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かつて愛した君たちへ【未完】  作者: K.K.
第一話 もうすぐ君と僕に夏が来る頃
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4

 翌日、昼下がり。世界で一番気怠い存在であろう3限の授業を終えて、俺は眠気覚ましコーヒーでも飲もうと、一旦教室を離れた。外に出て少し行ったところにあるカップ式自動販売機の前で、意味も無くスマホなんて弄ってコーヒーの抽出を待っていると、正人に話しかけられた。。

「よお京介、ちょっといいか」

「駄目だ、それじゃまた」

「なんでだよ!……お前、新しい女作ったんだってな?」

……よくご存じで。

「いやさ、今朝中村と会ったらえらい剣幕で話し掛けて来て。お前がえらい可愛い子を連れてたとかなんとか」

「あー、七瀬さんの事ね」

中村との付き合いもそろそろ考え直すべきかもしれない。

「とにかく可愛らしかったとか……何時から付き合ってるんだ?」

「別に付き合ってる訳じゃねーよ……ただの連れだから」

「まさかセフレなのか?セフレなのか!?」

「バーカ童貞かよお前は。というか真昼間から大声でそんな事叫ぶなよ……」

周りの女の子がえらく冷たい視線でお前を見てるぞ。

「ただの連れだよ連れ、あんま気にすんな」

「まあ一旦そういう事にしといてやろう。しっかし別れてあんなに落ち込んでると思ってたら、しれっと女ひっかっけてるとか。やる事やってんなぁお前は」

「そんな器用な奴じゃねーよ、俺は」

未だに未練たらたらなヘタレ、それが俺である。


「おっと、忘れるところだった。今日の夜時間あるか?」

「おいおい大丈夫か?まあ今日はこの後特に予定ないぞ。飲みにでも行くのか?」

「そそ、先輩に誘われてさ。何人か確保しろって言われてんだよ」

「あーなる、じゃあ折角だし行くわ」

「りょーかい。えーっと、七瀬ちゃんだっけか?その子のこと、今晩詳しく話聞かせろよ!」

「だからそんなんじゃねえって」

本当に何て事の無い、幻想である。



「おいすー、遅れてすまん」

「おっ、女の敵の京介が来たぞー」

「なんでだよ!」

「いやいや、最近可愛い子とよろしくやってるそうで」

「何度も言うが違うって!」

なんでもう話が広がってるんだよ……。はあと溜め息をついて、正人の隣の席に座る。


「おせえよ京介、待ってる間に例の子の事話ちまったわ」

「ちょっ、本当にあの子は違うんだって」

「お前が30分も遅れるのが悪いわ」

「わりぃわりぃ、しっかし見事に野郎ばっかりだなあ。むさ苦しいわ」

「いやさ、実は女の子のグループも来るんだけど遅れちゃってるみたいで。もう後すぐで来るらしいから安心しろ」

「おっそうか。まあ実際野郎と飲む方が俺は好きなんだけどな」

「なんだぁ……?俺にそっちの気はねーぞ」

「違うわアホ!いやさ、気使わなくて済むじゃん」

なんだか女の子と飲む酒は気を使ってしまって、旨くない。

「これがかわいい彼女持ちの余裕ですか。羨ましいわ~」

「はあ……だから俺は独り身だって」

面倒臭え。女の子達よ、さっさと来て野郎共の興味を逸らしてくれよ。


 そう思っていた時期が俺にもありました。

 席の対角線上には非常に見覚えのある美人さんの顔が。というか玲子である。ほぼ丸々サークルの面子来てんじゃねえか!

「どういう事だよ正人っ」

「いやー俺が呼べる女の子って、サークルの子位だし」

「さいですか」

「まー流石に俺でも、玲子ちゃんの前でお前の女の事は話さないからさ。安心してくれ」

「信頼と実績が皆無なお前に言われてもな」

とは言いつつも、正人はもうあの子の事は話題に出すことは無かった。



「二次会行く人!」

「ほーい!京介、お前は?」

「俺は遠慮しとくわ、なんだか最近酒に弱くなってな。胃腸でも弱ってるのかな」

「おおそうか、そりゃお大事に。じゃあまた明日」

「おうよ」

散々飲んだというのに、野郎共はまだ飲み足りないらしい。目のギラ付きからして、どうせ女の子のお店にでも行くんだろ。

 ふうと一息ついて、集団から外れる。飲み会終わりに一人で眩しい街を歩くというのもなんだか乙な物で、ふわふわとした意識とネオンから漏れる光、それに夜特有の涼しさとが混ざり合って何とも言えない心地よさを感じる。そうして気分よく歩いていると、ふと背から声を掛けられた。

