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かつて愛した君たちへ【未完】  作者: K.K.
第二話 夏はビートでゴーゴー
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「あー夏だー!」

「どうしたの、京くん」

「あっごめん、七瀬さん……つい」

 上を見てみると、先日までの曇天は何処へやら、ひたすらに青い空と立ち昇る白い雲が、そこにあった。例年より一週間も早く梅雨が明けたことは、俺にとって何よりも嬉しくて、ついつい気分が上がってしまう。

「まあ気持ちは分からなくもないかも?なんてったって夏だしねっ」

「まあ俺は滅多に家から出なくなるんだけど、暑過ぎて」

「えー……」

「冗談冗談……半分位は」

「ダメじゃん!」


 都会でもミンミンとした鳴き声が五月蠅く、ふと気が付いた時には虫に刺されて痒くなるから、無理やりにでも自然を感じさせられる季節である。

 七月に入り早一週間、俺は未だに独り身で、こうして彼女をレンタルし続けていた。とは言っても、こうした生活が続く内に、もうレンタルでいいかなぁと逃げてしまっているのも事実だ。サークル内の女子とも付き合う訳にもいかず、だからといってサークル外に大した付き合いがある訳でもない。そもそも前の彼女に未練たらたらなのだから、作れという方が無理難題である。

その元カノさん……玲子とは、ぼちぼちな関係を築けている、多分。親友に戻って一ヶ月以上経つけれども、彼女は変わらず彼女であり続けた。去年には意識して触れないようにしながら、高校時代の付き合いの延長線上に今があるようにして、少なくとも表面上は良好な友人関係にあると言えるだろう。けれども、絶対に友人以上にならないでおこうと彼女が意識しているのを感じてしまって、俺は我儘にも寂しくなる。


「あー暑い、とりあえずそこの店でいいから中入ろ」

「うん、そうだねー。……流石に気分上げるには暑すぎるかな?」

夏だとはしゃいでいたのも束の間、一気に気分は急降下である。

 この街は四方を山に囲まれている盆地だから、この地域の中でも特にむしむしと暑い。いくら空が爽快であろうが、人間にはただただ不快なだけである。まあその分海での楽しみが増えるし、車や建物であれば温度も湿度も吹き飛ばせる神器が備えられているのだから、歩かなければ大した問題ではないのである。歩かなければ。



 キンキンに冷えた水出しのアイスコーヒーを、風邪をひくんじゃないかと思うほど冷えた店内で頂く。

「デートの初動で即喫茶店っていうのもなんだかなぁ……」

「まあ私は京くんとお話するの好きだから、全然構わないんだけどねっ」

「七瀬さんがいいならいいんだけど……あんまり俺話すの上手くないからさ」

ファッションにしろ音楽にしろ最近の流行りにまるで付いて行けてないのだから、中々万人受けする話が出来ない俺だった。かといってマニアックな話をしたらしたで、女の子はドン引きするだけである。……まあレンカノである以上、七瀬さんは大人しくふんふんと聞いてくれるのだろうが、それもやっぱりなんだかなぁと感じてしまう。

「そう?結構物知りだから、音楽の話とか聞いてると面白いなって思うよ?私が最近ハマってる曲も京くんに教えて貰った物だし!」「それなら良かったんだけどね……まあ今は取り敢えず涼もうか」

「ふふ、そだねっ」


 ただコーヒーを飲んでいるだけなのに、飲む人によってはこうも絵になるのかと思う。ストローを咥えるぷるりとした口元とか、きらりと輝いて相手の視線を逃がさない瞳だとか、それに不意に窓から街中を眺める時の横顔とかが、まるでお人形さんの様に可愛らしい。だからといって彼女と付き合いたいだとか、そんな風には思わない俺である。きっと今まで愛されて生きて来たであろう彼女と、卑屈なのに格好つけたがる二律背反男の俺とでは、やはり釣り合いが取れない。そうした関係はお互いをただ傷付けるだけだと知っているから、俺は貸し借り関係こそベストであると思うのだ。

 ……まあそんな彼女も、最近は少しだけ様子が変に思う。デート中のほんのひと時ではあるものの、彼女は憂鬱な顔を見せるようになったのだ。今までほぼパーフェクトに振る舞ってきた彼女が、鈍感な俺でも明らかに分かるくらい湿っぽい顔をするのだから、何かしら彼女の身に大きな物事が起こったのだろう。けれどもレンカノのプライベートな話に触れるのはルール違反だから、と適当な理由を付けて、俺は今までスルーし続けていた。しかし。

 窓の外を見ながら俺と話す彼女の顔が、また湿っぽくなる。その痛々しい姿を見ていられなかった俺は、何を血迷ったか彼女にストレートに問うたのだった。

「最近七瀬さん、何かあったの?」

「……えっ?」

「ちょっと最近、湿っぽい顔をしてる時があるなって思ったからさ」

「……全然大丈夫です。変な顔して京くんに気を使わせてたのなら、ごめんなさいっ」

「いや勘違いならいいんだけど、さ。プライベートに触れるのはご法度だけど、それでも気になってしまったから……気持ち悪い奴でゴメン」

「京くんが謝る事じゃ無いですよ……まあでも!京くんの事で悩んでるのは事実ですっ」

やはり痛客だったのか……さようならレンカノ暮らし。さようなら我が人生。

「ちょちょ、いきなり死にそうな顔しないで下さい!そういう事じゃないですー……」

「……それだったら何かな?」

「それは乙女の秘密っ!」

「マジかー……」


「でも八月に京くんと海に行った後に教えるから、絶対に」

その変わり様に俺は驚愕する。目の前にあったのは恐らく初めて見る、彼女の素顔だった。

「それまで待ってて……くれるな?」

今にも泣き出しそうな、けれども真剣な目でお願いする乙女を無碍に出来る野郎など、この世には存在しない。

 結局俺は秘密の正体が何なのかに一切気付かないまま、どころか自分に都合の良い様に解釈して、その約束を交わした。

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