3.5
私は今日もまた、彼の前で仮面を被り続ける。
「じゃあね、京くんっ」
「うん、また今度」
私は少し照れるように、タッタッタッと駅の中へと走っていった。演技ではなく、本心で。今日はお昼ご飯を食べた後、少し公園を歩いただけなのに、何時にもなく私の心はバクバクしている。心の臓が痛くて、張り裂けそうで、辛い。だって、今日は先輩の知り合いに会ってしまったから。そんな感じに、今日のデートは終わった。
一ヶ月前、先輩と再会したあの日以来、私達は何度もデートを重ねた。レンタル彼女としてだけれど、着実に先輩との仲は深めれているだろう。なのに、未だに私は私である事を打ち明けられずにいる。七瀬凜じゃなく、葉月凜として、私はまだ彼に会えていないのだ。これはレンタルの関係で、プライベートを明かすのはルール違反だからと言い訳しているけど、本当は怖いんだろう。だって、先輩にはあの人がいるはずなのだから。だから、「なんで私をレンタルするの?」だなんて、聞ける訳も無かった。
けれども、今日先輩の知り合いと会って、先輩とあの人が別れたという事を知ってしまった。勿論直接確認した訳じゃないけれど、先輩のあの反応といい恐らく事実なのだろう。
本当は最初から分かっていたけれど、それでも認めれなかった事実がそこにはあった。すっかり様変わりしてしまった先輩が、何度もレンカノを借りる理由なんて、それ位しか無いのに。それでも私は、私自身が入り込むのを諦めた二人の間に、大きな亀裂が出来てしまっていたことを、本当に認めたくなかったのだ。先輩と付き合えたらという幻想を追い求めてここまで来たのに、つくづく我儘な女だなと、自分でも思う。
「……でもこれってチャンスだよね」
私は誰に言うともなく呟く。先輩とあの人が離れたのと同じように、先輩と私が近づくこともまた有り得る。何度も続けてレンタルしてるって事は、大小はともかく先輩の気持ちが「七瀬凜」に向いているのは間違いないだろうから。……そうだよね?
確かに先輩はあの人と別れて、変わってしまったかもしれない。私も最初はそんな彼に戸惑って、少しショックを受けた。
けれどやっぱり先輩は先輩で、私が恋する相手なのだ。少し陰のある横顔とか、スラっとした体だとか。それにあんまり女の子になれていない言葉遣いとか、そういった先輩の全てを彼女として独占できる事が、幸せでたまらない。けれど、それはあくまでレンタルの関係であって、これこそ幻想に過ぎないのだ。それにプロ失格の思いである事も分かっている。
「あーもうっ!これからどうしよ……」
答えの無い答えを探しているとなんだか急に恥ずかしくなってきた。そうして悶えていると、スマホからメールの着信音が鳴った。私は急いでメールを開いて、さらに顔を赤くする。そのまま冷蔵庫のカレンダーまで走って、赤ペンで八月の第二日曜日にチェックを入れた。
「新しい水着、買わなきゃな……」
先輩、どんな水着が好きなんだろ。
乙女の仮面がずり落ちる日も、そう遠くない。
挿絵はその内。