07
「パーカー、ちょっとこちらに」
「お嬢? 改まって何すか?」
屋敷の自室に戻るなり私は手招きでパーカーを呼ぶ。彼は私と身長差があるからと言って呼ばれると何時も跪く。
彼は身長が180センチを悠に超える巨体だ。
対する私は貴族とは言え十歳の少女、そして主従関係である事からパーカーの対応は概ね正しい。寧ろそれが普通だ。
だけど私はそう言う形式じみた主従関係が大嫌い。元々私の精神は日本の女子高生だからそれも当たり前ではある。
それでも私はパーカーの態度に辟易としつつ視界に入ったバナナの皮から視線を外して本来の要件を口にした。
「……口が悪いくせに行儀は良いんですね」
「て言うかお嬢って年齢とか育ちとか関係無く自然とこうしたくなるんすよ。生まれ持っての威厳って言うのかな、若しくはオーラ?」
「まあ、褒め言葉として受け取りましょう」
「コレ、メッチャ褒め言葉なんすけど。で、何すか?」
「貴方、貴族になる気は有りませんか?」
「……どう言う事っすか? 俺が貴族? スラム出身のこの俺が?」
「若しくは私を娶る気は有りませんか?」
「…………は? はあああああああああああああ!?」
これはまた盛大にリアクションを見せてくれちゃって。
まあパーカーからすれば仕方が無いのかな? 彼は騎士団を追い出されると人間全てが信じられなくなって野党へと変貌する。だがそれはラザニアちゃんがラファエロと結ばれたストーリー上での話。
今の彼は私が強引に未来を変えた事でちょっと粗暴な田舎の兄ちゃんを彷彿とさせるキャラへと変貌を遂げてしまった。
今の彼は私が一番好きな状態なのだ。
そんな推しキャラが目の前にいて手をこまねいている理由は私には無い。
とは言えやはり身分差と言うものは何よりも厄介で、例え剣の腕があってもどうしようもない壁はある。特にパーカーは孤児、それが特権階級の中でも最上位の公爵家令嬢を娶るとなれば問題は山積み。
それでもブレーキをかけないのが今の私だ。
フェンシングゴリラから美少女に転生した自信とでも言うべきなのかな? だからこそフルスロットで突っ走る訳で。
「何だったら今すぐにでも私をお姫様抱っこで持ち上げてベッドに直行しても良いんだけど?」
「……お嬢、そう言って胸元をチラつかせるの止めてくんない?」
「パーカー、貴方は究極の選択を迫られていると気付かないの? この美少女をしゃぶり尽くす権利が目の前に有るのよ?」
「いやあ、この状況って誰かに見られたら俺って殺されね? て言うか公爵様に間違いなくぶっ殺されるわ」
「主人に恥をかかせる方が罪深いと思わないの?」
パーカーは空いた口が塞がらないと言った具合で間抜けヅラを晒す。やれ「俺、ロリコンじゃねえんだけどな……」とか「マジで?」と呟きを繰り返す。
て言うかアンタも失礼ね。
この美少女を相手にロリコンを理由に引き下がると言うの?
