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ある日を境にヒロインの目付きが変わった。
道場ではバシバシと他の貴族の子供たちを薙ぎ倒していく。これまではビクビクオドオドと対峙した相手に憶えながら構えていたはずのラザニアちゃんはそこには居なかった。
寧ろ自分から前に出て積極的に剣を振るうその姿は以前とは別の意味で周囲と壁を形成していく。
腫れ物扱いだった以前のラザニアちゃんは鬼気迫る表情で私に切り掛かってくる。
「やあああああああああ!!」
「甘い、剣線が曲がってますよ?」
「くっ! まだまだ!!」
「ラザニア、前傾になりすぎです。だからほら、こんな攻撃さえも回避出来ないのです」
「う!? ローズマリー様の突きを捌けない!?」
「……剣だけに捉われない」
「え? って、きゃああああああ!!」
ラザニアちゃんはとにかく敵を倒す事しか頭にないらしい。
防御や回避を頭に入れず前傾姿勢となって重心を前に置くから私が繰り出す幾重もの突きを避けきれないのだ。そして自分の思惑が上手くいかないと彼女は慌て出す。手数で私を圧倒出来ると思ったのだろう。
逆に私にそれをされて頭が回らなくなって足元が疎かになる。
そこを私が蹴りを入れるとラザニアちゃんは困惑の表情を浮かべて後方へ吹っ飛んでいった。少しだけスパルタだったかな?
でも楽しいのよねえ。
プッタネスカ男爵の手ほどきを受けて闘う事に真剣さが増したラザニアちゃんと切り合ってると以前よりもずっと楽しいのだ。ま、周囲はドン引きしてるけどね。
「ふう」とひと試合終えて呼吸を整える私にその周囲の一人が話しかけてくる。彼女は別にドン引きはしていなかったが、それでもラザニアちゃんの豹変ぶりには一定の驚きを覚えていたらしい。
小さく拍手をしながらクミンがその驚きを言葉にしてバナナの皮を避けて私に歩み寄ってくる。
「正直驚きました。やはりローズマリー様の見立ては正しかった様ですね。感服しました」
「クミン」
「ただこれもやはりと言うべきか、ローズマリー様は手加減無しと言うか容赦が無いと言うべきか。……それと体術もマスターされているのですね?」
「最後の蹴りの話かしら?」
「ええ、私も目から鱗です。確かにあの姿勢なら剣よりも体術の方が回転が速く小回りも効きますね」
乙女ゲーム『チャンバラプリンセス』の世界は中世ヨーロッパをコンセプトとした世界だ、だから道場もあくまで決闘スタイルを前提とした稽古が多い。
だから子供たちの頭には最初から剣しか攻撃手段がない。
だがそこは転生者である私、本来なら実力も相まって子供たちの模範となるべきところを寧ろ邪道を貫いていく。私は前世の経験から固定概念を平然と捨てる事がある。
それでもその有効性をちゃんと示すと周囲は黙り込む。
寧ろ周囲の貴族の子供たちは吹っ飛んで壁に激突したラザニアちゃんに視線が釘付けとなって「スゴい」と呟くのみだ。唖然となって実戦形式が如何に重要かを頷いて納得していく。
とは言え彼らに私と同じレベルで実践できる保証は何処にもない。
まあ私にはクミンが肯定してくれるだけで充分だ。
「クミンも覚えておきなさい。剣は体の一部、だったら残りの部分もしっかり使いこなさないと勿体ない」
「公爵家令嬢の口から勿体ない、ですか? ですが肝に銘じましょう」
「……話は変わりますがラザニア以外だけでは無くあっちも顔付きが変わったみたいですね」
「ラザニア嬢に触発された様で、私に手合わせを申し込んできました。ですがあちらもまだまだですね」
私がふと視線を送った先にはボロボロのラファエロが倒れ込んでいた。
クミンは小さく笑みをこぼしてことの経緯を説明する。ラファエロは攻略対象らしくヒロインの突然の変貌に触発されて以前よりも稽古を真剣に取り組む様になっていた。で、その結果がクミンに挑んでボロ雑巾にされる。
と言うかクミンも手加減しないじゃない。
私だってラザニアちゃんが怪我をしない程度に手を抜いたのに、クミンはそうでは無いらしい。一目で判断が付く、ラファエロは肋骨と右腕を骨折してる様だ。
一体どの口が私を容赦無しと評するのか?
