魔王、産まれたってよ by 神託
夜勤だらけで忙しい忙しい。
所変わって、ここはダリル王国の王城。
謁見の間では、二人の人物が難しい顔をしていた。
上品な光沢を持つ木製の王座。
真紅の絹であつらえた座面に腰掛ける初老の男性。
彼こそがダリル王国を治める、バーゲット・ダリル王その人であった。
豊かな顎髭をもてあそびながら、深刻な面持ちをした王は口を開く。
「勇者アステルよ、神託が下ったというのは、まことか」
重々しい空気の中、王に対するは、若く、整った顔貌の青年。
金糸の髪は星の様にかがやき、空のような青い瞳が真っ直ぐと王に向けられている。
しかし、ひときわ目を引くのは、その腰に佩いている一振りの剣だろうか。
彗星の意匠が施されたそれは、いわゆる聖剣などと呼ばれる代物である。
彼は勇者アステル。
聖剣に選ばれた勇者の一人にして、魔王討伐の経験者。
数多ある聖剣のうち、星の聖剣に選ばれた星の勇者だ。
だからといってそう簡単に謁見が叶うものではない。
しかし、今回は別だ。
勇者が持つ神託スキルの知らせがあったというではないか。
勇者に神託が下る時、それはたいてい危機の前触れとなる。
「新たな魔王が出現したようです。場所は、魔狼の森」
「ふむ、魔狼の森か」
魔狼の森。
魔狼と呼ばれる、オオカミの魔物が生息する森。
ゴブリンなどの魔物もいるが、魔狼が頂点捕食者として君臨するため、他の地域に比べると数は多くない。
まさに、魔狼の森と呼ばれるにふさわしい場所である。
しかし、勇者にとっては魔狼といえど、たいした脅威にもならない。
「力を付けて迷宮が育つと厄介です」
「うむ。迷宮の暴走、スタンピードが起きるとまずい。可能な限り早期に討伐をするのがよかろう。産まれたてならば、おぬしが遅れを取るということもあるまい」
「ええ、この僕が、産まれたての魔王に負けるなどありえません。すぐに、討伐してまいります」
「頼んだぞ、勇者アステルよ。すぐに支度をするといい。下がってよいぞ」
下がらせた勇者の背を見送り、ぽつりとつぶやく。
「魔狼の森にて新たな魔王が産まれ落ちた、か」
好物のやたら長いパンをどこからか取り出し、ひとくちかじり、もぎゅもぎゅ咀嚼して飲み込むと王はため息をついた。
星の勇者アステルは、若いが手練れの剣士だ。
他の勇者とともに、力のある魔王を討伐した事もある。
しかし、どうにも胸騒ぎがする。
「なんにもなければ良いがなぁ」
髭を撫で、王は独りごちた。