「京くん、ちょっといいかな?」

玲子だった。俺は急な出来事で、何だか下の名前で呼ぶのも気恥ずかしく、彼女を珍しく苗字で呼んだ。

「勿論、桐ケ谷さん」


 繁華街の端っこにある小さな純喫茶で、俺と玲子は向かい合って座った。酔って大して味など分からない筈なのに、アイスコーヒーはやけに苦く感じた。

「こうして京くんと面と向かって話すのって、いつぶりかな?」

「……もう五ヶ月ぶりくらいになるんじゃないかな。中々、話す機会が無かったから」

「まあ京くんが避けてたのもあるけどね。……そんな顔しても、分かるものは分かっちゃうよ」

「桐ケ谷さんとは色々あったからさ……ごめんね」

「別に謝る必要なんてないよ。それにね、そんな余所余所しい呼び方じゃなくて、下の名前で呼んで欲しいな。前みたいに」

「……分かったよ、玲子」

「そう、それでよしっ」

相変わらず、彼女の笑顔は眩し過ぎた。


「今日呼んだのはね、そろそろ君と仲直りしなきゃと、そう思ったから」

「……別に俺と玲子は喧嘩なんてしちゃいないけど」

「でも、凄い気まずかったよね……。君が私を避ける位には」

否定はできない。

「私は京くんを振ったけど、君の事を嫌いになったとかそういう事じゃないの。ただあの時は、君の隣に恋人として立つのが辛くてたまらなくて」

「……」

「だから、ずっと京くんとは仲直りしたいなーって、このままの気まずい関係はやだなぁって思ってたの。けど、京くんは私と会うと露骨に避けるし、中々仲直りするタイミングがなくて」

「……ごめん」

「だから謝らなくていいって」

彼女は相変わらず慣れないアイスコーヒーを一口飲んで、苦そうに顔をしかめてから、また話し始める。


「今日ね、中村君から君が新しい女の子と付き合い始めたって聞いて」

「もう玲子にまで伝わってるのかよ……」

「中村君がやけに大声で言いふらしてたから、多分サークル中の子みんな知ってるよ」

「なんてこった……。それに、別にその子はそんな相手じゃないし」

「分かってるよ、京くんってすごい奥手な男の子だしね。……でさ、今日この機会を逃したら二度と京くんと仲直りできないなーって気付いちゃって」

「別に、そんなことは無いと思うけど。やろうと思えば、これからだって出来るさ」

「そうかもね、でも私は今じゃなきゃと思ったの。本当に私の我儘だけどね」

普段は柔らかな彼女の瞳が珍しく真面目で、俺は少しビックリする。

「分かったよ……それで、俺は玲子にどうすればいい?」

「変な風に私を避けずに、普通におしゃべりしてくれるだけでいいよ。できればだけど、前みたいに、それこそ付き合う前みたいに。高校の時の、君と私が親友だった頃みたいに接してくれたら嬉しいな。……押し付けがましいかな?」

「別にいいよ、それ位」

俺も、今の気まずい関係は好きじゃ無い。玲子を避けてたのだって、勿論彼女の事を想い出さないようにという側面もあるけれど、おおよその目的は彼女に迷惑が掛からないようにである。

「良かった……じゃ、改めてよろしくね」

「……おうよ」

こうしてほぼ半年にも及ぶ彼女と俺との冷戦は、何て事ない会話で一旦の休戦を迎えた。

沢山悲しんで、沢山言いたいこともあったけれど。恋人としてじゃなく、友人としてならば、以前と同じように君と語らい合えるだろうと思った瞬間、そんな気持ちも何処かへと消えていった。実に単純な男だなぁと、つくづく感じる。


「京くんとこんな風にコーヒーを飲んでいると、昔を思い出すよね。」

「そうだな……まああの時はもっとちゃちなカフェで、飲んでたのも単に苦いだけの安物だったけど」

「まーね。部活が終わった後、そんな安物のコーヒー一杯で精一杯粘って、たくさん京くんとお話したなあ……」

「主に玲子の愚痴だったけどな。課題するの忘れちゃったーとか、友達と喧嘩しちゃったーとか。時には誰々に告白されちゃっただとか。まあそんな話を聞くのも、俺は楽しかったよ」

まだ2年前の話なのに、やけに昔の事の様に感じる。あの時からは、俺も玲子も歳を少しだけど重ねて、大学へと進学し、新しい場所で新しい人間関係を築いて。二人とも随分と変わってしまったからなんだろうか。これが俗に言う成長なんだろうけれど、なんだか寂しくも感じて、素直に喜べない俺がいた。


「しっかし俺と何年間も関わるなんて、玲子も物好きだなぁ……こーんな陰気な奴のどこがいいんだか」

「またそういう事言ってる……あのね、別に私は京くんのことを陰気な奴だーとか、根暗な奴だーとか、そんな風に思ったこと無いから。……ね?」

玲子が頬を膨らませて、まるでぷんすかという擬音が聞こえてくるかの様に怒る。

「……本当か?」

「本当だもん。そーやってすぐ卑屈になっちゃうところは、私はあんまり好きじゃ無いな」

「ごめん、改善するわ」

「おうおう改善したまえ!」

柄にもない口調で僕の頭をぺしぺししてくる彼女は、いつにもなく輝いていた。


玲子との仲直り。

一度離れた相手でも、結構簡単に元の関係へと戻れるものなのです。多分。

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