私はクミンに呆れのため息を漏らしてしまう。と言うか頭痛を覚えてしまう、幾ら何でも相手を負傷させてはマズい。クミンは相手の気迫に充てられてしまうところがあるから、ラファエロのそれが相当に高かったのだろう。
ラザニアちゃんと闘いながら横目で見てはいた。
彼は打ちのめされても諦めず立ち上がっていく姿が印象深かった。これは今までのラファエロには無かった姿勢だったから尚更だ。
「……はあ。殿下、失礼しますね」
「……ローズマリー?」
ずっと嫌いだった攻略対象のまさかの変貌、私は一定の驚きを示しつつラファエロに歩み寄っていく。そして骨折して動けなくなった彼を無言のまま応急処置を施していった。
こんなやり取りは初めてだ。
怪我を恐れて真剣に稽古から逃げていたラファエロをずっと見下してのだから、彼を介抱するなど初めてなのは当たり前でなんだけどね。
「ジッとしてて下さい。動かれると処置が出来ません」
「……まさか君が僕に優しくしてくれる日が来るなんて」
「私は一生懸命な人が好きなだけです。殿下もようやく本気になられた様ですね?」
「僕は……ずっと君が恐ろしかった。何に対しても全力で例え挫折してもすぐに起き上がって突っ走って」
「これで応急処置は済みました。後の本格的な処置は王城の医療班に任せましょう」
「僕は君の婚約者たり得ていたのだろうか?」
処置が終わって立ち上がるとラファエロは真剣な目付きで私を覗き込んできた。立ち上がれず壁にもたれ掛かって座り込み、自分の価値を私に聞いてくる。
第一王子だし、そもそも彼は攻略対象だ。
普通に見ればイケメンなのよねえ。
でも私の一番はパーカーであって彼じゃない。第一、ラファエロは既にラザニアと仲が良くラザニアに至っては満更でもない様子なのだ。
ここでラファエロといい関係になる理由は何処にも無いのだから、少しだけ突き放した方がいいよね?
「殿下には不敬ですが想いを寄せる殿方はおります」
「つまり僕では無いと? だろうね、今までの僕は情けなさすぎた。何よりも僕は君を真正面から見る事を避けてきた。今更になって思い知る……君はこの世の何よりも美しい」
「不用意な発言はお控え下さい、ラザニアが勘違いしますよ?」
「……そうかい。そうだね、僕は君を避けてラザニアに逃げたんだったね」
「パーカー」
道場の隅で稽古を見守っていたパーカーに声をかけた。彼は護衛として何処にでも私の後を追いかけてくる。だから最近は特に私の身の回りの雑務は彼に頼む事が多い。
まあ男性だから女性のデリケートな部分についてはメイドたちに任せてはいるが、力仕事ならば間違いなくパーカーに頼む。
彼は呼びかけに即座に応じて私の元に近づいてきた。
待っていましたとばかりに満面の笑みを携えて。
「うっす。お嬢、殿下を医務室に運べばいいんすね?」
「雑に扱わない様に。殿下は数カ所骨折されています」
「君はパーカー・カットソーだね?」
「へい、ローズマリー・オルガノン様にお仕えする者です。以後お見知り置きを」
うん?
ラファエロがパーカーに話しかけた? 確かゲームの世界では二人に接点は無い筈、それがまさか私がパーカーを仲間にした事で無い筈の接点を生んでしまうとは思わなかった。
ラファエロは何やら悔しそうな表情を浮かばせてパーカーと言葉を交わす。
もしかしてラファエロの中で他にも何か大きな変化があったのだろうか?
「……僕は選択を誤ったのだろうか? 宝の価値を見誤ったのか?」
「俺に聞かんで下さい」
「いつの日か僕は君を超えてみせる」
「スラム出身の俺にかける言葉じゃないっすね。それよりも医務室まで背負うんでジッとしてて下さいよ」
「君は出身を隠さないんだね? スラムの人間は皆んなそれを隠したがると言うのに」
「お嬢がそれすらも受け入れてくれたもんで。今となっちゃあ大した事じゃありませんよ」
「そうか……、ではすまないが医務室まで宜しく頼むよ」
ボソボソと小声で話していたから二人の会話の内容が分からなかった。
ラファエロは悔しそうに歯を食いしばりながら黙ってパーカーに背負われて道場を後にした。そして一つ気になった事がある。
道場の片隅でラザニアちゃんが私を睨んでいるのだ。
強く恨みを抱え込んだ様な目付きで私を射抜いて、負傷したラファエロには一切の興味を示さなかった。あれだけ仲が良かったラファエロに声の一つもかけなかった。
少なくともラザニアちゃんはラファエロの事が好きな筈だ。
私はこの変化に若干の不安を抱きつつ再び稽古に戻っていった。クミンと手合わせをする間、終始私を睨み付けていたラザニアちゃんが脳裏から離れなかった。
今から六年後、貴族学校の剣技トーナメントの決勝で対戦を果たすまでの間、彼女が私に向ける目付きはずっと変わることは無かったのだ。
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