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08

 スラム街。



 それは都市部で極貧層が住居する密集化した地区を指す。都市部で当たり前に受けられる公共サービスを受けられなかったり、不衛生で健康に安全、道徳が平気で踏み躙られた環境が当たり前となった場所。


 私の護衛であるパーカー・カットソーもこう言った環境で生まれた一人だ。


 無論そこは公爵家令嬢である私が安易に踏み込んでいい場所ではない。だからこそ私ここに来る事は誰にも言っていない。



 当然の如く護衛のパーカーもそれを快く承諾はしてくれている訳ではない。彼は渋々と言った様子で私について来る。とは言えパーカー自身もここに来る意味は有る。


 だからこそ彼は私がここに来る事を渋々とは言え認めたのだ。



「お嬢、ここは本当に長居は無用っすからね?」

「分かっています。私も身の危険はヒシヒシと感じています」



 公爵家の屋敷から随分と歩いて辿り着いた王都の郊外、そこから更に歩いて裏路地を抜けた場所に太陽すら見捨てた地区があった。


 ここに目的の人物はいる。


 彼は職も人望も失って人生を諦めて、ここスラムに行き着いたと言う。最近は家にも帰らず、ずっと不衛生なスラムの脇道で寝泊まりして目を覚ませば安酒場で賭け事に没頭しているそうだ。


 負けて手持ちの金が底を尽きれば適当にゴロツキを締め上げて、奪い取った金で再び賭け事に興じる。



 ダメ人間どころかただのヤクザか或いはマフィアか。



 私はスラムの酒場のドアを開けて目当ての人物を見つけるなり小さくため息を漏らしてしまった。これがまさかヒロインであるラザニアちゃんの父親、つまりプッタネスカ男爵の成れの果てとは呆れてしまう。



 いや、呆れを通り越して存在自体を疑いたくなってしまった。



 その人物はテーブルで寛いでいて、私とパーカーの存在に気付いていない。こっちに背中を向けて椅子の背もたれにもたれ掛かっては食べ終わったバナナの皮を投げ捨ててグビッと坂瓶を煽っていた。


 そんな様子だったから私がズカズカ近付いて男爵の向かいに座ると彼はギョッとした目付きとなった。目の前に公爵家の令嬢、……と言うよりも彼自身が今に至った最大の原因である私がどうしてスラムにいるのか。



 それが信じららないと言った具合に彼は言葉を失ってしまった様だ。



 男爵はスローモーションで口から酒瓶を離してからパクパクと口を動かすのが精一杯な様子で、私が声をかけてようやく彼は言葉を吐き出せた様子だった。


 まあ、これがプッタネスカ男爵の本来の器量だと思う。



「……ひと勝負、如何かしら?」

「何故……君がここに?」

「勝負はポーカーにしましょう。パーカー、ディーラーになってくれませんか?」

「うっす。お嬢、この店はワンドリンク制っすよ?」

「パ、パーカー!?」

「じゃあ貴方が二杯分飲んでくれません? 若しくは私からの男爵への奢りとしましょう」

「その方がいいっすよ。衛生面とか色々と問題があるし……お久しぶりっすね、隊長」



 男爵は私以上にパーカーの存在に驚きを隠せなかったらしい。私が彼にディーラーを頼むと周囲の目も憚らずに大声を上げていた。


 よくもまあこんな器の人間がスラム街入り浸っていると見ているこっちが驚いてしまう。もしかして男爵ってポーカーとか苦手なタイプだったりするのかな?



