「1969年」 作者:狸逢
「あーあ、めんどくせえ」
「忘れたあんたが悪いんでしょうが」
昔ながらの、罰。今となっては体罰とでも言うのだろうか、二人の生徒が竹箒を片手に校庭の裏側で落ち葉をかき集めていた。
一人は坊主頭、もう一人はお下げ髪。坊主頭が口を開くたびにお下げ髪がたしなめた。
「春子は別に先に帰ればいいだろう? 何も手伝わなくなって」
「先生に言われたんだってば。宗介が逃げ出さないで見守ってくれーだってさ」
春子と呼ばれたお下げ髪はまんざらでもなさそうだ。そんな様子に宗介と呼ばれた坊主頭が口笛を吹く。
「先生先生って。おまえは本当に担任が大好きなんだなぁ」
「なっ。別に違うから! そういうわけじゃないし……」
「へいへいわかったよ。手伝いご苦労さん」
春子が耳を真っ赤にして竹箒を振り回す。宗介がひょいとよけて笑い、そのまま掃除を続けた。
ザ、ザ、と規則正しいリズムで丁寧に落ち葉を集める春子に対して、宗介は地面をひっかくばかりであった。しばらく沈黙が続いて、宗介が口を開いた。
「春子、知ってるか? 先生結婚するんだってさ」
「えっ」
誰と。そう言う声はかすれていた。ずっと黙っていたせいなのか、もっと他の理由なのか。
「酒屋の娘さん。お見合いだって」
「お見合いかぁ。それなら仕方ないね」
声の割には、調子は穏やかでがっかりした様子で肩を落としただけだった。もっと大きく動揺すると思っていた宗介は拍子抜けだ。
「なんだよ、泣くのかと思った」
「泣かないよ。初恋は実らないって言うでしょ?」
「初恋だったのかよ」
「まあ、そうだけど」
「へーえ」
生返事。面白くないな、と言うのはやめてまた視線を下に落とした。初恋。改めて言われるとその言葉がどんなに重くて、どんなに脆いものかがなんとなくわかってしまったのだ。
「そういえば私、ケーキ食べたい」
「けえき?」
「ふふ、何よその言い方」
突然、話が切り替わった。先生の話をなんとしてでも変えたかったのだろうか。宗介は春子の顔をのぞき込むようにして聞き返すと、くすぐったそうな笑みをこぼした。
「私の夢なの。ケーキを食べることが」
「ちっぽけだなぁ。なんだよ、すぐに叶っちゃうじゃないか」
「すぐ叶いそうだから、いいの。小さな夢がいっぱいある方が良い」
「そうかなぁ」
「じゃあ、宗介の夢は何なのよ」
たいそうな夢をお持ちなんでしょうね? いたずらっぽく笑う春子を視線を落ち葉集めでごまかして、宗介がつぶやくようにいった。
「お、俺の夢は宇宙にいくこと……」
「宇宙へ?」
「そう! テレビで見たんだ。アポロ十一号。格好良かったなぁ」
「ふうん。いいじゃない」
「宇宙はすごいんだぜ。無重力だから、ふわふわ浮けるんだ!」
宗介が興奮気味に話すと春子がクスクス笑った。
「叶うと良いね、その夢」
「おう!」
ザ、ザ、とまた掃除に戻る。落ち葉はもう十分に集まって、これで良しとしましょうと春子が言い出す頃にはすっかり夕方になっていた。
隅に置いておいた学生鞄の埃を軽く払って、肩を並べて校門へ移動する。
「春子、俺と一緒に宇宙に行こう」
「なに急に」
「宇宙で、無重力空間でケーキ食べよう」
宗介が言った。春子は少しはにかんで、それから小さな声でいいよと言った。
「そっちの夢の方が大きくて、叶いっこなさそうだけど」
「叶わなくても、夢は夢だぜ」
「確かにね」
どっちからでもなく、お互いの手を握り合って、真っ赤な夕日に消えていった。
遠い昔の、誰かの記憶。