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ウィルは遥か頭上から降り注ぐ光で目を覚ました。


「……ってぇ……」


辺りを見回すと、どうやらゴミ捨て場に落とされたらしい。


(助けに来たのに、まさかゴミとして捨てられるとは……あのクソガキ……)


なんとはなしに、疲労感を憶えてゴミの山に横たわる。


(今日は落とされてばっかだな……。一体何のためにこんな所に来たんだか……。

冒険者になって、Aランクになって、ギルドを立ち上げて……ずっと突っ走ってきたけど、最近ちょっと疲れたな……)


原因はわかっていた。救えなかった命。死ぬべきではない優しい人。

冒険者という仕事に疑問を憶えてしまっていた。あの場所に行かなければ、彼女と出会わなければ、あんなに辛い思いをしなくて済んだのでは。自分が冒険者でなかったら。


(あいつは最期になんて言っていたんだっけな……あぁ、そうだ)


『君はきっと良い冒険者になれるよ。依頼人の声を聞ける、良い冒険者にね』


(依頼人の声なんて……俺には……)


彼女の最期の苦しげな笑顔と、先程落ちる直前に見たユーリの顔が重なる。


ユーリは最後に何かを呟いていた。あれは――。


『さようなら』


彼はがばっと飛び起きた。


「あのクソガキ! 自分がしんどい状況なのに他人を助けようとしただと!? ガキのくせに! 似なくていいところが似やがって!!」


ユーリの名前をもじって付けた彼女も同じところがあった。辛い状況でも自分より他人を優先して行動する。


「あー、クソ! 俺はバカか! ガキに気遣われてそれに気付けないとか!!」


彼はガシガシと頭を掻いた。腰のバッグからロープを取り出し、壁にフックを引っ掛ける。急いで登り始めた。

しかし、しばらくすると、どこからともなく焦げ臭い匂いが漂い始めた。


「ん? おい、まさか……やめろ!」


足元のゴミの山が瞬く間に炎に飲まれていく。炎は勢いをまして彼に迫ってきた。


「うおおおお!!」


彼は記録を取れそうな勢いで壁を登り始めた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ユーリはゆったりとした儀式用の装束を着せられ、前後を顔の見えない大人に挟まれながら薄暗い廊下を静かに歩いていた。


歩きながら、先程まで一緒にいた彼のことを考えていた。


彼女を助けに来た、と言ってくれた人。

自分でなりたいものを決めていい、と言ってくれた人。

そんな事を言ってくれた人は今まで誰もいなかった。


頭を撫でてくれた人。

そんな風に優しく触れてもらったのは初めてだった。とても大きくて温かかった。


名前をくれた人。

出来損ないの自分のことが全て嫌いだった。自分のもので何かを好きになるのは初めてだった。


こんなに嬉しい事はきっともうない。一生分の喜びをくれた人だから、あの人がどこか遠い所で生きている、それを思うだけで心が温かくなった。


(外……見てみたかったな……)


今でも外が怖いのに違いないが、彼に手を引いてもらえるなら見てみたいと思えた。青い空など研究者たちの話に聞くだけで一度も見たことは無かったのに、彼と一緒に青い空を見るイメージが浮かんだ。


「着きました」


一気に現実に引き戻される。

無機質な廊下を抜けると、そこには祭壇が用意されていた。周囲が恭しく礼をとる中、祭壇の中央に立つ。祭壇の前には数え切れないほど多くの装束を纏った信者達が平伏していた。

