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元子と  作者: 久木
7/7

さよならを言う相手として

6月中旬。

元子から連絡がきた。なぜ今さら?と思っていたら、とにかくまた5人で飲み会を開催したいらしい。私は予定日をノー残デーに設定し当日に備えた。


そして6月下旬のある日。定時となり、即退社、駅で特急に飛び乗る。もう会えないと思っていた元子に会える。道中、私の胸は高鳴った。

居酒屋に着くと、少しやつれた元子の姿があった。元子は秘書を辞めるらしい。この会は、元子の送別会。

社長はとても前向きで、仕事一徹の尊敬できる方だ。しかし余りにも自分勝手で気分ばかりの行動が目立つ方でもある。要は典型的なワンマン経営者なのだ。

彼女は1年前に秘書になって以来、実に苦労されていた。元子は嫌気が差したのだろう。私と元子の接点であったコンサル会社から元子が去ること。それはそれで寂しいことだったが、元子が決めた事なら、それで良いと思った。


一次会は5人で8時に終わり、そのあと私と大東、企画してくれた日野、そして元子と4人で、私の行きつけのスナックに行った。ママには元子の新しい門出の会だと言った。彼女たちは慣れないカラオケを懸命に歌ってくれたのが嬉しかった。私も盛り上げ役から始まって、一番得意の歌を数曲歌った。福山雅治のスコールなど、これ以上無いほど元子に伝えたかった気持ちをぶつけた。少し声の調子が悪かったが、好きな女の前で精一杯歌えたことに、人生で一番の意義があるのだ。しかしやはり、彼女は引いていた。彼女はSMAPを幾つもうたっていたか。少し小さかったが、実に透き通った歌声だった。その度に私は心を打ち抜かれていたか。

以前、花見の夜、そこのスナックへ一人で行った。ママには彼女が好きだが、叶うことが無いこと、告白寸前のことまでした事、そして彼女の写真も見せた。その時、一度つれてきなさいと言われてもいた。そこで私の得意の歌を聞かせてあげなさいと。覚えてくれていたろうか。あのママならピンと来ていたに違いない。だからこそ、私が一番得意な選曲ばかりを進めて下さった。


それから最後、別れ際に、元子に対して少し話しながら帰りたいと言った。

案の定、彼女からは断られた。近くまで母親が迎えに来ているらしい。ずいぶん私が信用されてないのか。


私は一旦別れて、駅のホームまで行った。しかし金輪際会えないという気持ちが出てきた。そう思った瞬間に私は引き返し、走り出していた。彼女が住んでいるという駅の近くの住宅地、その中にあるコンビニまで走った。しかしそこまでだった。

そこで彼女に電話もかけたが当然出てくれなかったし、ローソンで待っているとメールも打ったが、返事は無かった。仕方がなく、駐車場の端で座り込んだ。


それから夜中の2時まで待っていたか。俯いて座り込んでいる私を心配して、通りすがりのヤンキーがお茶をくれた。

「兄ちゃん、酔ってるんか?」

私は顔を上げて、

「ありがとう。人を待っているんです、たぶん来てくれないけど。」と、作り笑顔で彼には説明した。

私は何を考えて居ただろう。だけど、とても情けない、悔しい気持ちだったことだけは確かだ。いくら待とうが、彼女は来るわけ無いのだ。もう、二度と会えない。

結局、2時が過ぎて、私は駅の方へひとまず歩き出した。そのまま地下道の隅で始発を待ち、寮へ戻った。

終わったのだと思った。寂しくもやりきれない気持ちだったが、その時はようやく終わったのだとも思った。長く苦しい、叶うことのない、道ならぬ恋。しかし、すぐに彼女の姿が脳裡に浮かんだ、そしてまた忘れられないのだろうと思った。


私は迷ったあげく、元子にメールを送った。


「昨日はすみませんでした。でもありがとうございました。

1年間、秘書、お疲れ様でした。元子さんが疲弊した姿、見たく無いです。自然な雰囲気のあなたが誰よりも一番素敵ですよ。

寄せ書きのお返しに。ではまた」


そうして数日後、今度は高川と飲む機会があった。


率直に高川からは元子を諦めろと言われた。諦めてるよ。私は全てを話した。そして高川は私に言った。元子にもう二度とメールしないと誓うんだと、そう送って終わりにするんだと。そして次の一言で決心がついた。

「このままじゃ、ストーカーになってしまう、だから辞めるんだ」と。

私は、はっとした。そうなのだ。その通りだと思った。3月のホワイトデーの日の夜で終わらせるべき恋だった。しかしずるずると、来てしまった。


そして、元子へ最後となるメールを送った。


私は元子へ、今まですまなかったと、メールはこれで最後にすると、短いメールを送り、彼女のアドレスを電話帳から消したのだった。


それから5日たって、寮に着いたときに、ふとスマホを見ると、登録の無いアドレスからメールが来ていた。しかし、私はアドレスを見るなり直ぐに誰か分かった。

元子から、今まで返信しなかったことへの謝罪、軽率な行動をとってしまったという旨の謝罪、そして最後にお互い二度と連絡は取らないし、会うことも無しにしようと言った内容のメールが来た。


軽率だなんて、悪かったのは一方的に好きになった私の方だ。君は1mmだって悪くない。私は本当に迷惑なヤツになってしまった。

でも、そんなことを考えつつも送らない事にした。全ては終わったのだと、だからずっと我慢するんだと、忘れるんだと、これで良かったんだと、自分に言い聞かせながら。


さようなら、元子。


そして新しい恋を探そうと思った。

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