02
ここから回想編です。
この世界では剣の腕が全てに優先される。
乙女ゲーム『チャンバラプリンセス』は育成型の要素を取り入れたアクションゲーム。だからこそプレイヤーは学園に入学したヒロインの育成に躍起になる。
初期のヒロインはとにかく貧弱で入学時点では剣技の成績が学年ビリ。
そこから必死になって這い上がって学校最強を誇る悪役令嬢の打倒を目指す。ラザニアちゃんは入学式の日に一目惚れをしたこの国の第一王子・ラファエロに振り向いて欲しくて日々鍛錬を熟す。
そして強くなった証にその婚約者である私を学校のトーナメントで倒すと密かに誓う、それがこの乙女ゲームのストーリー。
因みに悪役令嬢ローズマリーはこの世界で最強の女性キャラだ。
転生前の私は中学生でヨーロッパにフェンシング留学、帰国後は高校のインターハイで種目エペの個人戦三連覇を達成するちょっとした有名人。
所謂フェンシング少女と言う奴だ。
だからこのゲームにどっぷりハマったと言うのに、私はエンディングを見て愕然としてしまった。悪役令嬢ローズマリーがバナナの皮で転んでヒロインに負けると言う驚愕の事実を目の当たりにして思わずゲーム画面を叩き壊しそうになったくらいだ。
このゲームのエンディングは努力と言う言葉を頭から否定したのだ。
だから私はヒロインが大嫌い。
ローズマリーはストーリー上でヒロインをイジメるキャラとして登場する。だがその実は根っからの熱血ガールで裏で努力を惜しまない性格。
言ってみれば誇り高き孤高の虎と言ったところか。
対するヒロインは一応努力はするけれど、何処か空回りして周囲の人々に手を差し伸べられて強くなるキャラ。
こちらは他人が手を差し伸べるまでクヨクヨするタイプ。
バリバリの体育会系女子だった私にはローズマリーの方が魅力的に見えた。寧ろそれが当たり前だと思う。このゲームは完全に体育会系をバカにしている。
一度プレイして一気に悪役令嬢ファンとなった私は敵であるヒロインを通じてローズマリーの幸せを願った。これだけ熱血ガールな彼女にはそれ相応の最後が準備されていると信じたからだ。
それなのに……、このゲームの運営会社は私をとことんまで裏切ってくる。
運営会社は努力家のローズマリーをバカバカしい理由で負け犬にしておいて、失意のドン底に堕ちた彼女を国外追放してしまうのだ。
このゲームの世界はヒエラルキーの尺度が剣の腕。
だからこそ貴族学校で剣技の授業が義務付けられている訳で。
寧ろそう言う世界観が売りのゲームだと思ったのに、ローズマリーは何故か一度の敗北で学園内で逆に周囲からイジメられる事となる。最強を誇るからこそ卒業後は軍部でエリート街道を準備されていた筈のローズマリーは完全にヒロインと立場が逆転してしまうのだ。
そして婚約者である筈の第一王子ラファエロからも見放されてしまう。
その結果が国外追放、運営は私を完全にバカにしている。
だから私は今日もヒロインをイジメるのだ。いや、訓練に付き合う言った方が正しいだろう。ヒロインが弱かったから私の大好きなローズマリーは酷い仕打ちを受けたのだ。
ローズマリーの悲劇の原因は全てこの女の子のせいだと思う。
「早く起き上がってくれない? えー……っと、名前は何だっけ?」
「くずっ! ラザニア・プッタネスカです……」
「泣くくらいなら道場に来なければいいんじゃない?」
「ずびばぜん……うええええええん!!」
ここは貴族の子供たちが通う王城内に併設された道場。
ラザニアちゃんはプッタネスカ男爵家の令嬢、対する私はオルガノン公爵家の令嬢。私たちには決定的な身分の差があった。この世界は剣の腕がヒエラルキーの尺度、つまり生まれついての身分の差はその両親が挙げた武功に左右される。
私のお父様はこの国の軍総司令、軍部の最高責任者だ。
私は半年前、十歳の誕生日に前世の記憶を取り戻して、そんな人物を父に持てた事に歓喜した。私は私でローズマリーとして元々剣の才能を生まれ持っており、更に転生前の日本でフェンシングを極めた私の知識が融合する事となった。
今のローズマリーは手が付けられない程の剣の天才。
そんな私にのし掛かる父からの期待は大きい。そして今日も貴族の子供たちが通うフェンシングスクールで汗を掻いていた。目の前には私に負けて泣きじゃくるラザニアが大声で私を全力で非難していた。
だから私はアンタが嫌いなのよ。
まあ、そんな事を言っても何も始まらないとは思うけど。
「うえええええええん!! ローズマリー様も少しは手加減して下さいよーーーーーーー!!」
「……めんどくさい子ねえ。手加減されて得られるモノなんて知れてるじゃない」
「うぎゃあああああああああああ!! ローズマリー様がイジメるーーーーーーー!!」
腹立つわあ。
ラザニアちゃんは私に負ける度にこれでもかと言う程に大騒ぎをする。だけど実力主義のこの国でそんな態度しか取れない彼女は当然負け組。
手を差し伸べる人間などいる筈がないのだ。
普通なら。
つまり普通では無い人間が居ると言う事。それが公爵家令嬢の私の婚約者にしてこの国の第一王子であるラファエロ・レモンチェッロ。彼はローズマリーとは不釣り合いな程に貧弱な王族だったのだ。
コイツこそローズマリーが国外追放の憂き目に遭った主原因。
そしてこのゲームのメイン攻略対象だ。
ゲームの世界で運のみで生き抜くヒロインに落ちこぼれ同士、婚約者の目を盗んで肩を寄せ合う事になる私の未来の裏切り者。
コイツもまた私の大嫌いなキャラだった。
私が執拗にラザニアちゃんに絡むからラファエロは入学前に彼女と接点を持つこととなった。
「ロ、ローズマリー……、もう良いんじゃないのかい? 彼女だって一生懸命やってるんだし……」
「殿下はまるで私がイジメたみたいに言いますね?」
「頼むからに、睨まないでくれよお」
「はあ、道場の稽古をイジメだなんて思われたら興醒めです。それを主張するのが王族と言うのがまた」
「ぼ、僕はただラザニア嬢が可哀想だと……」
「殿下、この事は陛下にご報告しておきます。それと私に近寄らないで下さいませんか? 私、弱い殿方は興味ないので」
一瞥すらせずため息を置き去りに私はその場から去っていった。
後ろからラファエロは「お、おい!」と慌てた様子を見せて私を引き留めるが、そんな事は知るか。こんな情けない男を婚約者に充てがわれた事に更に不機嫌になると、まるでそんな私を煽る様にラザニアちゃんはぐずり出す。
これには周囲の貴族の子供たちも呆れた様で落ちこぼれ二人をクスクスと嘲笑う。
ラザニアちゃんの愚図る声が耳障りで仕方がなく、苛立ちを遮るために開けた更衣室のドアをワザと音を立てて閉めた。
ドアの前に捨てられたバナナの皮を咄嗟に避けながら。
ドン! と同情に響く音はとても公爵家令嬢とは思えない酷いマナーだった。
お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m
また続きを読んでみたいと思って頂けたら嬉しいです。ブクマや評価ポイントなどを頂けたら執筆の糧となりますので、もし宜しければお願いいたします。