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元子と  作者: 久木
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叶わぬ相手として

2月が終わりに差し掛かり、私の仕事も手仕舞を意識した動きが必要になってきた。あと1ヶ月なのだ。私がここに居られるのは。計画書の添削業務は、1月のピーク以来新規のものは無し。しかし、完成されたものを、決裁し、上部機関へ送る仕事が約150本。1本に目を通すのに20分、コメント付けて10分、1日20本が限界。こいつが厄介だった。当然、土日も出勤となる。

そんな猛烈にパソコンの前で業務をこなす中でも、元子が目の前を通ると自然と目が移ってしまう。しかし、元子は気にせず歩いて行く。朝の新聞を取りに行く時も、元子をチラッと見ると、元子は視線を返してくれる。しかし、最近は少し素っ気ない。なんとなくだが、私の気持ちに気付いて、引いてるのかもしれない。


そんなことを考えつつ、仕事に没頭していたら、3月になっていた。ある日、帰りに駅で元子とばったり会う。そのまま話し込んでしまった。30分ぐらいか。私は「好き」と言う気持ちを抑える代わりに、彼女に感謝の言葉だけ伝えることにした。が、これはいけなかったようだ。そもそも話し込んだこと自体、逆効果だった気がする。たぶん元子は私の気持ちに気付いたろう。

翌日、朝、新聞を取りに行くと、元子は遂に目線を合わせてくれなかった。これは引かれたな。私はまずは1週間、目線を合わせない事を心に固く決めた。


私の元子への気持ちは、爆発しそうな程に膨らんでいるのが分かった。伝えちゃいけない、けど伝えたい。そんな自分勝手、既婚者たる私の立場で許されるはずもない。元子は独身なんだ。相手のこと考えれば、この気持ちはしまっておくしかないのだ。でも膨らみすぎて仕舞えない。そんな心の中での押し問答を続ける日々だった。


そうして期末の忙しさで全てを忘れようと思っていた。そしたら、日野か山城か、やっぱり元子の発案なのか、大東と5人で私の送別会をしてくれると言う。嬉しかった。私は当日のサプライズにと、早速、ホワイトデーチョコを近くのデパートに買いに行った。ここで普通のチョコ3個、ゴディヴァチョコを2個買った。

そのまま、夜、妻の病院へ見舞いに行き、ゴディヴァ1個を渡す。妻とはなんの話をしただろう。少し喜んで居たようにも思えるが。抗がん剤治療でもキツイ薬の治療は今回の入院が最後、終わればようやく家に戻れるとのことだった。あと少し、頑張ろう、とだけ妻に伝えた。


帰ると元子からメールが来ていた。飲み会の場所と時間についてだった。事務的なものだったが、ありがとうと返信した。高川は誘わないの?と敢えて付け加えると、「そんな人居ましたっけ(笑)」と元子。こんな二人でのやり取りが嬉しかった。


