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悪役令嬢と鬼気迫るヒロインとの命懸けの闘いは貴族学校の闘技場から始まります。
二話目が過去の回想へと移って、どうしてヒロインはここまで狂気に走るのかを描いていく予定です。
初日は十話まで投稿予定。
「う……おおおおおお……」
思わず唸ってしまう。
キンキンと金属がぶつかり合う音がする。レイピアで突かれてエビ反り状態になったから荒れ狂う剣撃の回避が難しい。
だから右手のレイピアでその剣撃を必死こいて捌く。
決闘場の中央で催される『授業』は周囲の観客のボルテージが最高潮に到達すると激しさは増すばかりだった。ここは国中の貴族のご子息ご令嬢らが集った特別な学校。
乙女ゲーム『チャンバラプリンセス』の学校の敷地内に建設されたコロシアム。
そのタイトル通りこの学校では男女関係無く生徒全員に剣技の授業が義務付けられている。私はこの乙女ゲームの世界に日本から転生してきた元女子高生。
乙女ゲームの悪役令嬢として第二の人生を強要されたベタな女の子だ。
「ローズマリー様、私はこのトーナメントで優勝を勝ち取ってラファエロ様を手に入れてご覧に入れます」
「戦闘のモチベーションが殿方とは……欲しければ勝手になさって結構ですよ? 私には不要な方ですし」
「……そうやって何時もバカにして、泥にまみれてて啜る人間をアンタはそうやってバカにする!!」
ウヒョー。
怖い怖い。
目の前で怒り狂った様にレイピアを振り回すのはこのゲームのヒロインことラザニア・プッタネスカ。彼女はあどけなさが残る瞳で私を親の仇の如く射抜く。
見事なまでに漆黒色に染まった髪をポニーテールでまとめて彼女がレイピアを振るう度にそれが揺れる。ラザニアちゃんはスレンダーな体躯だから体重が軽くて身の捌きがとにかく速い。
対する私は女性らしい豊満な体型だから彼女の動きに対応するには骨が折れるのだ。
いやー、それにしても私も見事なまでにラザニアちゃんに嫌われてますなあ。
これは実際の乙女ゲーム以上だ。ヒロインは私を本気で殺す勢いを保ってレイピアを振るう。一応、これは授業の一環だから使うレイピアも模擬刀なんだけど、当たれば普通に痛い。
痛覚は例え転生を果たしたゲームの中だって当たり前にある。
模擬刀だって下手をしたら大怪我をする事だって当然ある。ラザニアちゃんはそれを完全に忘れてるみたいだ。目付きが完全に殺人者か発狂者か、その類を思わせる殺気を感じさせる。
私がずっと仕込んできた草の根活動がここに来てようやく身を結んだとしみじみと実感出来る。
子供の頃に前世の記憶を思い出してからずっとラザニアちゃんには執拗に嫌がらせを繰り返してきた事が今この時、花を咲かせたのだと実感する事が出来る。
普通悪役令嬢は学園に入学してからヒロインをイジメるものだが私は逆にその時期を早めてみました。
何しろ私はこの子が嫌いだから。
ゲームをプレイした時から私はヒロインの事が大嫌いだった。だから長い年月を費やして私好みの女の子に仕立て上げてみました。
「背筋はピンと伸ばして剣先は動かさない」
手首を使いレイピアの切っ先でラザニアちゃんのレイピアに軽く振動を与えると、彼女はバランスを崩して前方へ倒れ込む。
このヒロインはいい感じに育ってくれたなあ。
私が剣の稽古でも付けるようにそう指摘をすると表情を鬼神の如く歪ませてヒロインが下から睨んでくるのだ。それそれ、それが欲しかった。
この乙女ゲームはラファエロと言う名の第一王子の婚約者である悪役令嬢がメインのラスボスなのだ。ヒロインはこの全生徒が強制参加する剣技のトーナメントの決勝で悪役令嬢に勝って晴れて攻略対象と結ばれる。
悪役令嬢の私はヒロインにとってただの踏み台。
前世でフェンシング経験者だった私にとってはそんなエンディングなんて真っ平ゴメンだって話よ。それもこれも決勝の決着の着き方が下らなすぎるのが問題なのだ。
悪役令嬢ローズマリー・オルガノンは闘技場に投げ込まれたバナナの皮で転んで隙を作る。その隙を突いてヒロインが一本勝ちを収めるのだ。
フェンシング少女には耐え難い結末だった。
前世でそこを何度運営にクレームを入れた事か。
「……私がどんな想いでここまで勝ち上がって来たと思ってるんですか?」
「それを知って私に何か得が有るのかしら? 想いを語るなら握りしめる剣に乗せなさい」
「……私なんて眼中に無いんですね?」
「っ!?」
ラザニアちゃんの目の奥がギラリと光った。
彼女は予備動作を極限まで削ぎ落とした動きで私に突きを放つ。彼女が放った最速の突きをギリギリのところで回避するも、私の頬には血が滴っていた。
観客が一斉に静まり返る。
そして慌てた様子でザワつきだした。
うん、ラザニアちゃんは本当に私好みの女の子に育ってくれたわあ。如何に実戦形式の剣技トーナメントとは言え、まさか真剣を持ち込むとは思わなかった。
どうやらこの子はこのトーナメントの趣旨を忘れていた訳ではない様だ。
ラザニアちゃんは完全に私を殺しにかかっている。
その事に気付いた先生が闘技場に走り寄って背後から私に声かけてくる。
ラザニアちゃんの実家は私よりも爵位が低い。そこも先生たちが慌てる理由の一つなのだろうけど、今はあまり止めて欲しくない。折角気分が乗ってきたのだから水を差して欲しくないと言うのが本音だ。
「ローズマリー嬢、大丈夫か!?」
「擦り傷です。先生、そんな事で試合を止めないでくれます?」
「……公爵家のご令嬢は闘いに最中でも色気付いちゃって。余裕ぶって今更これ見よがしに試合中に髪なんてまとめないでくれません?」
「ラザニア嬢、君は自分の行いの意味を理解しているのかね!?」
「この性悪の目を抉ってやろうと思いまして。昔から気に入らなかったんですよ、その美しく輝くマリンブルーの瞳を串刺しにしてやりたいとずっと思ってました」
ラザニアちゃんもよくぞここまで成長してくれたものだ。
先生もラザニアちゃんの覗かせる狂気の表情に顔面蒼白となって言葉を失ってしまった。だけどコレでいい。
この状況こそ私がずっと望んだ事。
私は悪役令嬢、ヒロインから嫌われる者。今の私は婚約者の王子なんてどうでもいい。観客席で先生と同様に真っ青な顔付きになるラファエロの事なんてどうでもいいのだ。
別れて欲しいと言うのなら寧ろこっちの方から振ってやる。
数年前、前世の記憶を取り戻した私がラザニア・プッタネスカを何故嫌悪するのか。そして本来ならばお淑やかで人懐っこい性格に育つ筈だったラザニアちゃんがどうしてこんなにギラついた性格となったのか。
私は彼女との決着を前にその因縁を思い出していった。
お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m
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