篝火の炎を揺らしながら、キーファが暗闇から現れた。


「ようやくここまで来た。185番、お前は今日、完璧な存在になる」

「かんぺきな……」


ユーリはぼんやりと呟いた。


「そう、ようやくお前にも価値が生まれる。よくやったよ、185番」


初めてこの人に褒められた気がする。それをずっと求めていたはずなのに、なぜか先程の彼が笑いながら頭を撫でてくれたことが思い出された。


キーファはユーリが顔を歪めて俯いたことに気付いた。


「なんだ、その顔は?……ふん、まぁいい。さっさと儀式を執り行なおう」


キーファは横から装束の男が恭しく差し出した小刀を受け取った。


「これなら出来損ないのお前にも扱えるだろう」


それをユーリにぐいと押し付ける。


「?」


ユーリはよくわからないままそれを受け取って、どうすればいいのかと彼女を見上げた。


見上げるほど大きな彼女は、冷たい目でユーリを見下ろした。


「それでここにいる人間どもを皆殺しにしろ」

「……!」


彼女は平伏している大勢の信者たちを指差した。ユーリは青ざめ、後ずさりしながら首を振る。


「いいや、やれ。お前が完璧な存在、魔王になるために必要な事だ」

「い……いや……」


「185番。今のお前になど何の価値もない。価値を得、認められるためにどうすべきか、それが示され目の前にある。どうして手を伸ばさない――」


爆音がし、ユーリの目の前でキーファが横っ飛びに吹っ飛んだ。


「そんなの、人を傷つけてまで手に入れたいもんじゃないからに決まってんだろ!!」


祭壇の奥の壁面に大きな穴が開いていた。そこにウィルが剣を構えて仁王立ちしていた。


「!!」


平伏していた信者たちはキーファが倒されたことで恐れをなして慌てふためきながら退散する。



「どうして……」


ユーリはぼんやりと彼を見つめた。


「俺を庇って自分を犠牲にするなんてバカかお前は!」


ユーリは怒られたことにびくっと反応する。彼はぽん、とその小さな頭に手を置き、しゃがんで目線を合わせ、彼女を労るように頭を撫でる。ユーリはそろそろと彼を見上げた。


「ガキが大人を気遣うな。大人を見くびるんじゃねぇ」

「……」


ユーリは大きく見開いた目で彼を見上げた。


「……お前、泣いていなかったな。俺がいる間、怖さも痛さも辛さも感じてただろうに。

子どもはさ、もっと気持ちのままに振る舞っていいんだ。もっと泣き喚いて大人を困らせて構わないんだ。もっと自由でいいんだ」

「泣いたら……かんぺきじゃない……かちがない……だめなのに……」

「泣いていい。完璧じゃなくていい。お前はだめじゃない」


ユーリは顔をくしゃっと歪めた。


「ユーリ。どうしたい?」


小さい少女は堰を切ったようにとうとうぼろぼろ涙をこぼした。


「魔王様になんてなりたくない……人を殺したくない……たすけて……」

「あぁ、お前の依頼、承ったよ」


ウィルはしゃくりあげる小さな頭を抱きしめた。



キーファが勢いよく起き上がり、怒りに顔を歪めてウィルを睨みつける。


「またお前か! 人間っ!!」

「いい加減その呼び方やめてくれねぇかね。俺にはウィル・サージェントって名前があるんだが。

それに……こいつにはユーリって名前がある。……気に入ってくれてるんだろ? ユーリって名前」


問いかけると、ユーリはしゃくりあげながら彼の腕の中でこくんと頷いた。


「じゃあ、ユーリ、行くか……」


彼は泣いて体温の高くなった彼女の頭を抱え、抱き上げた。


「!」

「しっかり捕まってろよ」


彼はそこから勢いよく駆け出した。

ユーリが小さな手でぎゅっと捕まったのを感じた。いつもより早く走れそうな気がした。


「逃がすかぁっ!!」


キーファがヒステリックに叫びながら追ってくる。彼女のムカデの身体がずろずろと不気味な音を立てながら迫ってくる。


彼は建物内の柱を避けつつ、時にキーファからの攻撃を避けつつ、縦横無尽に走り回った。


「ネズミのようにちょこまかと鬱陶しい!! 殺してやる!!」

「こちとら冒険者稼業で足腰鍛えてるんでね。もっと足場の悪いなかで獣に追われるなんてザラだ」

「ふざけるなっ!」

彼女の怒りを表すように、巨大な火球を両手で掲げる。


「!」


彼が一際大きな柱の影に隠れると、キーファはそれを柱に向けて撃ち放った。


「その程度の柱、諸共消し飛ばしてやる」


ウィルはにっと笑った。


「こんな室内で火なんて使うなよ。火事になるだろ」


彼は剣を大きく振るって、大きな柱を薙ぎ倒した。それに合わせるように屋根がみしみしと不穏な音を立て始めた。


「行くぞ、ユーリ!」


彼は彼女を再びしっかり抱きしめると、先程信者たちが出て行った扉から外に飛び出した。


「逃がすかぁっ! ……!!」


追いかけようとしたキーファは、身体が動かないのに気付いた。

ウィルが振り向いて笑う。


「いい具合に絡まったみたいだな。そこでぺちゃんこにされちまいな」


彼はキーファの攻撃を躱しながら計算していた。どの柱に絡ませれば彼女が動けなくなるか、どの柱にダメージを与えれば都合よく建物を破壊することができるか。


外に出て、ユーリを下ろすと、背後で建物の屋根が見事に崩れ落ちた。中から彼女の叫びが聞こえた。


「まぁ、この程度なら死なないだろう。暫く動けないとは思うが……」


彼は屈んでユーリの方を見た。彼女はもう泣き止んでいた。


「外はどうだ? ユーリ……」


まだ夜は明けていないが、風や温度や匂いを感じてくれるだろうか、と彼女の方を見る。

せっかく外に出たというのに、外を見るのではなく、彼の方ばかりを見ていた。

とても澄んだ目をしていた。


(まるで凪いだ湖面みたいに星を反射して……随分と綺麗な目だな……)


少し照れくさい思いがしたが、暗い目をされるよりずっとよかった。


「お前のそんな目を見れてよかっ――」


最後まで言えなかった。ユーリの頬に血が飛んでいる。その目に映る自分の姿は、背後から巨大な鉤爪が突き刺さり、貫通して腹から飛び出していた。


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