16
目的の街に到着した。
目立つからと言われて馬車は街の外に停車させている。早馬で宿泊場所を確保してくれたメイドとも無事合流を果たした今は街の大通りを歩く。
パーカーのみを引き連れて私はラザニアちゃんの家まで一直線に向かっていた。
一応は市民の格好に変装してみたけど、大丈夫かな? 妙に視線を感じるのは私の勘違いでは無いと思うのだけど。
「お嬢は普通に絶世の美少女だから人の注目を集めやすいんですよ。お嬢、足元にバナナの皮が落ちてるから注意して下さいよ?」
さいですか。
と言うか『普通に』美少女って表現も何なんだろうね?
少しだけ重く感じる足が逆に急げと私に催促を促してくる。多い大通りを歩く度に人通りは増えていった。決して人混みが珍しい訳ではない。
それでも人口密度が目に見えて増えるに連れてクミンからの情報の正確さを実感してしまう。この先にラザニアちゃんの新たな住居兼職場があるのだと理解出来てしまう。
プッタネスカ商会。
それが国外追放の罪を負ったラザニアちゃんの新たな居場所だ。
「お嬢、アレじゃないっすか?」
パーカーがそう言って指を刺す方に視線を上げると『プッタネスカ商会』と書かれた看板が掲げられた建物が目に入る。物資を一時保管するために倉庫も兼ね備えたそこはかとなく古ぼけた木造建築。
一家三人の家業とするからには充分な広さを確保していると言えるだろう。
その建物の前で忙しく体を動かす人物が一人、彼は重そうな荷物を地面に置いて「ふー」と息を吐いて一息吐いていた。
彼は気配を勘付いたのかふと私の方を向いて驚いた顔付きになって、サッと跪いた。
ここは大通りだから人も多い、出来ればそう言う反応は止めて欲しいのだけど。でもまあ、彼は私に生涯不変の忠誠とやらを誓った訳だから仕方が無いとも言える。
「……ローズマリー様、遠路はるばるようこそお越し下さいました」
「プッタネスカさん、お元気そうで何よりです」
「隊長、お久しぶりっす」
「パーカー男爵もご一緒でしたか」
「男爵は止めて欲しいんすけどね、でも元気そうで安心しましたよ」
「この度は何も言わずに姿を眩ました事、申し開きのしようもございません。ローズマリー様には多額の借金がある身でありながらお恥ずかしい限りです」
「頭を上げて下さいな。何も言えなかったのでしょう? 謝る必要など無いではありませんか」
「寛大なお言葉、心に刻んでおきます」
うーん、このやり取りはやはりマズい。
こんな人通りの多い場所で跪かれては私の正体を公然と宣言している様なもの。出来ればプッタネスカさんには即刻止めて欲しいが、これも彼の性分なのだろう。
おそらく言っても逆に仰々しい態度を取りそうだ。
ここは一つ別の方法で私に集中する視線を回避するしかないな。
「プッタネスカさん、申し訳ありませんけど私たち長旅で疲れているので出来れば中で休ませて欲しいのですが」
「これは失礼しました。ラザニア、お客さんが来たから奥にお茶の準備してくれるかい? 四人分だよ?」
「はーい、ちょっと待っててねー」
プッタネスカさんが店の奥にそう声をかけると流れる様に返事が返ってくる。
久しぶりに聞いたヒロインの声だった。
ラザニアちゃんは以前と変わらぬ声で、それでいて優しげな口調をしていた。昔、私に怯えていた頃の、まだヒロインとしての彼女を思わせる声色。
私はプッタネスカさんに促されて建物の奥に足を運んだ。
商談スペースだろう、カーテンで区切られたスペースに古ぼけた丸いテーブルに木製の折り畳み椅子が四つ設置されていた。プッタネスカさんは私たちをそこに通すなり申し訳無さそうに頭を掻く仕草を見せた。
「こんなところに公爵家のご令嬢をお通ししてすいません。実は椅子もテーブルも、何だったらお茶も経費の節約で自家製でして」
マジで?
この商会ってそこそこ繁盛してると聞いたのだけど?
「元気な姿を見れてそれだけで充分なお持てなしですよ」
「うーん、ローズマリー様に優しくされると調子が狂ってしまいますね」
「……私を悪魔か何かとお思いですか?」
「「え? 違うの?」」
パーカーも一緒になって何を言っとるんじゃい。
「お父さん、お茶持ってきたよ」
「ラザニア、お前も中に入って一緒に席に着きなさい」
「はーい、じゃあ失礼しますね」
などとコントをしているとカーテンの向こうからラザニアちゃんの声が聞こえてきた。彼女はプッタネスカさんに言われるがままに中に入ってくる。
そして私の顔を見るなり目を見開いて固まってしまったのだ。
まあ当然こうなるよね?
