愛の夢 -契約を解除してさしあげますわ-
それぞれが愛する人とエンドを迎えるのですが、どう感じるかは読者様次第...。
2021.6.24 短編日間12位になりました。ありがとうございます。
「レイスリーネ・ブルーノアーズ伯爵令嬢!お前との婚約を破棄する!!」
皆様、ごきげんよう。
私はレイスリーネ・ブルーノアーズ。
5大伯爵家の筆頭ブルーノアーズ家の総領娘ですわ。
先ほどから王立高等学院の卒業式典で喚いているのは我が国の第二王子ヘリオット殿下。
いつも口数がとても多くて滅入ってしまうのですけれど今日はまた格別の鬱陶しさ。
厳かな式典が執り行われるはずでしたのに、学院長を差し置いて、ご学友の皆さんと登壇したかと思えばこの事態です。
私に伝えたいのは
殿下の想い人のキラキラ頭さんに嫌がらせをした
殿下に対して思いやりのない行動ばかりする
と、いったような内容です。
まとめれば短くて済みますのに、長ったらしいですわ。
頭の悪さと品のない愚かなふるまいに欠伸が出てしまいます。
「聞いているのか?!」
ヘリオット殿下は相手をして差し上げないと顔を真っ赤にして構ってくれと言いますの。
まるで子供のよう。
あまり成長がみられません。
私の力不足だったかしら。
中身がいくつだろうと、もう18歳。
婚約という名の契約から10年が経ちますわ。
「ヘリオット殿下、キラキラ頭のご令嬢に私が嫌がらせをしたとおっしゃいますが、二人を引き合わせたのは私です。
忘れやすいとはいえまだたった三年前のこと。
忙しい私のかわりに殿下の満たされない心をお慰めしてと言った私がなぜ嫌がらせをしますの?」
「私の心は完全にニーナの物。それを恨んだのだろう!」
殿下の言葉に私は高らかに笑いました。
おかしいったら。
自意識過剰ですわね。
ああ、本当にどこで間違えたのかしら。
ちらりと来賓席を見ると第二王子の異母兄にして、王太子のクラウス殿下が苦笑しながら手を振ってきました。
私の好きにしろということね。
「分かりましたわ。私達の間にある契約を解除いたしましょう。ただ、どうなっても知りませんことよ」
「ふん、契約解除だろうと破棄だろうと何でもいい!お前との縁を切りたいのだ!」
キラキラ頭の腰に手を回しながら第二王子が答えました。
もう少し場所を選びたかったのですけれど
仕方がありませんわ。
だって、殿下本人の意向ですもの。
私は大きく息を吸い、言霊に内なる魔力を込めるようにして叫びました。
「私、レイスリーネ・ブルーノアーズの《下部》ヘリオット・ベイン・マージナルとの契約を解除する!!」
「し、下部だと・・・・?」
ヘリオット殿下は言葉が気に入らなかったようです。
しかし、そのままの意味なのです。
「キャー!!!」
キラキラ頭さんが悲鳴を上げ、壇上から逃げようとして転げ落ちました。
「ニーナ、なぜ逃げる?」
ご学友の皆さんも後ずさっていきます。
他の学生たちも悲鳴をあげて顔を背けました。
「で、殿下・・・顔、足も手も!」
ボトリと音を立てて髪が頭皮から落ちました。
皮膚という皮膚が体から崩れ落ちていきます。
「なんだこれは?」
自分の崩れていく手を見て王子は驚愕しました。
「ニーナ!助けてくれぇ。治癒魔法の使い手なのだろう?」
ヘリオット殿下は想い人を追いかけて抱きしめました。
キラキラ頭さんは悲鳴をあげるばかり。
失禁したのか床が濡れていました。
「ニーナ、ニーナァ、ニー・・・」
数分で第二王子だったものは崩れ落ち去りました。
それでも恋しい女にまとわりついたまま・・・
「殿下、殿下、殿下」
壊れたおもちゃのように口にするキラキラ頭さん。
私は彼女達に近づきました。
「壊れちゃったのかしら。いいわ、一緒に逝きなさい」
虹色の頭をそっと撫でると彼女はガクンと床に崩れ落ちました。
学生達からまた悲鳴が上がりました。
仕方ありません。
私が彼らを粛清したようにしか見えないのですもの。
