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告白から始まるロマンス。

あまあましっとりが書きたくなって……。

お楽しみいただけると幸いです。

(三話完結になります。よろしくお願いします)

「愛してる。どうか私の妻になってくれないか」


 彼のそんなセリフに、あたしは驚いて。

 思わず周囲を見渡したけど、でもでもそれでも彼の目線の方角にはやっぱりあたししか居なかった。

 って、どういうこと?

 だって、あり得ないもの。

 あたし、魔力ゼロの落ちこぼれだもの。

 きっと何かの間違いだ。妹のリーシアと間違えているんだ。そうに違いない。



 ♢ ♢ ♢




 満月のあかりが降るように、あたり一面をその光で満たしている。

 中庭の噴水はキラキラとして、周囲に大量のマナが溢れているのを示唆していた。


 お城のパーティーに呼ばれたものの、その中にいるのがちょっと辛くなったあたし。

 夜風にあたって頭を冷やそうと、こうして中庭の噴水前に出てきてみたら、先客がいた。


 ひと目見て。

 その彼の姿に目を奪われたあたし。

 噴水の縁に腰掛け、その水面に右手を垂らして。

 銀色の髪が美しいお顔にかかる。

 キラキラまばゆくマナの光が、そんな彼の周囲に溢れて。


 綺麗、だった。

 一瞬、妖精? って、そう見えて。

 思い返す。

 このお方は、この国で一番偉い人なのだって。


 天帝、アクロメシアの孫にして、妖精姫アフロディテを母に持つ。

 この竜皇国グランガルシアを治める(ミカド)


 そんなお方の近くに寄るなんて恐れ多い。


 そう思って踵を返した時だった。


「ねえ君、どうしたの?」


 そう声をかけられた。

 流石に。

 竜帝のお言葉に直答するのが憚られるとはいえ、かといってこうして声をかけられてこのまま振り向きもせずに逃げるように去るのも非礼だろう。そう思って振り返り、礼をする。


「申し訳ありません。宴会場の人の多さに酔ってしまって。外の空気にあたりたくてこちらに参りました。まさか竜帝陛下がおられるとは思わなくて……」


 それだけ言って、その場を離れよう。

 そう考えて首を垂れる。


「そっか。君の名は?」


「アーシア・ハイデンブルクと申します」


「ハイデンブルク公爵の?」


「はい。娘になります」


 じっとこちらを眺める目線が痛い。


 公爵家の娘とは思えないような簡素なドレスを纏ったこんな姿、あまりじっくりと見られたくなかった。


「まああそこはほんと人が多すぎだよね。私も同じさ。人ごみとあの濃い匂いは苦手でね。ついついこうして逃げ出してきてしまったんだ」


 そう、無邪気なお顔でにっこりと微笑んだ。


 っていうか、今日はあなた様のお妃選びのための夜会でしょう?

 適齢期の娘のいる国内の貴族は半ば強制的に出席が義務付けられた今夜の会。

 そう。婚約者が居る娘や結婚させたい相手がいる家なら出席を断ることもできたけど、そんな半分義務的なものでさえなかったら、あたしみたいな落ちこぼれ、お父様がこんな社交の場に出すわけがない。


 本来であればうちから出すべきお妃候補は妹のリーシア一人で十分だと思っているだろう父は、あたしにまで名指しで届いた招待状に頭を悩ませた挙句、豪華な衣装を着せ綺麗に仕上げた妹と、とりあえずフォーマルなドレスコードさえクリアしていればいいと、飾り気のないシンプルなドレスで仕上げたあたしとをこの夜会に送り出したのだった。


 公爵令嬢として、あの夜会の場で主役のように振る舞うリーシアと。

 壁の花で過ごそうと思っていたけれどそれにすらなれずこうして中庭に逃げてきてしまったあたしとじゃ、同じ顔をしている姉妹といえども差がありすぎて。


 あたしが、

「それでは失礼致します」

 というのと。


 陛下が、

「君もこちらにくるといいよ。噴水の水が霧のように舞って、気持ちいいんだ」

 というのがほぼ同時で。


 え?

 っと躊躇したけど、それでもそう言って下さった陛下の言葉を無視するわけにもいかず。

 ちょっとだけ、そこで固まってしまったあたし。


 あんまりにも呆然とした顔で固まっているのがおかしく見えたのか。

「ふふっ」

 と、吹き出した陛下。


「ごめんね。そうだよね。いきなりそんなことを言われても困るよね?」


 と、そうおっしゃった。


「ええ、陛下と同席するなんて畏れ多くて」


 と、そう口走っていたあたし。


 はわわ。

 ちょっと不敬に聞こえちゃったかな。

 どうしよう。

 そんなふうに困っていると。


 すくっと立ち上がった陛下が、月明かりをバックにあたしの目の前にまできて。


「アーシア嬢。今日は夜会だしね。そんなにかしこまらなくてもいいよ?」


 と、そんなふうに悪戯っぽくあたしの耳元に口を近づけて囁いた。


 カーッと真っ赤になったあたしを見て。

 陛下、またクスッと笑う。


 ああこれは完全におもちゃにされてる?


