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「ったく、ふざけやがって、あの魔女……」
ウィルは頭を掻きながら通路を歩いた。
「命の保証が無いどころか、殺しにかかってるじゃねぇか……」
彼はぶつぶつと呟きながら剣を背後に向けて振るった。
「ぐぁっ!」「ぎゃっ!」
ウィルに襲いかかろうとしていた人間が背後で呻き声を上げて倒れる。
「ここどこだよ……」
大量に襲いかかってきた集団も、一度大量に片付けてからは彼の行き先を見失ったのか数名がバラバラと追ってくる程度になった。
何よりいつの間にか地下に来ていたのか、それ以降は人の気配がめっきり減っていた。
地下に入れる者は相当限られているらしい。
ちなみにリリスの無茶な作戦のせいで、変装した効果はほぼ無かったのですぐに元の服に戻った。
「あぁ、さっきいた奴らに聞いとけばよかった。まぁ、いいか」
道は迷路のように見通しがきかないが、ほとんど一本道だった。そして、行き止まりに突き当たる。護衛らしき人間が五名程いたが、応援を呼ぶ隙も与えず打ち倒す。そこには他と明らかに異質な頑丈そうな扉があった。
開けようとしたが、当然のごとく鍵がかかっている。鍵穴などは無い。魔法の類で封じられているのだろう。
ウィルは剣を振りかぶった。
見た目で思っていたよりやわな扉だったのか、一撃目で大きな亀裂が入った。
中を覗き込む。
広い部屋が見えた。そして、一番奥の壁際に小さな少女がしゃがみこんでこちらを怯えた目で見ていることに気が付いた。
彼は続けざまに扉に剣を叩きつけた。三撃目でようやく人が通れるくらいの大きな穴が空いた。
「お前だよな……」
彼はドアをくぐり抜けて少女に一歩ずつ近づく。
少女は枕を抱きながら怯えた目をしてこちらを見上げていた。
「ある奴にお前を助けるよう言われたんだが……あー、これじゃ俺は悪役にしか見えないよな……」
「……」
彼女は枕を壁にするかのように顔を隠して震えていた。
ウィルは彼女の前で立ち止まり、しゃがんで目線を合わせた。
「俺は冒険者のウィル・サージェント。お前を助けに来た」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リリスは焦っていた。一刻も早く助け出さなくてはならない。何より大切なあの子が苦しんでいるのを夢の中で見ている彼女にとっては、その苦しみが自分の事のように思えた。
リリスは資料を保管してある部屋の中で、その子の居場所や現状の資料を探していた。
棚は綺麗に整理されていた。棚ごとに番号が振られている。番号は『185』が最後だった。リリスはその棚の資料を開いた。そこに彼女の情報があった。
(見つけた……!)
情報から、その幼い少女、それが探していた人物で間違いないと確信する。そして、残された時間がそう長くないことも。
(急がなくては……)
リリスは急いでその部屋を出ようとした。と、空気を切る音を聞いた。
使い魔の四つ目の猫が飛び上がり、棚と一緒に弾き飛ばされた。壁に叩きつけられ、鈴の姿に戻り、ちりんと床に落ちる。
「……!!」
リリスは警戒しながら敵を睨みつける。
「あなたですか……」
(これは……まずい……)
リリスは目の前に立つ大男を見上げた。大槌を振るって肩に担いだ男は、リリスを見てにやりと笑った。
「久しぶりだな、魔女」
男は一つ目の巨人、魔王元配下の一人、サイクロプスのアスモレクだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お前、名前は?」
「……」
目の前の少女は怯えながらさらにぎゅっと枕を抱きしめた。
「お前、口はきけるか?」
「……」
彼ははぁ、と溜め息をついた。
「俺はお前をここから助け出せと言われてきたんだ。最終的な判断は俺がお前を見て下すことになっている。お前はどうしたい? 希望はあるか?」
「……」
少女はウィルに敵意が無いのがわかったのか、ようやく怯えるのを止めたらしい。今はウィルを恐る恐るというように窺っている。しかし、怯えを取り除いてみると、彼女の目は随分と生気のない、暗い目をしていた。
「お前、さ。俺と一緒にここを出よう」
「……!」
「俺が言うのもなんだけど、知らない奴がやってきても助けを呼ぼうとしない。泣き叫ぶこともしないのか? 外には確かに護衛みたいのがいたが、外にいるだけで中で震えるお前を抱きしめてくれる奴はいないんだな」
「外……行きたくない」
彼女はウィルの言葉を聞いているのか、枕を抱えて震えだした。
「やっと喋ったな」
「いや……外なんてだめ……言いつけを守らないと捨てられちゃうの……できそこないだから、捨てられちゃうのに……」
「誰がお前に出来損ないだなんて言うんだ?」
「……みんな言う。わたしは不完全のできそこないだから、罰を受けろって……そうしないと外に捨ててやるぞって……」
「……。外はお前が思うような怖いところじゃないよ」
「いやだ……こわい……」
彼女は俯いてふるふると首を振った。
「大丈夫――」
「いや!!」
彼女が鋭く声を上げたと同時に、ウィルの頬から血が流れた。
「!」
少女の周囲の空気が揺らめいている。彼女が目を上げると、その目は怒りで赤く燃え上がっているようだった。
少女はゆっくり立ち上がる。
ウィルも苦笑いしながらやれやれと立ち上がった。
(幼女と喧嘩するハメになるとは……)
と、少女が人間とは思えないスピードで迫ってきた。
「!」
避けると立て続けに床や壁を蹴って突っ込んでくる。裸足で素手だというのに蹴った壁や拳を入れた床が軽く砕ける。そして彼女の猛攻の合間に、最初に頬に一撃を食らわせてきた鋭い熱線の魔法攻撃が展開される。
(ガキだと思ってたら……マジか……!!)
人間業と思えない軽やか過ぎる跳躍やスピード、そして同時並行して魔法攻撃と魔法防御を恐らく無意識で展開している。歴戦の冒険者だってこうも華麗な戦い方はできない。
(しっかし子供相手に剣を抜くのは憚られるし……あのガキの周りに高温の空気層が展開されて素手じゃ触れないしな……。あの魔女、ほんとに面倒な仕事を……!)
考えていたら足元に転がっていた枕に足を取られた。
「げっ……!」
体勢を崩す。そのタイミングにぴったり合わせるかのように少女が壁を蹴ってこちらに突っ込んできた。
少女は自分の腕が貫いた手応えを感じて緊張を緩める。だが、貫いていたのは床に落ちていたはずの枕だった。
と、少女の視界が暗闇に覆われる。
「……!!」
ウィルは自分のマントで彼女の小さな身体を包み込んだ。もちろん耐火・耐熱性の機能付きだ。
「……!!」
「大人を舐めんな。俺に挑むなんて早すぎだな」
少女はマントの中でしばらくじたばたと暴れていたが、そのうち大人しくなった。
そのまま外に連れて行こうか悩んだが、心配になり、マントの裾を持ち上げて恐る恐る覗き込む。
(ガキが知恵を使って死んだふりして熱線攻撃してきたら……俺は死ぬ……)
死なないよう、慎重にマントを開けるとそこには――。
「なっ!」
血を吐いて苦しそうに息をしている少女がいた。