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06

 今日の道場は何時もとは違う空気が充満していた。


 ラザニアちゃんが腫れ物扱いで誰からも声をかけられない視線すら合わせられる事なく涙を堪える。プッタネスカ男爵の失態が一気に広がった結果、実の娘が全身でそれを受け止めざるを得ない。


 何時もならヒロインを庇うラファエロさえも距離を置くほどだ。


 ラファエロはサラサラな金髪が特徴の見た目だけは美少年。その美少年がオロオロと自信なさげにラザニアにどう声をかけて良いものかと悩んでいる様子だ。


 「それじゃあラザニアが可哀想じゃないか!!」と言っていたにも関わらずこの醜態を晒すあたり彼には吐き気を感じてしまう。道場の片隅で誰にも稽古の相手を望まれず疼くまるヒロイン、それを遠目からヒソヒソと噂する他の子供たち。



 周囲の何もかもが私には汚物に見えてならなかった。



「ラザニア・プッタネスカ」

「……ローズマリー様?」



 何食わぬ顔で声をかけた私にラザニアちゃんは驚いた表情を浮かばせて名前を呟き返してくる。何と情けない事か。これが運とは言え将来、私を打ちのめすヒロインかと思うと自分自身が情けなくなってしまう。


 ならば尚のこと、この子には強くあって欲しい。


 自分が打ちのめされる未来が強制だったならばラザニアちゃんには正当な壁であって欲しい。そう望んで私は声を掛けた。



「強くなりおなさい」

「……私はローズマリー様みたいにはなれません」

「ならば言い方を変えましょう。強い心をお持ちなさい、心の強さとは覚悟の証。例え肉体的に弱くとも心を強く持てばどんな中傷を受けたとしても胸を張って生きていく事は出来るはずです」

「……強い心」

「貴女が打ちひしがれる理由は分かっています。この道場にいる誰よりも分かります。ならば……ならればこそ私を恨むくらいの気概をお見せなさい」



 私の問いかけが原因で道場は静まり返ってしまった。ヒソヒソ話すらも消え失せてしまい場を静寂が支配する、普段は泣きじゃくらなければ控えめな筈のラザニアちゃんの声が道場の隅々まで行き渡っていく様だった。


 この分ならこの子は大丈夫そうね。


 唯一懸念していたラザニアちゃんの反骨精神は私を敵と見做した様で、彼女の叫び声は攻撃性を孕んで私を射抜いてくる。



 思わずニヤケてしまう自分を必死で抑え込むのに一苦労だ。



 やはりヒロインはこうでなくてはいけない。正当な物語の壁となってくれる予感を得て私は心の中でラザニアちゃんを微笑ましく想ってしまった。


 私ってやっぱり何処かが狂ってるのかなあ? 若しくはゲームのストーリーを自分が思い描く理想のものに変えれる事に浸っているのだろうか?


 彼女が憎しみを表情に乗せて怒鳴り散らす光景が私を高揚させてくれる。



「……アンタなんかに私の何が分かるって言うのよ!?」

「少なくとも甘やかされて育った事は良く分かります。親の失態を引き摺って、本当に情けない。貴女が男爵にどう育てられたか詳細までは知り得ません。ですが自分が本気で信じた事を疑って下を向いて生きる事を恥と捉えなさい」

「アンタさえ居なければお父さんは……!!」

「貴女のお父上が振り翳した正義が新たな命の誕生を否定した事は紛れもない事実、何度でも言いましょう。恨みたければ私を恨んでも構いません。ですがそれには強き心が必要不可欠だと理解なさい」



 突如立ち上がってラザニアちゃんが道場を飛び出していく。


 勢いよくドアを開けると目の前にはパーカーの姿があった。彼もまたラザニアちゃんからすれば因縁が深い人物な訳で、その姿を見るなりキッと睨み付けてそのまま走り去っていってしまった。


 まあ、父親の事件があっても道場に顔を出せるくらいの気概はあるのだ。


 これ以上の心配は要らないだろう、そこはヒロインと言うべきか。その場にいた子供たちはラザニアちゃんの背中をポカーンとした様子で眺めていた。


 ラファエロは……コイツはダメだ。


 その背中からも視線を外して俯くのみだった。もしかして攻略対象はヒロインがいないと何も出来ないのだろうか? そのあまりにも情けない姿に私が「追いかけなくて宜しいのですか?」と声をかけると彼は「……嫌味がすぎる」と言葉を返す。



