05
「いやいやいや、それは流石に極論だ。こうして犯人以外誰もが傷付かずに済んだのだから……」
「一個中隊の長が結果論で事件を片付けるのですか?」
「……ローズマリー嬢は人の心を分かっていない。犯人もまた人なのだ、彼らだって無傷で済むに越したことはない」
ああ、完全に思い出した。
この状況はゲームのイベントだ。
ここでプッタネスカ男爵は人の命の重みを説くのだ。確かゲームの中では隊の副官が人質の安全を優先して私たちと同じ様な行動に出る、男爵は上官として今の言葉を副官にかけるのだ。
そして周囲は人道的な考えに触れて男爵を絶賛する事になる。
この言い草、私が一番嫌いな口ぶりを男爵はラザニアちゃんに平然と解いていくのだ。そして素直な性格の実の娘はそれを正義と信じて疑わない。
肝心な事に気付きもせずに行き当たりバッタリの結果だけ語って終わる。それが自衛のプロを名乗って遺恨だけをばら撒き残す。
だけどダメね。
私はこのゲームの未来を把握してるのだからそれは通じない。
実は今回の一件で救われた女性はこの事件が原因となってとある変化が起こる。それは今後、貴族の学園に進学する私とクミンにとっては非常に邪魔な要素。今のうちに排除してしまおうかな?
と言うか男爵って然りげ無く私の将来を邪魔するのねよ。
やっぱりこのオッサンも嫌いだわ。
このオッサンの不用意な正義感と無尽蔵の優しさには呆れてため息しか出せない。私が下を向いて数回首を振る仕草を見せると男爵はまるで子供を諭す様に語り出す。
おっと、危ない危ない。
バナナの皮を踏むところだった。
「……分かってくれたかね?」
「中隊長殿……」
「どうした、ローズマリー嬢。何か質問かな?」
「そこの人質になった女性、彼女は妊娠しております。中隊長殿の不用意な説得で事件が長引いて新しい命に万が一が有ったらどう責任を取るおつもりだったのですか?」
そう、この女性はゲームだと事件のストレスが原因で流産してしまう。悲しみに明け暮れた彼女はぶつけようの無い怒りに狂った悪に染まっていくのだ。
そしてラザニアちゃんに負けて失意にあった私の命を奪う原因となる。
あっぶねー。
やっぱり助けといて良かったあ……。と言うかクミンが「流石です……、私もそこまでは気付いておりませんでした」とか呟いて私を称賛してるし。
周囲の人集りからは拍手喝采が湧き上がる。
男爵のやらかしで私の評価が勝手に鰻登りとなっていく。当の本人なんてぐうの音も出ませんとでも言いたげに「……なんだって?」と言って後ずさる。
バッカじゃねえの?
そこはもっと堂々と胸を張っていれば良いものを。だからアンタは部下である副官からも蔑まれた目を向けられる結果となるのだ。
そう、私がこのゲーム内で最も好きだったキャラ。私の推しキャラでありこの事件で上司に刃向かって騎士団を追い出されて悪役キャラへと見事に成長する事になるプッタネスカ中隊の現副官パーカー・カットソーだ。彼は男爵の背後から汚物でも見るかの様な視線を向けていた。
このゲーム内の男性キャラで剣の腕の実力はNo.3、私のお父様と国王陛下に次ぐキャラである。
「……俺も言ったでしょう? 多少強引にでも事件を解決しようって、それを隊長は犯人だって人間だとか腑抜けた事を言うから」
「パーカー、お前も気付いていたのかい?」
「いや、アンタが最初に気付けよ。そこのご令嬢は規格外かも知れませんけど隊長は人質を間近で見てたんだから気付くべきだった」
パーカーは貧しい生まれながら剣の腕一つで中隊の副官まで出世した人物。実力主義を信条とするローズマリーと意気投合をする事になる重要な悪役だ。
彼との接点はまだ先の事だがこれは予想外。
まさかここで彼と接点を持てるとは思わず私は心の奥で歓喜してしまった。パーカーの方がどう考えてもラファエロよりも魅力的なのよねー。
思わず心が躍っちゃう。脳内で私はブレイクダンスの真っ最中だ。
「流石はパーカー・カットソー、素晴らしい洞察力ですね」
「……公爵家のご令嬢に私如きの名を存じ上げて頂けていたとは恐縮です」
「貴方、私の直属になる気はありませんか?」
「ローズマリー嬢!? パーカーは私の部下です、それを勝手に……!!」
「中隊長殿、今回の失態の件は陛下にお伝えします。そうなれば貴方の副官殿もフリーの身でしょう? 勿論他の方々も路頭に迷わせる気はありませんので悪しからず」
周囲がザワザワと漣を作り上げていく。
周囲が騒つく要因の一つは今回の一件を国王に報告すると言った事、二つ目に公爵家の令嬢である私が一介の騎士をスカウトした事が原因だろう。
