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「……ここは?」
「オルガノン家の屋敷です」
目を覚ました男爵はガバッとソファーの上で上半身を起こす。私は男爵の口にした疑問を解消させると男爵は一気に表情を変える。彼は私の存在に気付いてビクついた様子でソファーから起き上がって後ずさる。
そして周囲が個室で同じ空間にパーカーがいることに気付くと男爵は絶望したかの様な顔付きになってその場で突っ伏してしまった。
別にビビらせたい訳じゃないんだけどなあ。
やっぱりこれが男爵の器の限界なのね、改めてガッカリしちゃう。
「ここは私の個室です。私に指一本でも触れたらそこのイケメンが貴方を首チョンパするので気を付ける事ですね」
「いや、まあ……するけど? 首チョンパするけどさあ、お嬢が言うと冗談に聞こえないっすから」
「……君は私をどうする気なんだい?」
「単刀直入に言います。当分の間は貴方が男爵位を保持しなさい、そして私が命じた時に何も言わずに即座にそれを放棄するのです」
「おーい、お嬢も話を振っておいて無視すんなって話っすよ」
パーカーがツッコミを入れてくる。
だけど今は邪魔、お願いだから大人しく黙っててね。
「……どう言う意味だい?」
「言ったでしょう? パーカーに爵位を、と」
「つまりパーカーが手柄を立てるまで空席を作るなと?」
「飲み込みが早くて素晴らしいですね。その見返りとして貴方の領地の運営を私が金銭的に助力しましょう」
「……何だって?」
「要は私個人への無期限無担保の借金と思いなさい。返済方法は現金、若しくは貴方の娘が私を剣術の試合で倒す事」
うん、おおよその予測通りだ。
男爵もパーカーも二人して私に怪訝な顔を見せてきた。でしょうね、返済方法が『私を剣術で倒す事』とか言われたら誰だってそう言う反応になるだろう。
それでもこれは大事な事だ。
超重要な最優先事項なのだ。
「それは……ラザニアを……あのラザニアを私に鍛えろと? それに一体何の意味が?」
「ご自身の娘さんですから、その心根も剣の才能も父親の貴方が一番理解してるでしょうし困惑するのも無理はありません。私はただあの子の中にあるモノを引き出したいだけです」
「娘さん、隊長の事を必死になって探してますよ?」
「ラザニア……」
男爵はダメなサラリーマンではあるがやはり父親の様だ。パーカーがラザニアちゃんの事を教えると涙を止める事が出来ず、バナナの皮を握りしめながらポタポタと床に滴らせていた。
ああ、でもそれは逆効果かなあ。
私の目的はあくまでラザニアちゃんが私に勝ってもおかしくない状態にしたい事。貴族学校に通ってそこで催される剣技のトーナメントでバカバカしい理由で負けるのを回避する事だ。
だから男爵には余計な親心を抱いて欲しく無い。
パーカーもそれはオウンゴールだってば。
その考えを伝えたくてパーカーにジト目を向けると何故か彼はキラーンと歯を輝かせながら親指を立ててくる。こんな時にイケメンを発揮しなくてもいいのに。
ああ、早くパーカーと結婚してえ。
ラファエロなんかと結婚したくねえ。
「……委細承知した。だが一つだけ聞いてもいいかい?」
お、これは意外だ。
男爵がラザニアちゃんへの愛情を振り切って私の提案を全て飲んでくれるとは思わなかった。
「何でしょう?」
「だったらさっきのポーカーは何の意味があったんだい? 最初からあの場でそれを提案してくれれば良かった様に思うのだが」
「お嬢、それは俺も隊長と同じ考えっす」
「男爵には一度どん底を味わって頂いたのみです。人は中途半端に堕ちるだけだと這いあがろうと努力しませんので。どん底を知ってこれ以上堕ちないと分かれば安心して這い上がれると言うもの」
これは私がヨーロッパにフェンシング留学した時の経験からくる考え。本場で世界レベルに揉まれて壁にぶち当たって。そうして私は強くなろうと決意したから。
人は井の中の蛙では1ミリも成長出来ない生き物だと私はその時初めて知ったのだ。
「お嬢、アンタ……本当に悪魔か何かっすか?」
「ローズマリー嬢、もしもだ。もしもあの勝負で負けていたら貴女はどうするつもりだったんだい?」
「口にしないと分かりませんか? 貴方が望めば例え国王陛下の御目の前であろうと拒む気はありませんでした」
「「うわあ……え? 貴女は本当に十歳の女の子ですか?」」
うーん、前世でフェンシングゴリラと呼ばれていたから、そう言う女性的な駆け引きの引出しが少ないのよねえ。若しくはズレてると言った方がいいのかな?
或いは開放的?
だがどちらにしろ私の感性は公爵家令嬢の身分なら誰も文句は言えまい。流石に両親には従順で言われた事には従う姿勢を貫いてきた。
今のところ、本性を全て曝け出したのはパーカーと男爵のみ。クミンもそうかな?
両親と国王陛下の前では極力いい子。
道場の関係者には体育会系兼武士道の鬼として接してきた。
いやあ、人によって晒す顔付きを変えるとか疲れるわあ。それを改めて考えると肩が凝っちゃう、二人の目の前でついお婆ちゃんみたいにポンポンと肩を叩いてしまう。
そして私が小さくため息を吐くと、タイミングを同じくして男爵が口を開いた。男爵は私の提案を真剣に受け止めたらしく、彼なりに色々と考えを張り巡らせている様子だ。
男爵はようやく立ち上がって私を真正面から見据える様になった。
彼は仰々しく跪いて真剣な面持ちとなって私に忠誠を誓ってくれた。
「ローズマリー嬢、このナポリタン・プッタネスカは貴方に生涯不変の忠誠を捧げます」
「宜しい。貴方もパーカーの半分程度で良いのでいい男になる事を期待しましょう」
「何だかなあ、お嬢が天上人すぎて俺自信無くなりそうなんすけど……」
「パーカーは許可なんて要らないから私を夜這いしてもいいんだからね?」
「……お嬢、頼むからドレスの裾を上げて誘惑しねえでくれません? もう平常心を保つ自信がねえ……」
「パーカーはいい加減に諦めて私と熱い夜を共にする覚悟を固めなさい。ベッドだって貴方を迎えるために耐久性を考慮した設計にしてるんですからね?」
私のウィンクにパーカーはゲンナリした様子で疲労困憊となっていた。
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