04
乙女ゲーム『チャンバラプリンセス』。
剣の腕がヒエラルキーの全てと設定された世界。
悪役令嬢の私はここデュエル王国の公爵家令嬢ローズマリー・オルガノン。十歳の私は元々の設定に加えて前世のフェンシング経験から同世代では飛び抜けた存在として認知されている。
だから王都の大通りを歩く度と黄色い声がよく耳に入った。
「ねえ、あの子ってオルガノン家の?」
「剣の腕は既に騎士団長クラスだって言う話だ。オルガノン公爵家は今後も安泰で羨ましい限りだねえ」
「強くて可愛いなんて何て羨ましいの……」
うーん。
前世ではフェンシングの高校生チャンピオンだったからこう言う反応は素直に嬉しい。高校生の時は周囲からフェンシングゴリラとか呼ばれてた私にとっては心の中で全力のガッツポーズをしたいくらいだ。
脳内ではスキップスキップランランラン状態だ。
悪役令嬢に転生して良かった事は二つ。
一つは単純に好きなキャラに生まれ変われた事、二つ目はそのキャラが見た目も完璧だった事。マリンブルーのウェーブがかかった長い髪と青く美しいパッチリとした目、そしてこの年で既に色香を放つ唇。
体育会系でオシャレなんて二の次だった私からすれば転生特典と言っても過言ではない。何よりもこのスタイル、ゴリラと形容された女子高生時代の私を遥かに凌駕する胸。
自分で触って外見的には膨らんでいるのに、心の中はどん底まで凹むわー。
それでも今が良ければ全て良し。
私は転生によってゲットした新たな才能を恥じること無く堂々と胸を張って王都の大通りを歩いていた。王城に併設された道場からの帰り道をクミンと隣り合って歩いている真っ最中だった。
この世界は貴族であろうと徒歩で移動するものらしい。
車輪が備わった移動手段は戦争か遠方への移動以外は使わないと言う事で私もクミンも実家に向かって延々と大通りを歩く。
子供だから腰に差すと地面に擦れるからと言う理由でレイピアを背中に背負って歩く。
なんか側から見ると忍者に勘違いされそうなスタイルだな。私は西洋文化が好きでフェンシングを始めたからそこだけは微妙に納得出来なかった。
やっぱりこのゲームの運営会社は何処かセンスがおかしい。
「……何か事件でしょうか?」
クミンが訝しげに遠くの人集りを見てそう呟いた。
「どうやら銀行強盗があったみたいね。現場対応は……プッタネスカ中隊?」
王都の銀行に強盗が押し入った様だ。百メートルほど先に人集りが出来ており、その中心からがなり散らす男の姿があった。しかも強盗は女性を人質を取って立て篭っている。
興奮する強盗の怒鳴り声と人質の悲鳴が周囲に緊張と不快感を撒き散らす。
しかし人質も災難だな。
強盗に対処すべく既に騎士団が現着している様で、重装備の騎士たちが現場を取り囲んでいた。
しかしまさか強盗に対応する騎士団の現場指揮官がラザニアちゃんの父親だとは、彼は貴族ではあるが剣の腕も指揮能力も娘のラザニアちゃんと同様に芳しくない人物なのだ。
いや、逆だな。
父親の才能が娘に遺伝したと言う方が正しい。
ここ最近のプッタネスカ男爵は貴族から除籍されるとも噂されるほど。所謂、零落の憂き目に直面しかかった人物なのだ。
あのオッサンも嫌いなんだよなあ。
今だって下手に強盗を説得しようとするから相手が今にも興奮して暴れ出しそうだ。
だが如何に本音がそれでも無関係の人間を放っておけるほど私もクミンも冷めてはいない。寧ろ闘う義務を負った人間として弱い人たちを救うべき、と言う考えを持つ。
冴えないダメサラリーマンを理由にして人質に取られている人を見殺しにはしない。
する気は元からサラサラないのだ。
「クミン、判断は勝手にして頂戴」
「私とて貴族の端くれ、一般市民の盾となる覚悟は出来ております」
カッコいいじゃない。
クミンも私には劣るが美少女だ、短く切り揃えた銀髪から線ほどに細い狐目を薄っすらと開いて一点を睨み付ける。無論その先には強盗がいる訳で。