私だって彼女と同じ立場だったらそう言う反応をすると思う。一応パーカーが気を利かせてラザニアちゃんの手にするお盆を下から支える。
彼女が驚きのあまりお茶をひっくり返すとパーカーは考えたのだろう。流石はパーカーだ、素早い反応に私の思わず頷いてしまう。
「ロ……ローズマリー様? どうして……ここに?」
「貴女に会いに来ました」
「私に? ローズマリー様が? どうして?」
「理由はありません。ただ貴女に会いたかっただけ、元気そうで何よりです」
ラザニアちゃんが国外追放となった経緯、それはやはりラファエロを刺した事が大きかったらしい。そしてその流れを作ることとなった私への殺意、それが彼女の凶暴性を裏付ける事となったとの事だ。
被害者と目されたラファエロが助かった事と彼自身のラザニアちゃん助命の願いもあってコレで済んだらしい。
つまり最初は極刑の判決も視野に入っていた、と言う事。
今思い出してもゾッとする話だ。
だけど今はラザニアちゃんと向き合わなくてはいけない。彼女が無事だと分かったのだから、ただそれを喜んで私が彼女にして来た事をどう考えていたのかを聞かねばならない。
いくら嫌いなキャラだったとは言え、私は彼女の人格をも変えてしまったのだ。
その結果彼女が手に入れられなかったものを聞かねばならない。
そんな風に考えているとラザニアちゃんは何を察したのか俯きながら口を開いていった。
「どうして……」
「はい?」
「どうしてローズマリー様は何時も堂々と生きていられるのですか? 私なんてちょっとの失敗で怯えて足がすくんで動けなくなって……、でもローズマリー様は挫折しても直ぐに立ち上がってまた挑戦するじゃないですか。子供の頃から貴女を見てると自分が情けなくなるんです」
「……失敗が恐ろしいですか?」
「ドンドン自信が無くなっていくんです。子供の頃、お父さんが私を鍛えてくれる様になりました。だけど何度やっても上手くいかないんです、その度に自分はダメな子なんじゃないかって思うようになって……」
「人には向き不向きも成長スピードの差もあります」
「ある日を境にローズマリー様が居なくなればいい、そう思い込む様になりました。心の中で私の声がそう呟くんです。貴女さえ居なければ私は惨めにならずに済むって、そうすればラファエロだって私の元に戻って来てくれるって、私をずっと好きでいてくれるってそう信じる様になったんです」
ああ、分かった。ようやく彼女の本質が分かった。
そうか、私は彼女から自信を削ぎ落としてしまったのだ。確かにゲームの中でも彼女は自信というものは皆無だった、寧ろラザニアちゃんはそれを攻略対象から補填していく。
ラファエロが相手なら彼に支えられて学校の剣技トーナメントにもなけなしの勇気を振り絞って参加を果たす。だからこそ私もラファエロさえいればラザニアちゃんは平気だろうと考えた。
だけど私は自分でも知らない間に彼女からラファエロを奪ってしまった。
それどころか彼女にとって優しい父だった元男爵も奪い、私の想い人であるパーカーが学校の校長となった事でラザニアちゃんの疎外感は一気に爆発してしまったのだろう。
元々ビクビクオドオドと控え目な性格だった彼女だ。
私が誤った精神的ストレスに彼女は耐えられなくなってしまったのだと思う。それをこんな事になってから知るなんて如何に自分が愚かだったかを思い知ってしまった。
とは言え彼女は私に答えを求めている。
自分の弱さを他人に曝け出してギュッと涙を堪えるその姿はとても痛々しい。ここまで来てようやく彼女に会えて中途半端に終われる私ではない。私もまたラザニアちゃんと向き合いたいと思い、彼女の目を真っ直ぐ見据えてその問いかけに答えを返そうと思った。
「ただ自分が納得出来る未来を掴み取りたかっただけです」
これが私の答えだ。
ラザニアちゃんは私の言葉をキョトンと眉を顰めながら耳を傾けていった。
お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m
また続きを読んでみたいと思って頂けたら嬉しいです。ブクマや評価ポイントなどを頂けたら執筆の糧となりますので、もし宜しければお願いいたします。




