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桜舞うキャンパスの片隅で俺はコーヒーを啜り、サンドイッチを齧る。暖かな日差しに包まれた躰は、灯りが消えた心を覆い隠している。そうして自分を騙し騙し、丸め込むのだ。
とはいえ、視界にチラチラと移り込む白色と、無駄にイチャコラするカップル共にそろそろ嫌気がさした俺は、残りを強引に口の中に流し込んで、空いたカップをその辺りのゴミ箱に放った。そしてさっさとオサラバしようと歩きだしたところで、連れに声を掛けられた。
「おっ、京介。もう上がりか?」
「おうよ。今日は三限で終わりだからな」
「そうかー、俺はまだ二限も残ってるわ。サボりてぇ……」
「まだ新学期早々ってのにサボってると留年しちまうぞ。確か去年の必修は出席ギリギリだったろ?」
「真面目君はいう事が違いますなぁ……ところでさ、今日のグルサー飲みって何時からだっけ?」
「東口で7時だっけか?まあその辺りに来てくれよ」
「へいよー、じゃまた後でLINEするわ」
「おう」
今日は我らがグルメサークルの飲みである。まあグルメサークルとは名ばかりの、単なる遊びサークルなんだが。去年は海行ったし。奴、正人を含めて連れは悪い奴じゃ無いんだが、何しろあの子がいる。このサークルで仲を深め、昨冬別れたばかりの玲子である。
彼女と付き合うプレッシャーが消えてしまったとはいえ、まだあれから半年も経っていない。俺は少々憂鬱になりながら、一旦家へと帰った。
いざ参加した飲みの席は、案の定気持ちの良い物では無かった。まあそりゃそうよね。
俺が少しぎこちない笑みを浮かべる一方で、彼女はいつもと変わらず煌びやかに輝いていた。
もう別の男を作ったんだろうな、相手はどんな奴なんだろう、みたいに気持ち悪い事を考えていると、隣の正人に小声で話し掛けられた。
「まーだ引き摺ってるのか?」
「アホ、そんなんじゃねえよ。ただまあ、あの子は変わらないなぁと」
「そりゃそうだろ、玲子ちゃんはモテまくってるし。お前みたいな奴なんてさっさと忘れて、新しい男とよろしくやってるんだろ」
「ひでーな、まあ俺もそうは思うが」
そいつは彼女に劣らず素敵な奴なんだろう。俺とは違って。
「しっかしお前もそんな顔するくらいなら、さっさと別の女と付き合えばいいのに」
「出会いがねーんだよ、それに対して興味が湧かないし」
「そうかあそうかあ、そりゃお気の毒に」
「うるせぇバーカ」
どうせ付き合っても釣り合わずに切り捨てられるだけである。もう暫くはいいや、と俺は思っていた。
「ちょっと小便行ってくるわ」
「おうよ、正人」
俺もそろそろトイレに行くかなあなんて考えていると、暖かいものが俺の肩に触れた。
「……」
「京くん、久しぶり。元気してた?」
うるせえそんな訳があるか、何て言えずに俺は頷く。
「そっかあそっかあ……、最近サークルでもあんまり見なかったから、心配してたんだよ!」
「そうなのか?そりゃどうも」
「うん、良かったよ……じゃ、あんまり長居したら正人君に迷惑掛かるから、もう戻るね?」
「おうよ。じゃまた」
「うん、また!」
相も変わらず眩しい君は、俺には過ぎたものだった。
「飲み過ぎたな……やっちまった」
気まずいからって酒に逃げるとか我ながらアホかと思うが、時すでに遅し。服をぐしゃりと脱ぎ捨てて、もう限界だと水も飲まずにベッドに倒れ込む。ふわふわとした意識の中、怠いなぁなんて思いながらも普段の癖でスマホを弄っていると、ある広告が目に入った
「へぇ……レンタル彼女ねえ」
ヤれもしないのに馬鹿みたいに金を払って、一体何がいいんだかまるで理解できない。できないのだが……。
酔いに酔って判断力を失った俺は、何を思ったかサイト登録をして、女の子を指名までしたらしい。全てを俺が知ったのは、翌日の昼過ぎだった。
「うー……頭が痛え」
目を覚ますと、既にカーテンの隙間から真白い光が漏れ出していた。嫌な予感がして枕元の時計を覗き込むと、案の定時刻は正午を周った辺りだった。
今日は土曜日だから講義を入れていないとはいえ、いくら何でも昼まで寝るのは飲み過ぎである。はぁとため息をついて、脱ぎ散らかした服を洗濯機に運ぼうとしていると、軽やかな着信音が鳴った。
『おい京介、お前大丈夫か?何時まで経っても電話に出ねーし』
「なんだよ正人……ってうわっ」
馬鹿みたいな数の着信履歴に思わず声を上げる。
『あんなに真面目ぶって何があっても朝早くに起きるお前が、昼になっても電話に出ないとか普通に心配するわ』
「ああそうか……俺なら大丈夫だ、ちっと頭は痛いが」
『あんなにべろべろに酔ったお前は初めてだわ、まだ玲子ちゃんと会うのは早かったか?』
「いや、昨日は単に疲れていただけだよ。大丈夫だ」
『お前がそう言うならいいんだが……まあもう飲むのは程々にしとけよ』
「へいへい、それじゃまた」
ああクソ、みっともねえな俺。元カノ如きでバカみたいに酒飲んで周りに心配かけて。憂鬱になりながらスマホの通知欄を眺めると、正人以外の連れからも連絡が来ていた。……本格的に惨めで嫌になる。
またはぁとため息をついて通知欄をスライドすると、大量のメッセージの中にメールの通知が紛れていた。
「レンタル彼女Platinum予約完了のお知らせ……?」