「安心なさって。二人とも私の《下部》ですの」
言葉を失った会場の皆さまに声をかけると、中から安堵する声が戻ってきました。
「そうか、そうだったのか」
「《下部》を初めて見ましたわ」
「生きているようにしか見えなかった」
そう口にするのは侯爵家や伯爵家の子息達です。
初めて耳にする下級貴族たちは戸惑うばかり。
仕方ありませんわ。
上級貴族でないとその存在を知らないのですもの。
「手数をかけたね。レイスリーネ」
声をかけてきたのは騒動を聞いて駆け付けた国王陛下でした。
王太子殿下、学院長、私の父である魔導士長が付き従っていました。
「いえ、場所を選びたかったのですが、このような事態を引き起こし私の力不足です」
「いやいや、無理を言ったのは私だ」
死んだはずの第二王子をせめて18歳で成人するまでは生きたように見せてほしい。
愛息子を失った妾妃様の願いを叶えるべく、ブルーノアーズの門を自ら叩いたのは国王陛下でした。
ブルーノアーズは魔導士の家系。
表の顔は結界を張り、人を癒すといったことをしています。
屍を契約によって使役できることは上級貴族しか知りません。
第二王子が8歳の時、妾妃様と共に馬車で事故にあわれ亡くなられました。
父である魔導士長が対応できたのは妾妃様だけでした。
『下部』を作るには大変な魔力が必要なのです。
そこで私に依頼がきたのです。
まだ8歳だった私ですが、魔力は父をも超えると言われておりました。
そして、第二王子が臣下に下り賜る予定だった領地と引き換えに、陛下は私に契約をするように命じたのです。
それは見事に成功しました。
婚約者としてお傍にいたのも魔力を時折注がねばならないからです。
しかし、どんなに力も持つ者でも、その者の劣化にはどうしようもありません。
《下部》の寿命は10年と言われています。
第二王子も例外ではありません。
暴走し始めたのも限界に近づいていたからと考察しております。
「ヘリオット!!」
話を聞いて駆け付けた妾妃様がどろどろに溶けた息子にすがりつきます。
正妃様よりも寵愛の深い妾妃様。
国王陛下はかける言葉が見つからないのか、その姿をじっと見守るだけです。
私にも情はあります。
静かに息を引き取ったように見せるはずでした。
ですが仕方ありません。
本人が契約を解除してほしいと言ってきたのです。
叶えて差し上げるのも、この世に長く引き留めた者への手向けです。
-+-+-+-+-+-+-+-+-+
「長い間よくやってくれました。大変だったでしょう」
私は王太子殿下に付き添われ、王妃様にご報告に上がりました。
「レイスリーネ嬢、感謝いたします」
「ありがたきお言葉を頂き、身の引き締まる思いでございます」
王妃様は約束の物だと領地の目録をくださいました。
賜ったのは豊かな土地です。
そして予想よりも遥かに大きなものでした。
頑張った甲斐があるというものです。
「あの女の分を足しておきました。もうすぐ必要なくなるでしょうからね」
「母上、私が戴冠するまでは父上に今までのように居ていただかなくてはなりません。
滅多なことを口にされるのはお控え下さい」
王太子殿下はもうすぐ王位を引き継がれます。
他国からも羨まれるほど優秀な方で、幼い頃から国王陛下の傍で国政を支えられてきました。
陛下は妾妃様達の事故があってから覇気がなくなり、早く王位を譲りたいと口にされてきました。
しかし、どんなに優秀な方でも戴冠できるのは25歳から。
ようやくその日がやってくるのです。
「そうね、けれど長かったこと。
一人の妾に囚われて、あの女が亡くなったかと思えば政を疎かにし、魔導士長に《下部》を作らせる事態になるなど前代未聞だわ」
そう、あの妾妃様も《下部》。
国のために正妃様が父に依頼されました。
王太子殿下が国王になられるその日までの契約で。
国王陛下の夢はその日まで続きます。
拙い話をお読みいただありがとうございました。
お手数ですが最後に星をいただけると嬉しいです。