この件は国王の耳に入れば現場責任者は確実に何かしらのお咎めを受ける事になる。特に男爵本人は零落の憂き目を噂される人物だ。因みにゲームの中では今回の一件が彼にとっていい方向に進んで逆に男爵は名もなきモブキャラと入れ替わる形で子爵へと昇進を果たす。
私の発言は逆の効果を生んだ訳だ。
私は男爵へ冷めた視線を向けつつも心の中ではほくそ笑んでいた。だってこれで私の将来から危険要素が一つ除外された事になるのだから。隣でクミンも「中途半端な正義感ほどタチの悪いものは有りませんからね」と深く頷いていて呆れながら同意を示す。
まあ、ちゃんと話せば誰だってそう言う反応を示す筈だ。
男爵もその意味を流石に理解してサッと青ざめていく。「だがしかし……」と彼は呟くが今回は言い訳など出る筈も無い、何しろ彼は公爵家の令嬢である私に公然と説教を述べたのだ。
そして私は男爵の言い分を正当に論破した。
ここで口にする言い訳ほど格好の付かないものは無い。だから私はアンタが嫌いなのだと思わず嫌味の一つも言いたくなるほどだ。
ここで一人だけ歓喜に震えるものが一人だけ。
『彼』はガクガクとまるで寒さに凍える様に喚起に打ち震えながら私に話しかけた。
「俺が公爵家の直属に? 俺は……アンタは知らないだろうが俺はスラムの出身だぞ? 爵位だって当然無い、ただのゴロツキが運良く騎士になれただけの俺を……?」
「この国は実力主義、剣の腕があれば幾らでも出世のチャンスは有ります」
彼の性格を把握するからこその発言だった。
パーカーは一度恩義を感じた人間は最後まで愚直に信じ抜く男。今ここで彼の信頼を勝ち取っておけばパーカーも悪役に堕ちる事はなく破滅も回避出来る上に、私も推しキャラと一緒に居られる事が出来る。
自分の信じた道を突き進む事が出来る。
これほどの見返りは今の私には無い。これには流石にしてやったりと私が口元を緩ませると今度は男爵が止めに入る。
うーん、このオッサンは本当に空気を読まないなあ。
「ローズマリー嬢!! 流石にそれは止めた方がいい、パーカーは頗る素行が悪い男だ!! 公爵家のお抱えなんかにしたら逆に貴女の身が危険に晒される事になる!!」
と言うか偉そうに人道を説きながら自分の部下を貶めようとするとは私も予想だに出来ずため息しか出なかった。私とクミンは呆れた様子で首を横に振るのみだった。
そしてそれに同調する様に周囲の市民も中隊の他の騎士たちも蔑んだ様な目を向けていた。
このオッさんをアホとしか表現出来ず言葉を失っていると徐に口を開いたのは他ならぬパーカーだった。
「隊長、アンタはやっぱり俺をそんな風に見てたんだな? 口では道徳を吐き散らしておいて……、結局はそれが本心かよ? これだから貴族って生き物は。……いや、そちらのご令嬢も貴族、失言でした」
「ち、違う!! 私が言いたいのは……!!」
「パーカー・カットソー、私は貴女がお世話になった孤児院に毎月寄付をしている事を知っていますよ? 貴方は一見して粗暴に見えますが心の内は繊細で傷付きやすい人間なのでしょう? それと一つだけ訂正しましょう」
「訂正?」
「公爵家の直属ではありません。私の直属です」
「……このパーカー・カットソー、ローズマリー・オルガノン様に忠誠を誓います。アンタは俺の女神だ」
ふう、何とか論破出来ました。
お陰でパーカーだけでなく助けた人質の女性も悪に染まる事なく寧ろ私の信者となってくれて人集りを形成していた市民たちも惜しげもなく私を絶賛してくれた。
もはや拍手喝采は誰にも止められず、自然と鳴り止むまで待つ事となった。
そしてプッタネスカ男爵はこの後、何とか爵位没収は回避出来たものの騎士団を除名される事となる。とは言え彼は騎士団に籍を置くは限り死の危険が伴うのは紛れもない事実ではある。
私の目の前で大きく肩を落とす男爵はこの数年後、今日と同じ様な現場に立ち会って殉職を果たすのだ。
嫌いなオッサンとは言え人が絶望する姿は何時だって後味が悪い。
私は乙女ゲームの世界で最強クラスの仲間を手に入れて自分が望む未来に突き進む事となった。クミンが小声で「彼は掘り出し物ですよ」とパーカーの件に絶賛の言葉を口にする。
「私が女神? 視力をどうにかしないと公爵家の雇用は難しいですよ?」
「へっ、上等だ。皮肉も一級品なんて最高の雇用主じゃねえか」
クミンとパーカー。
私は今後の自分の将来に大きく影響を及ぼすだろう重要人物二人から信頼を勝ち取る事が出来た。悪役には悪役なりの友情の築き方があると言う事だろう。
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