、何か取り返しのつかないことを引き起こすような気がしてならなかった。


 

 過去の記憶がフラッシュバックする。


 幼い頃、祖母の家で見た椅子。祖母はいつもその椅子に座っていたが、ある日突然、椅子から立ち上がることもなく亡くなった。祖母は安らか――まさに安楽死そのもの――で、死んだと言うよりは充電が切れて動けなくなった機械仕掛け。 


 死んでいるのに、まるで死体という感じがしなかった。

 


 そう――――ただの椅子だと頭では理解している。


 私は深呼吸をし、震える手で椅子の背もたれに触れる。冷たい木の感触が、さらに私の恐怖を煽る。祖母の死体も丁度こんな具合に、冷めていたように思う。


 目を閉じて、心を落ち着けようとするが、心臓の鼓動はますます激しくなるばかり。


「大丈夫、大丈夫」

 

 声に出して、自分に言い聞かせる。

 

 私は再び目を開け、椅子を見つめる。まるで、椅子が私を嘲笑っているかのように感じる。


 

 ゆっくりゆっくりと腰を下ろし、座面に体重をかける。妙に人肌の温もりがある。気持ち悪いほど、革張りのクッションが沈む。

 全身に冷たい汗が噴き出し、心臓が止まりそうになる。 


 しかし、何も起こらない。

 ただ、私は椅子に座っているだけだ。


「なんだ、全然怖くないじゃん……」


 いっそ無理にでも笑ってやろうとしたその時。



 背後から冷たい風が吹き抜け、耳元で誰かの囁き声が。


「ぎぃぃい」 


 当然それは椅子のきしむ音だった。声ではない。


 私は叫び声を上げて椅子から飛び上がった。

 振り返る。 

 そこには誰もいない。


 私は震える手で顔を覆い、恐怖に打ち震えながら、その場に立ち尽くしていた。

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