 そうは思うものの、嫌だとも言えず。


「君は、かわいいね。それに……、やっぱり間違いない」


 え?


 ねえ。と、耳元で囁いた陛下。

 一拍置いて、正面に向き直って言った。


「愛してる。どうか私の妻になってくれないか」


 んーーー!!

 あたしは顔を真っ赤にしたまま、しばらくそのまま硬直して。

 何も考えられなくて。




 ############





 人の魂は死ぬと(レイス)となって大霊(グレートレイス)に還る。

 そうして数多の意識と溶け混ざり、新しい(レイス)となって生まれてくるのだ。

 と。

 前世のあたしは習ったけど。

 きっと心残りがありすぎたんだろう。

 今のあたしはそんな前世の記憶を持ったまま生まれてきた。


 生まれてすぐ理解できたことは、今の自分にはどうやら魔法を使う才能が無いということ。

 前世が「聖女」だなんて呼ばれるほど魔力が多く多彩な魔法が使えてた反動なのか、今世ではまったく魔法の魔の字も使えない落ちこぼれで。

 一緒に生まれた双子の妹リーシアが、成長するにつれ公爵家の子にふさわしい天才的な魔法の才を発揮して、今では末は賢者かそれとも聖女かと評判になるほどなのに比べて、まったくのダメダメなあたしはいつもお父様に叱られてばかり。

 貴族というものは、その魔法の力で民を導くものである、という選民思想に裏付けられたこの国で、このまま魔法が使えないままだと貴族位も剥奪され放逐される運命が待っているのだぞ、と。

 子供の頃から聞かされて育ったあたし。

 外に出すのも恥ずかしい、と言われ、あたしの存在なんか無いものとして扱われていたのに。


 だから当然こんな社交の場にも出たことは無かったし、他の貴族のお嬢様方ともおはなししたことすらない。


 場違い。


 そんな言葉が正しく似合う。


 キラキラと輝くお貴族様の世界とは、あたしの住む世界は違うのだ。

 ずっと、そう思って育ってきた。


 それでも。

 生まれてから五歳になるまでは、妹と一緒に可愛がって貰えたのにな。


 貴族の子の魔力特性値を測る五歳の神参りの日。

 特性値が高ければ高いほど、神からの加護を受けやすくなる。

 普通の一般の貴族が特性値20から4〜50位。

 聖職者で70〜80。

 90を越えれば聖人と呼ばれるそんな魔力特性値。いわば魔力に対しての親和性を測るものなわけだけど。

 一緒に受けたリーシアが120という高い数値を叩き出したのに対して、なんとあたしの数値はゼロだった。

 一般人、平民でさえ一桁の数字くらいはあるというそんな特性値でまさかのゼロ。


 ありえない!

 何かの間違いじゃないか!

 そう神官様に詰め寄るお父様を眺めながら、実はあたしがその事実を一番に実感していた。


 魔法の使い方は覚えてた。

 前世であんなに簡単に使えていた魔法が、結局この神参りの日まで一度も発動しなかったから。


 それからは。

 あたしの人生はまっさかさまに落ちて。



「成人までは家に置いてやる。それだけでもありがたいと思え」


 そう断言するお父様。


 あたしのことなどもう居ないものとして目も合わせてくれないお母様。


 公爵家の名を汚す、だの。

 穀潰し。厄介者。そのほかにも色々と嫌なことを言われ続けて。


 10歳をすぎ普通なら貴族が通う学校にも、

「魔法を使えない者が学ぶことは無い」

 と、行かせてもらえなかった。


 妹のリーシアも。

 子供の頃はいつも一緒に遊んでたしあたしは自分のことをお姉さんだと思ってたから、頑張って面倒を見ていたつもりだった、けど。

 神参りのあの日以降。

 お父様やお母様に言い含められたのだろうか。

 彼女のあたしに対する態度が使用人以下のものに変わった。


 あたしのことをお姉さまと可愛らしく呼んでくれてたリーシア。

 だけど。

 いつの間にかアーシアと呼び捨てるようになり。

 今では目を合わせるのも穢らわしい、と、そう吐き捨てるようになった。

 あんなのと双子で生まれてきて恥ずかしい。

 とっとと消えてくれればいいのに。

 そう使用人の前で話しているのも聞こえてきて。

 悲しくて、もうどうにかなってしまいそうで。

 その日は一晩泣き通しだったのを覚えてる。


 せめて、家の役に立とうと働くことを申し出たこともあった、けど。

「お前を人の目に触れる場所に出すわけにはいかない」

 と、お父様に却下され。


 結局。


 離れの小屋で、じっとしてるしかできなくて。


 前世の記憶があったから大概のことはわかるし教育も必要なかったといえば無かったけど、それでも。

 ちゃんとした人間として扱ってもらえないのが一番悲しくて。

 早く、成人してこのうちを出るんだ、と。

 それだけを目標に、今まで何とか生きてきたのだった。


 ###########



「あたしは、ふさわしくありません……」


 そう。

 魔力ゼロのあたしなんか、竜帝陛下にはふさわしくない。


 頭を下げ何とかそれだけど言葉にする。


 どうかこのまま解放してほしい。


 陛下の前に居るのは、辛すぎる。


 夢を見てしまいそうになるから。

 そんなことは絶対にありえないし、あっちゃいけないのに。





「そうですわ陛下。そのものは陛下にふさわしくありません」


 リーシア?