 どうやらラファエロは婚約者が私だと忘れていなかったらしい。



 そんな出来事があって私が肩をすくめているとパーカーはズカズカと道場に入り込んで近寄ってくる。ああ、そうだった。今日から彼は私のお迎え係兼護衛だった。


 パーカーは視線をドアに向けながら私に話しかけてくる。


 彼も多少は元上司の娘が気になるのだろう。



「今のってプッタネスカ隊長の娘さんっすよね? お嬢、何かあったんすか?」

「貴方……、口の悪さは目を瞑りますが場の空気程度はお読みなさい」

「え? 俺、何かやらかしました?」

「ローズマリー様、ラザニア嬢のあれはどう考えても逆恨み。本当に宜しかったのですか?」



 いつの間にかクミンが近くに立っていた。


 そして知らぬ間に足元にバナナの皮が。


 彼女は一連の事件を最初から最後まで知る唯一の人物だから気になる事もある様で。確かに側から見ればクミンの言う通り逆恨みだとは思うけど、それでも私はある程度は狙ってこの状況を作り上げた訳で。



 ゲームの世界とは言え多少は心苦しさを感じてしまう。


 それでも何もしないでいたら私自身が酷いエンディングを迎える事にもなる訳で。



 ふと考えるのはラザニアちゃんにとって父親が殉職しない未来が果たして幸せなのか、と言う事。普通に考えれば人が死なない事は素晴らしい事にも思えるが……。



「聞きました? プッタネスカ隊長は酒に溺れてるらしいっすよ」



 つまりはそう言う事だ。


 パーカーが口にしたラザニアちゃんの父親の現状は何とも惨めなものだった。見苦しい醜態を晒した結果、職を失い卑怯者、偽善者と陰口を叩かれて男爵は家に引き篭もってしまった。



 男爵の現状は風の噂程度には耳にしている。



 とは言えヒロインの身内なのだから何とかなるだろうと考えてもいる訳で。ラザニアちゃんだって家庭環境がガラッと変化しても道場に顔を出す気概があるのだ。


 なんて他人任せな事かと思わず自分で自分を自嘲してしまう。


 騎士団を除隊して重装から軽装な鎧に衣替えしたパーカーはボサボサの金色に輝く短髪をガシガシと掻きながら「あれ? 俺、また余計な事言いました?」と呟いて私の言葉を待っていた。


 接してみて分かった事だが本当のパーカーは憎めない性格だった様だ。と言うかパーカーって間近でよく見るともの凄い美形だ。ゲームではそこそこの見た目だったけど実際はラファエロと同格レベルのイケメンだった。



「クミンは私にとって正々堂々とプライドを賭けるべきライバル、私はそう考えています」

「……つまり彼女とは殺し合いたい……と?」

「良く分かんねえけどお嬢のピンチにはこのパーカーが駆け付けますんで」



 パーカーは優れた洞察力を誇りながら状況を場の空気を読む事が苦手らしい。彼はグッと力瘤を作って意気込みを語る。


 仲間になってくれて心を開いてくれた事は本心から嬉しいけど、やっぱり話が噛み合わなかった。



 ニッと屈託の無い笑みを浮かべるパーカーの隣で私とクミンは顔を突き合わせてヤレヤレと言った具合にジェスチャーを見せ合う。私たちの様子を「?」と首を傾げて怪訝な様子を見せるパーカーは気づかなかったらしい。


 彼の口にしたプッタネスカ男爵の現状、それは道場の通う子供たちにとって衝撃の事実だったのだ。



 零落した貴族の何と惨めな事か。



 子供ながらに現実を思い知った子供たちは神妙な面持ちで稽古を再開し始めた。明日は我が身、そうならない様にと気合を入れ直した今日の子供たちの稽古は何時にも増して熱を帯びていた。

お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m


また続きを読んでみたいと思って頂けたら嬉しいです。ブクマや評価ポイントなどを頂けたら執筆の糧となりますので、もし宜しければお願いいたします。

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