「あのよお、お嬢は俺の何処がそんなにいいんだ?」
「見た目ね、それと純粋に強い男が好きなだけ」
「それって……十歳の少女が堂々と言うセリフじゃねえぞ? そもそもお嬢は俺の年齢知ってる?」
「二十ニでしょう?」
今の私は十歳の少女。
その少女が目の前で跪くちょっと強面なイケメンを人差し指で顎クイしてジッと瞳を覗き込む。そして軽装な鎧をのため露出された肌から覗かせるパーカーの刀傷をソッとなぞってみる。
いやあ、最高だわ。
自分の推しキャラをここまで堂々と誘惑出来るとは誰も思うまい。
パーカーはそんな私を不思議そうな目でジッと覗き返してくる。ふふふ、これは例えクミンだとしても見せられない場面ね。
だって子供には教育上宜しくないし。
「……お嬢は本当に俺でいいのか?」
「貴方は私では不満かしら?」
うっひょお。
これって一度は口にしてみたかったセリフなのよねえ。
「不満じゃねえよ、不満な訳がねえ。だけどお嬢は俺にとって女神だ。その上年齢差と身分差がハンパねえ……。そもそもお嬢には王子って言う立派な婚約者がいるじゃねえか」
「……あのねえ、貴方の方が魅力的だってさっきからずっと言ってるの。それを貴方は身分差なんかにビビっちゃって……女の方から言わせる気?」
「な、何を?」
「パーカー、貴方を愛してるわ。一目惚れって奴かしら」
パーカーはゴクリと唾を飲み込んで硬直してしまった。
まあこれだけ畳み掛けてはみたけど、実際問題パーカーの立場からすれば相当に勇気と覚悟がいる話だとは思う。
それは彼の言う身分とか年齢とか色々と理由はある。だけどやはり一番の問題はラファエロの存在だろう。彼との婚約は現国王陛下と父との間で約束された事。
それを一介の雇われ騎士が破局の原因となるのは世間体的にも宜しくない。何しろそれはこの国で最も強い男たちの顔に泥を塗るに等しい行いだから。
それでも私はパーカーに対して不用意に誘惑を繰り返す。
チラチラと太ももを見せてみたり胸元をチラつかせたり。前世では力瘤を披露するのが関の山だったから改めて美少女は楽だと実感させられてしまう。
パーカーは腕組みをして「うーん」と必死になって何かを考え込み出しては「でも待てよ?」と顔に手を置いて天井を仰ぐ仕草を見せる。
これはメーターが振り切る一歩手前ね。
そう感じて私は百面相を繰り返すパーカーの腕に胸を押し当ててダメ押しの一言を耳元で囁いてみた。そんでもって上目遣いでパーカーの瞳を覗き込む。改めて考え直してみるとこれって公爵家令嬢としては完全にアウトね。
と言うかキャバ嬢に近いんじゃないの?
前世で体育会系だった私にはかなり勇気が必要な行為と言える。私を女神と言って慕うパーカーじゃなかったらどうなっていた事かと内心でヒヤヒヤしてしまった。
「ねえ? 今晩二人で屋敷を抜け出さない?」
「……お嬢は俺が護衛だって事を完全に忘れてねっすか?」
「男と女、二人っきりでしっぽりとやりましょう」
「そのセリフも年齢制限かかってるんすけど?」
「むーーーー……、抱いて抱いて抱いてーーーーーー!! パーカーに抱かれたいーーーーーー!! ベッドが軋んで壊れるくらいに激しく抱かれたいーーーーーー!!」
「だーーーーーー!! 声が大きいって言ってんすよ、だからこんな話を誰かに聞かれたら俺はギロチンモンだって話だよ!! て言うかいきなりガキみてえに駄々捏ねるなってえ!!」
パーカーは意外と強情だった。
こうして私は何とか理性を保つパーカーにしがみ付いて暴れてみたが結果は伴わなかった。と言うかパーカーが私を神格化しすぎてるのが最大の問題だった。
最後まで彼は「やっぱりお嬢は俺にとって女神っすから」と言って首を縦に振ることはなかった。何を言っても彼は折れなかったのだ。
まあある意味でパーカーに対する私の好感度が更に上昇する結果にもなってしまい、最終的には私が悶々とするだけとなった。
私の悪役令嬢、どうやらヒロインみたいにイケメンを攻略するのはそう容易い事ではなかったらしい。
「ねえ、パーカー? 今晩の護衛、部屋の鍵は開けとくからね?」
「護衛の意味がねえじゃん……、て言うかお嬢も自分が公爵家のご令嬢だって自覚して下さいよ。アンタは絶世の美少女なの、普通に危ねえから」
「私、就寝はパジャマを着ない派だからね?」
「ああああああああああ、あああああああああ!! 何も聞こえねえーーーーーー!! 只今マイクのテスト中ーーーーーー!!」
前世を含めた悪役令嬢に転生してコレまでの人生で初めての告白は失敗に終わってしまった。
お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m
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