 振り返るとそこにはいつの間にか中庭に降りてきたリーシア。

 数名の他の御令嬢と一緒に、陛下を探しにきたのだろうか。


「どうして? 君は、リーシア・ハイデンブルク公爵令嬢、だったよね? 彼女は君の姉妹じゃないのかい?」


「確かに血は繋がっていますが、それだけですわ。魔法の才の無い彼女は陛下のお妃にはふさわしくありません。それに、彼女は成人したら貴族籍を離れ平民となることが決まっております。魔力の多寡は女親の魔力にも影響を受けやすいと申します。お世継ぎを産むお役目も果たせませんもの」


「ふむ」


「さあ、お戯はここまでになさって、会場へお戻りくださいませ。皆、陛下をお探ししておりましたのよ」


「今夜の宴は私の伴侶を探すため、だったからね」


「ええ。わたくしを始め、皆陛下に望まれるのであれば喜んでお仕えするものばかりです。国家の繁栄のためにも、どうか、相応しいご伴侶をお選びくださいませ」


「そっか」


 陛下はそういうと、あたしの肩をワッと掴んで。


「じゃぁ決まりだ、私の伴侶はこのアーシア・ハイデンブルク公爵令嬢に決めた。誰にも異論は許さない」


 と、おっしゃって、


「愛してるよアーシア。もう離さない」


 と耳元で囁くと、あたしの髪に口付けた。




 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 陛下が強引にあたしを連れ会場に戻ったことで、一時騒然となったけど。


「私の伴侶はこのアーシア・ハイデンブルク公爵令嬢に決まった。皆、今日のこの素晴らしい日を祝ってくれ」


 と宣言したことで、余計に収集がつかなくなった。


 陛下に追いすがり声をあげるリーシア。


「どうしてなのですか!? そのものは魔力特性値もゼロなのですよ! 平民にも劣るアーシアを、どうして伴侶としてお選びになるのですか!!?」


 そのままキッとこちらを睨む。


「あんたもあんたよ! 黙ってないで何とか言ったらどうなの!? 自分は陛下にはふさわしく無いって! そう自分から辞退しなさいよ!!」


 そう、続けた。


 もちろん理性の部分はリーシアの言い分を理解している。

 自分みたいな落ちこぼれは陛下のお妃にはふさわしくないって。

 そんなこと、誰に言われなくってもわかっているのに!!


 でも。


 陛下にギュッと肩を抱かれ、こうして会場に戻ってきた時。

 あたしは半ば酔ったように、朦朧としてしまっていた。


 なんだか現実味がなくって。

 地に足がついていなくって。


 体が熱を持って。


 もう何も考えられなくなっていたから。




「あたしは……」


 それでも、あたしは陛下にはふさわしくありません、と、もう一回なんとか口に出そうとした時だった。


「アーシア。君はもう何も心配しなくていいよ。私が好きなのは、君の魂の調べなのだから」


 そう言ってあたしの髪に口づけをくれて。そのまま耳元で囁く。


「もう、離さない。私の運命の君」


 甘い、そんな甘い声、甘い言葉に。

 背中の芯からとろける。

 もう、ただただその場に立っているのもつらくって。


 フワッと。

 陛下があたしを抱き抱えるのがわかったところで。そのまま意識が遠くなった。




 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



「お答えください。どうしてその子、アーシアなのですか!!?」


 竜帝ユリアス・アウレリヌスは崩れ落ちたアーシアを抱き抱えると、追い縋るリーシアに向き直って。


「この子が私の運命の(つがい)だから、じゃ、不服?」


 そう、冷淡な表情を浮かべ応える。


「そんなの信じられません! それに、わたくしとアーシアは双子で顔だって一緒なのに、どうしてよりによってわたくしじゃなくってアーシアなんですか!!?」


「君たち、双子っていうほど似てないよ。それに、私が惹かれるのは容姿じゃない、彼女の魂の色だからね」


「だって、アーシアは魔法も使えない落ちこぼれ、なのに……」


「君らには見えない、か。まあしょうがないね。さっきも言ったけれどこれは帝としての決定事項だ。異論は許さない。君の父上にもそう伝えておいて」


 そういうと、アーシアを抱いたまま会場を後にする竜帝ユリアス。

 お付きのものたちがゾロソロと後を付き従い、そして宰相ベルクマルクにより夜会の終了が宣言された。


 唐突な竜帝の宣言に戸惑う臣従も多かったけれど、それに異を唱えることができるものもおらず。


 三々五々帰路に着く貴族達。

 リーシア・ハイデンブルクだけが、納得ができないとでもいうようにその場にいつまでも立ち尽くしていた。




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