そうして3月中旬の金曜日、5人で飲み会が始まった。場所は元子がチョイスしてくれた。

始めに私は3人の女性へチョコを渡した。ホワイトデーのサプライズだと伝えた。

その後は他愛のない話が続いた。職場の話が中心だったか。こうやって慕ってくれる方が居るのは嬉しかった。

私はこの日の帰り、元子にゴディヴァチョコを渡そうと決めていた。告白して良い訳じゃない。だから、ここまで。

元子は気付いていたろう。私の雰囲気に。22時ぐらいがいつも門限なのだが、元子は帰りに私が話したいことが、あるのに気付いてか、敢えて話を長く持たせたがった。


そして会計が終わり、皆が駅に歩き出す。元子は自転車で帰ろうとする。皆が離れたのを見計らって、

私は「元子さん、渡したいものがあるんだ」と言った。元子は観念した様子でこちらへ向いた。

続けて「いつも、ありがとう」と言ってゴディヴァチョコを渡した。

「なんで渡すの?私の渡したチョコは、この前、大東さんと奢ってくれたお礼だよ。」

「飲み会中に渡したモロゾフは転勤時のお礼の品として、あなた達に渡したかった。そして、今渡したゴディヴァのチョコが君への本当のお返しだよ」と言った。


彼女は少し帰りたそうにしながら、話し出した。


そう言えば、高川は辞めるんじゃないかと思うと。私は、どうするんやろうなぁと言った。

今度は私から、メール、迷惑じゃない?と聞いてしまった。彼女は言い淀んだ。やっぱり微妙なんだなと私は思った。

更に私は続けた。噂好きのパートのおばさんに、先日の飲み会の後、私たちを見られたとメールで言っていたが、いつの飲み会?と。

彼女はいつとは言えないけど、女性は噂好きの人も居るからと答えた。


つまり飲み会の後に見られたと言うのは、彼女の口上であって、本質は変な噂が立ちそうなのだと言う事なのか。きっと噂好きのおばさんが、私と彼女が津駅前を歩いていたか話していた事を、噂していたのだろう。やはりと思った。何より彼女に迷惑がかかる事が、申し訳なかった。


私は、ごめん、あなたに迷惑がかかるよね、と言った。彼女はまたも言い淀んだ。図星を突かれると言い淀む。どうやら本当のようだ。


それから彼女に対しては、「好き」以外の言葉を話した。もう抑えられんかった。


私は、あなたは部活で言うとマネージャーみたいな役割が得意だねと、あなたが居るだけで、皆さんがとてもやる気になるんだ、あなたみたいな素敵で綺麗な女性が歩いているだけで、男は皆、緊張して仕事に取り組むものなのだ、と言った。

彼女はそんな存在がそもそも必要なのか、私が職場で必要とされている気がしない、私よりも綺麗な女性は他にも居るでしょ、と言った。

私は、いやあなたは絶対に必要だよ、あなたのおかげで私も含めて凄く元気に成れるやつがいる、男は単純なもんさ、それに、あなたに勝る魅力のある女性は今の職場には居ないと言った。彼女の存在が必要な点は、職場にと言う意味も有るけど、私自身にとっての方が大きいのだが(笑)

その後に、だからとても頑張れる、ありがとうと伝えた。


彼女は、私が銀行に戻っても、きっとそれなりの地位へ出世するよと言ってくれた。先日、彼女が読んだ日経リーダーズに、ビジネスマンは誠実さが大事と、相手に売るのは商品ではなく己の誠意なのだと、私にはその誠意が有る、だから頑張ってと、言ってくれた。

この言葉は、だから私に対しても誠実で居てと言う意味だったんだと、後から考えるようになった。

そしてこの時も私には彼女が、もう会わないだろうけど頑張ってと言っている様な気がして、素直に喜べなかった。実際にそのつもりもあったのだろう。彼女らしい言い回し。しかし、寂しい気持ちにもなった。


それから私はこう続けた。プライベートで本当に色々ありすぎて、疲れてたんだけど、あなた達と触れ合う事で、今までどうにか立っていられたと。あなた達との触れ合いが、私の心の支えだったのだと。本当は「あなた達」ではなく「あなた」だし、「色々あった」事も、私と妻に愛情が無いことや、妻が病気にかかったこと、私には家庭のなかで居場所が無いこと、あげ出せばきりがないが、そんな野暮な話は今はしないことにした。飲み会の間に、私が別居してることや、休日も仕事に出ている事はちらっと話したし、そこから、私自身が家庭とは疎遠になっていることは伝わっただろう。

彼女は、黙って聞いていた様に思う。そして最後に、銀行に戻っても出世してけるよ、頑張ってというような事を言ってくれた。

私はまた、頑張って来れたのはあなたが居たおかげだと、ありがとうございました、と伝えた。そして深々とお辞儀した。


これ以上は彼女に話せなかった。彼女もとても緊張してるのがわかった。

これ以上話せば、彼女に好きだと言ってしまう。それは許されない言葉。その答はNOだろう。


だから最後に、また時々メールするよと伝えた。迷惑じゃないよね?と。彼女は曖昧に頷いた様に思う。


そして私は立ち去った。


帰りの電車では、もうこれで終わったのだと考えていた。


彼女への好きな気持ちが溢れている。なぜあの場所でやっぱり好きと言わなかったのかとも思う。しかしあれ以上の行動は彼女との関係を損ねる事でしかない。

これから、少しずつ、彼女への気持ちを整理していかないと行けないと、頭では思う。

だって少なくとも、彼女が私の事を好きではない事は、よくわかったから。

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