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自分の最期を覚悟して目を閉じた。
おかしい、私は痛みを感じない。
ブスッと肉を刺す音がした筈なのにどうして私は痛みを感じないのだろう、もしかして即死だったのかな? だから痛みすら感じずに意識だけ有るのだろうか?
違う。
そうじゃない、だって私を抱きしめる温もりを感じるのだからそんな筈はない。そう感じてソーッと目を開けようとするも、私はその前に自分の見に起こった異変に気付くことになった。
その異変を私に気付かせてくれたのは他でも無い。
ラザニアちゃんの悲鳴だった。
「ラ、ラファエロ様!? どうして……どうしてローズマリーを庇って……」
「ぬうううううう……、ローズマリーは無事か?」
「……殿下?」
「無事みたいだね、良かった」
サラサラとした金髪が私の鼻をくすぐった。
ラファエロは私を抱きしめて澄んだ大きな瞳で優しく笑いかけていた。どうしてラファエロが私を庇うのか? その理由に見当が付かず私は頭の中が真っ白になってしまった。
驚きを隠せずラファエロの腕の中で固まっているとそのラファエロとラザニアちゃんが口論を始めてしまった。二人はこの状況を理解してるのだろうか?
ラファエロはナイフとは言え背中を思いっきり刺されてしまったのだから、軽く見積もっても軽傷で済む筈は無いのだ。寧ろこの状況では私の方が置いてきぼりを喰らう形となってしまった。
と言うか周囲の先生たちまで固まっている。
騒ぎを聞きつけて遅れて闘技場に姿を現したパーカーまでもが固まってしまったのだ。
ラファエロとラザニアちゃん以外の全員の時間がピタリと停止してしまった様だ。
「ラザニア、これ以上はダメだ」
「どうしてですか? どうしてラファエロ様がその女を庇わないといけないんですか!?」
「……これはただの罪滅ぼしだ」
「やっぱり……やっぱりラファエロ様はその女が好きなんですね!? あれだけ子供の頃はこの女を恐ろしいって言っていたのにどうして後になって……」
「自分の事を振り返ってみたんだ。君が突然変わった六年前のあの日、僕は……僕はローズマリーが眩しくて輝いて見えたんだ」
「私の事を好きだって言ってくれたのに……嘘つき!! もう誰も信じられない!!」
ラファエロは子供の頃に既にラザニアちゃんに告白していたと吐露した。だけど攻略対象の告白イベントは卒業式当日だった筈だ。
それがまさか六年も早まっていたとは知らなかった。
しかし、そうか。今の話を聞いて妙に納得してしまった。確かに告白された後になって別の女を好きになったとなればラザニアちゃんだって心穏やかでいられる筈は無い。
これは私が強引にストーリーを書き換えた反動だろうか?
ラザニアちゃんの本音を聞いて自分の失敗を突き付けられた想いだ。
「すまない、ラザニア。僕は君に殺されても文句は言えないよ、君の父上が失踪したあの日僕は落ち込む君に声すらまともに掛けられなかった」
「一緒に居てくれればそれだけで良かった、何の取り柄もない私のそばに居てくれて嬉しかった」
「……あの時、僕の心は既にローズマリーに移ってしまった。堂々と君を叱咤激励する彼女に僕は心惹かれてしまったんだ。……ごめんよ」
「殿下、これ以上は傷に触ります。誰が、誰が殿下を医務室……病院に運ぶ手筈をして下さい!!」
「ローズマリー、僕は君にも酷い事をした。僕は君の婚約者に相応しい振る舞いが出来たかな?」
「お嬢!! 今救急搬送の手配をしたから少し待ってて下せえ!!」
「パーカー!! 出血も酷いから搬送に輸血の準備も必要だと伝えて!!」
私とパーカーが始めたやり取りに気付いて固まって動けなくなっていた先生たちも慌ただしさ見せ始めた。一斉にラファエロの処置を開始して、一気にラザニアちゃんの身柄を手際良く拘束していった。
そのラザニアちゃんは好きな人を刺したからか生気を失った様に項垂れてしまう。
彼女は先生が声をかけても一切返事を返すことは無かった。
この騒動の中で私も一応は被害者として扱われる事となり、先生たちがこれでもかと言わんばかりに心配をしてくれるのだ。だが今の私にとって心配なのはラザニアちゃんの方だ。
彼女をここまで変えてしまったのは間違いなく私な訳で。
そもそも私が言ったのだ、「私を恨め」と彼女に言ったのもまた私自身。拘束されて闘技場に到着した騎士団によって彼女は連行されてしまった。そして時を同じくして到着した搬送によってラファエロは病院へと運ばれる事となった。
私は二人の背中をただ静かに見守るしか無く、呆然と佇んでいるとパーカーが近づいて来た。学校の責任者として先ほどまで騎士団とやり取りをしていた彼は一区切り付いたのか、小さなため息と共に私の隣に立って声をかけてきた。
「お嬢、この事態は誰にも予想出来ないっすよ」
「まさかラザニアがあそこまで暴走するほどに追い詰められていただなんて」
「お嬢は王子殿下の気持ちに気付いてなかったんすよね?」
「まさかよ、本当にまさかだったわ。何がどうなったら一度移った心が元の鞘に収まるのよ」
「……お嬢はプッタネスカ男爵が娘さんに厳しく接しても王子殿下が支えてくれると想ってた訳っすよね?」
「計画ではその予定だったわ」
「ま、実際のところ俺もビックリっすよ。俺もラザニア嬢の腕があそこまで成長するとは思ってなかったし。それに気付いた時点で進言すべきだったと後悔してます」
何時だったか、クミンが私に言ってくれた言葉があった。
『……強さと聡明さを兼ね備えたローズマリー様ですから誤った選択は無いと思いますが、万が一もございます』
その言葉がふと脳裏に焼き付いて離れない。
パーカーが私の肩に手を置いて優しく「取り敢えずここを離れましょう」と声をかけてくれるまで私はその場から動く事が出来なかった。
こうして私は六年前から準備を進めていた計画は何とか成功するも、バナナの皮と言う乙女ゲームに登場した自分の不安要素によって想定外の結末を迎える事となった。
このトーナメントが終了した翌日、当然ながらラザニアちゃんとラファエロは学校を休んだ。ラザニアちゃんに至ってはプッタネスカ男爵の爵位返上が受理された事で、その日から登校する事なく退学してしまったのだ。
乙女ゲームのヒロインはこの日を境に悪役令嬢の目の前から忽然と姿を消してしまった。
何とも後味の悪い結末に私が吐いたため息は宙に舞って静かに消えていった。
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