03
「ローズマリー様はどうして何時もラザニア嬢を稽古の相手に指名するのですか?」
そう声を掛けてきたのはクミンと言う令嬢だった。
クミン・コリアンダー、コリアンダー侯爵家の令嬢にしてこの後の未来、入学を果たす貴族学園で私に次ぐ実力を備えるキャラクターとなる女の子だ。
因みに彼女はラファエロの弟、つまりこの国の第二王子の婚約者。
彼女もまた私に次ぐ乙女ゲーム『チャンバラプリンセス』の悪役令嬢だ。彼女はストイックな性格の女の子で実力も子供の頃から折り紙付きだったから、私とは親しい間柄だった。
彼女は私に友情を示すと同時にライバルと感じているらしい。
だから何かと私と剣を交えたがる、彼女はライバルと信じて疑わない私がラザニアを相手のする事が気に入らないのだろう。まあ、私はクミンを気に入ってるから嘘で誤魔化す気はない。
寧ろ今後の計画の協力者にしたいとさえ本心では考えている。
私はクミンと隣り合って更衣室で着替えながらため息混じりに語り出す。
「あの子には如何あっても強くなって貰うわ」
「……それは私に対する挑発と考えて宜しいですか?」
「まさか、クミン以外に私のライバルに相応しい人間がいると本気で思うの?」
「ローズマリー様には何か思惑があると? あんなザコに何か使い道が有ると言うのですか?」
「走る馬車の前に石ころがあったら退ける、理由はそれだけよ。退け甲斐の無いタダの石ころでは面白くない、と言うのも理由ね」
「……強さと聡明さを兼ね備えたローズマリー様ですから誤った選択は無いと思いますが、万が一もございます」
「肝に銘じておくわ」
私とクミンが身支度を整えて二人でタイミングを合わせた様にロッカーを閉じると、更衣室の外で何か妙な音が聞こえてくる。
これは人の声?
しかも一人や二人ではない。
普段なら稽古が終わると帰路に着くため帰り支度を整える令嬢たちでごった返す更衣室は静かだった。そんな違和感も有って私たち二人は顔を突き合わせて眉を顰めた。
そしてコクリと頷き合って歩き出す。
どの道、帰るには一度道場を通る必要も有るからと私たちは更衣室のドアを開けた。そこには何とも言えない光景が広がっていた。
その光景に私たちは呆れのため息を漏らしてしまう。
何とヒロインのラザニアとラファエロが子供たちにイジメられていたのだ。二人を取り囲む子供たちはその全員が上位貴族で強き親の遺伝子を受け継いだ道場内でも腕に覚えがある者たちばかりだ。
まあラザニアちゃんは仕方が無いとしても、まさか王族である王子がイジメられるとは……。
「弱いんだからせめて掃除でもして道場に貢献しなさいよ」
二人は今日道場の掃除当番だった子供たちから仕事を押し付けれているのだ。そしてそれを断れないでいる。
ああ、ダメだ。
これは完全にアウト、私も敢えてラザニアちゃんに厳しく当たっているけどこれはダメだ。私も元体育会系の女子高生だからこう言った場面はそれなりに見てきた。
だけどそれが正しいと思った事は一度だってない。
スポーツや格闘技の世界に身を置くものとして道場や道具は大切にするものと考えている。だから強ければそれをサボって良いと言う考えが一番嫌いなのだ。
因みにラザニアちゃんとラファエロには掃除をサボって街に遊びに行ってしまうイベントがゲーム内に存在する。それもまた私が二人を嫌う理由なのだ。
それがまさか逆の事が起ころうとは私にも予想外だった。
二人を取り囲む令嬢の内の一人が私の姿に気付いて笑顔で走り寄ってくる。この後の流れを予想出来てチラリとクミンに視線を送った。
彼女もまた私と同じ考えの持ち主なのだ。
「ローズマリー様、これから私の屋敷に皆んなで集まって自主練をしようって事になりまして!!」
「……はあ」
「ローズマリー様もご一緒されませんか? 強い者たちが切磋琢磨すれば更に高みを目指せると思うんです」
「……高みどころか底辺ね」
「え? 何か仰いました?」
「貴女が与えられた仕事も満足に熟せない底辺だって言ってるのよ」
「……え?」