 こんなチキンハートの持ち主がハッタリを生命線とするポーカーが得意な筈はない。



「……私を笑いに来たのかい?」

「まさか、私もそこまで暇人ではありません。今日来たのは上位貴族の責務を全うするためです」

「上位貴族の責務?」

「貴方、自領の運営を放り投げましたね? 如何に下位貴族でも領地の運営は絶対の責務、そしてそれを放棄する様な輩を更生するのは私共の役目です」

「どうして私が今更……」

「貴方の領民が苦しんでいるからに決まっているでしょう?」

「君のせいで私の信頼は消滅した、領主が信頼を失えば運営などまともに出来るものか!!」

「……残った領民は見殺しですか?」

「私を……私の信頼を殺した君にだけは言われたくない!! 信頼は私の唯一の取り柄だったのに、それを……」



 唯一の取り柄と来ましたか。つまり男爵は自分の能力をちゃんと把握していたと言う事になる。


 彼は突如失踪してラザニアちゃんも方々を駆け回って自分の父親を探していると言う。


 基本的に貴族は小さくとも自領を国王陛下から拝領している。我がオルガノン家も同様だが、ウチは家族親戚が多い上に王都近郊を領地とするため一族の代表者が現地で領主代理となる。だが下位貴族となるとその領地は遠方にあって運営は現地の人間を雇っているのが実情だ。



 そして全ての貴族当主は王都で別の職に就く事を求められる。



 男爵も例に漏れず遠方の僻地を領地として拝領しており、そこは目立った特産品も特に見受けられない貧相な土地だそうだ。そこで必要となるのが領主の信頼。


 男爵は近辺の領主と協力関係を築いて何とか運営しているのだろう。


 そして彼の信頼は私がこの手で壊した。


 それも自分の未来を盤石なものとするためと言う利己的な理由で。とは言え如何に近辺の領主と協力し合ってもいつか限界は来る。何しろ協力関係にある近郊の領主たちもまた男爵と同じく信頼が唯一の取り柄なのだから。


 だが、それでもだ。


 男爵が居ると私の大好きなパーカーの未来が危うかったのもまた事実。人質だった女性も流産して不用意に悪役へ堕ちる未来が待っていたのもまた事実なのだ。


 だからこそ私はブレない、自分の信念を曲げないためにここに来た。



「貴方が内心でパーカーを見下していたのも事実でしょう? あれさえ無ければ、あんな醜態さえ晒さなければ貴方が職を失う事も無かった筈です」

「……公爵家のご令嬢は簡単に言ってくれるな? 君が私から全てを奪ったのも事実の筈だ」

「私はキッカケに過ぎません。この結果を招いたのは貴方自身、……私の大切な護衛に吐いた暴言の数々、私は絶対に忘れませんよ?」

「お嬢……」

「私のパーカー、早くハンドカードを配って下さい。参加費用は私自身とします」



 男爵とパーカーがギョッとした顔付きになって私の言葉を信じられないと言った仕草を見せた。パーカーは配りかけたカードをその場に落として私に猛抗議を始める。


 男爵は「君は言っている事の意味が分かってるのかい?」と戸惑いを隠しきれない様子だ。



 私だって自分の口にした言葉には責任を持つつもりだ。


 それでも男爵が失踪してラザニアちゃんが苦しんでいるのは事実だ、私だって彼女との決着を望むもの。だから貴族学校に進学する前にラザニアちゃんを路頭に迷わせる訳にはいかないのだ。



 何よりも私が彼女に罪悪感を覚えてしまっている。


 だから男爵を勝負の場に確実に引き摺り込む必要がある。



 逆にそれを反対するパーカーの様子を見て嬉しさを覚えてしまうのは不謹慎なのだろうかと内心で嗜虐の気持ちを抱いてしまう。



「男爵が勝てば私の体をお好きになさって結構。好きなだけ私の女を堪能なさって下さい。何でしたら男爵のご趣味の全てにお付き合いします」

「……私に自分の娘と同じ年頃の少女を欲望のままに犯せと?」

「無論勝てれば、の話ですが。このローズマリー・オルガノンには元から敗北の二文字はありません」

「お嬢!! ダメだ、それだけは絶対に許さねえっすよ!!」

「勿論チップベットは別腹です。金と女、この勝負で貴方が獲るものはそれでご満足頂けるでしょう?」

「……いいだろう、受けて立ってやろうじゃないか」

「お嬢!!」

「あの時私を抱かなかった罰ですよ、パーカー。早くカードを配りなさい」



 スラム街の寂れた酒場で貴族同士のポーカーバトルが幕を開ける。


 私はまるでベッドに誘うかの如き手付きで自分の護衛にカードを催促していた。

お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m


また続きを読んでみたいと思って頂けたら嬉しいです。ブクマや評価ポイントなどを頂けたら執筆の糧となりますので、もし宜しければお願いいたします。

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