クミンは目で強盗を捉えると音も立てずに走り出した。
彼女の強みは無音の動き、それが彼女の身のこなしの速さと合わさると暗殺者も真っ青な必殺技となる。クミンは百メートルをその場の誰にも気付かれること無く走り切って身の丈ほどの剣を振り下ろした。
強盗は堪らず苦痛で悲鳴を上げていた。
「ぎゃーーーーーー!?」
「……貴女はこちらに。一般人の安全が最優先です」
「え? え? お、女の子?」
「クミン、貴女も下がっていなさい。この強盗、仲間がいる様です」
クミンは切り倒した強盗から強引に人質を確保して自分の背後に匿う。あまりにも一瞬の出来事だったから驚いた周囲は声すらも失った様で場はシーンと静まり返る。
だがその一瞬を隠れていた強盗の仲間は見逃さなかった。
銀行の建物の影に潜んでいた男がそんなクミン狙いを定める。
当然彼女にも傷を負わせる気はない。クミンは転生した私と唯一気が合う友人だし、本人にも言った通り私のライバルであって欲しいと願う女の子。
クミンは私の声に反応して「お任せします」と言葉を返して人質の身を守ることに専念した様子を見せた。私はと言えばクミンの小さな体をブラインドとしてまるでサッカーのシャドーアタッカーの如く影から一気に姿を晒した。
強盗からすればいきなり姿を現した様に見えるだろう。
私の予期せぬ出現にもう一人に強盗は驚いた様子で全身を硬直させてしまった。そんな一瞬の隙をわたしが見逃すはずも無く、クミンとは真逆に横に剣を走らせた。
私の強みは圧倒的な剣速。
目にも止まらぬ速さで足元に落ちたバナナの皮を避けながら剣を振り抜いて敵に悲鳴すら許さず無力化させる事に成功した。そして同時にため息も吐きたくなる。私が強盗を倒すまでの間、プッタネスカ男爵はピクリと動かなかったのだ。
噂通りの無能な男。
彼は部下にせっつかれてようやく指示をだす。中隊が人集りの収拾と強盗二人を捕縛に取り掛かった。中隊の副官と思わしき人物が本部と通信機で連絡を取り合う中で件の隊長殿が私とクミンに元に近づいて来た。
まあ人質は何も悪くない訳で。
私とクミンは人質だった女性にニコリと貴族らしく優雅な笑みを送る。淑女らしく礼を取って見送ると周囲の人集りから喝采の音が響き渡った。
何度でも言おう。
私もクミンもこの行動は貴族として当たり前の行いと考えている。だから賞賛される必要は無いとも思う訳で、そして同時に苛立ちを覚えてしまっていた。
それは勿論この状況に指を咥えて何も出来なかった中隊にだ。
それでも中隊メンバー全員に苛立つ訳でもない、隊の責任は当然ながら長にある。私とクミンが一気に表情を強張らせて歩み寄ったプッタネスカ男爵を睨み付けた。
殺気を込めた目で男爵を睨むと彼はビクッと怯えた様にその場に立ち竦んでしまった。
そんな風に子供にさえ怯えるから私はアンタが嫌いなのよ。男爵が言葉を失った様だから、これでは埒が開かないとこちらから声をかけるしか無かった。
「親子揃って情けない。プッタネスカ中隊長殿、貴方の一瞬の遅れが市民の命を危険に晒すのですよ?」
「確かローズマリー公爵令嬢とクミン侯爵令嬢だね? 助かりはしたが君たちも危険な事は控えるべきだ。私たちは自衛のプロ、危険な事はプロに任せてくれればいい」
「……状況判断どころか事後分析も出来ないなんて……、呆れね。クミン、貴女はさっきの状況をどう見てるの?」
「中隊長殿の説得が逆に犯人を刺激している様に見えました。私たちが一瞬でも遅かったら人質の女性は傷を負っていたかと」
私たちの見解に周囲の人集りがザワザワとしだす。
その事実を当の本人、つまり人質となっていた女性は肌で感じ取った様で腰抜かしてストンと地面にへたり込んでしまった。
人質の様子に周囲の人たちは私たちの推測が正しかったのだと納得していく。そしてその感情が男爵に軽蔑の眼差しを集中させる事となった。
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