「貴女方みたいなど底辺のゴミに話しかけられたく無いとローズマリー様は仰っています。さっさとそこを退きなさい」
「クミン、私はゴミ語を喋れません。申し訳ないけど通訳をお願いしても良いかしら?」
そう吐き捨てて蔑んだ目を叩き付けると烏合の衆は居心地悪そうに散っていく。クミンなど「結局、掃除をサボりましたね?」と付け足す。
私たちのやり取りを見ていた他の子供たちは時が止まった様に固まってしまった。
そして道場の中央には先ほどまでイジメられていたラザニアちゃんとラファエロが座り込む。
情けない。
もはや一瞥の価値も無いと感じて視線を合わせずクミンと一緒に道場を出ようと入口のドアに手を伸ばす。その時になってようやくラザニアちゃんはハッとなって我に返った。
そしてトテトテと忙しく私に走り寄ってガバッと頭を下げたのだ。
何処まで行っても鈍臭かったヒロインは涙を流して私にお礼の言葉を口にした。
「あ、ありがとうございます!!」
「……自分が情けないと思わないの?」
「で、でもあんなに大勢で囲まれたら誰だって……」
「泣いてれば誰かがいつか助けれくれる、負け犬以下の発想ね」
「ローズマリー!! それじゃあラザニアが可哀想じゃないか!!」
「助けてられておいて噛み付くだなんてあんまりではありませんか。陛下は私を可哀想とは思って下さらないのですね?」
ラファエロが想像の上を行く負け犬のセリフを言うものだから思わず鋭い言葉が口からこぼれた。未来の攻略対象はまたしても「うっ」と情けない声を漏らして後退りする。余計な一言を言うから苛立ちを隠せず私が強く睨み付けると彼はヘニャヘニャとその場で座り込んでしまう。
こんな情けない二人に負けるのかと思うと今度は自分が情けない。
情けなさが全身に充満して吐き気さえ催してしまう。
するとそんな私の代わりに道場のドアを開ける手が伸びる。クミンがこれでは埒があかないと感じた様で「もう行きましょう」と私に声をかけてきた。
私はため息混じりに「そうね」とだけクミンに簡潔に返事を返す。
「……まずは闘う意志を備えなさい。それさえ無いのなら二度と私に口答えしない事ね」
「わ、私は……ローズマリー様みたいに強くありません!! 闘うのだって好きじゃないんです!!」
「それでもこの国の貴族である以上は遅かれ早かれ闘う事を強要される。それだけは覚えておきなさい」
叱咤激励のつもりがいつもと変わらぬ温度の言葉を吐いてしまった。私は敢えて厳しく接してラザニアちゃんを奮起させたいのだ。
いつか私が彼女に負けるならそれに見合う存在になって欲しいだけ。
イジメてるけど実はイジメたいともイジメるつもりもこれっぽっちも無いのだ。心の内に秘めた想いを仕舞い込んでそう願うとラザニアちゃんは噛みつき返してくる。
少しずつ私の草の根活動が花開いてきた様だ。
彼女は闘う事を拒否するからいつまで経っても強くなれない。だったら闘わねばならないと言う危機感を植え付ければいい。
乙女ゲームの世界に転生して前世の記憶を思い出して、ゆっくりと進めてきた自分の計画が着実に結果を生んでいる事に顔を綻ばせながら私は道場を後にするのだった。
隣り合って歩くクミンは怪訝な様子でラザニアちゃんを一瞥して私に視線を移す。彼女はやはり納得出来ないと言った表情を晒して静かに話しかけてきた。
まあ、普通はそう思うよね?
「……ラザニア嬢の剣の才能は良くて中の下。ローズマリー様にとっての石ころになり得る存在とはやはり私には到底思えません」
「いいのよ、あの子がクミンみたいな巨石なれるとは私も思ってないから」
「まあ私もローズマリー様が壁として立ちはだかって下されば文句は有りませんけど」
十歳の悪役令嬢二人は剣の稽古で一頻り汗を流すと帰路に着くため王城の廊下を歩いていった。
この時、ヒロインことラザニア・プッタネスカの心に初めて悔しさと言う感情が生まれた事は今の私たちには知る由もなかった。
おっと、またバナナの皮が足元に落ちてる。
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