9 襲撃
久々に投稿
「……!」
私はとっさに振り下ろされた剣を避けることができずに、手に持った鉄扇を打ち合わせて何とかくい止めた。
「ちい、女のくせにずいぶんと力があるんだな」
男は悪態をついた。扉の外の景色は真夜中なのに赤々と照らされていた。村が燃やされているのだ。
「ヒロ、この男をお願い!」
私は鉄扇を持っていない左手で男の腕をつかみ、そのまま柔道の背負い投げのようにして投げ飛ばし、男を小屋の中の壁にたたきつけた。
ヒロも私の指示に的確に反応し、男の頭を蹴り飛ばし気絶させた。
その間に私は小屋の扉を全開にして外の景色を確かめた。
村の小屋のうち2、3軒が火をつけられたのか炎をあげて燃え、さらにならず者といった風情の男たちが何人もこちらに武器を向けて近寄ってきているのが見えた。
「ぐふふ……」
「えへへ……」
明らかに村から略奪するのを目的として村を襲ったとは思えない。私達の誰かを誘拐する目的なのだろうか。
……もしかしてマリアンヌ・スカーレットブラットの高貴な気配を感じて拐かそうとしたのかしら?
そうと予測した私は男たちに向かって指さしこう言い放った。
「そこの野蛮人ども!もしや私をさらおうとしたのですわね!しかし簡単には捕まりませんわよ!」
男たちの中でバンダナをつけたものが私に返事をした。
「……誰だお前は?」
「私はスカーレットブラット公爵家のマリアンヌというものですわ!」
「……なんだその聞いたことのない家柄は。ふざけているのか?」
ですよねー。
この世界にはスカーレットブラット家が存在しないことはすでに分かっているし、おそらく彼らの目的は小屋にいる伯爵令嬢ディアーナか高貴な出身の疑いがあるヒロのどちらかだと思われる。
もはや定型の挨拶のようなやりとりになっているが、悪役令嬢マリアンヌはその家柄を重視するキャラなので欠かせない。
一応家柄を否定されて怒ったという体で男たちに攻撃を仕掛けることにする。
「そのお言葉万死に値しますわ!」
習得した魔法『ワイドウィング』を起動して翼を生やし男の一人に低空飛行で接近する。
急に飛翔したのに反応が遅れたのか、男は為すすべもなく髪を掴まれてそのまま地面に押し倒される。
倒れた男をヒールの先端で踏みつけ、私は残った者をにらむ。
起きあがろうともがいている男を押さえるために踏む圧力を強めながら、私はこの男を殺すべきか考えていた。
マリアンヌはゲーム中の悪役令嬢だが、直接人を殺したことはない。
とはいえ人に害を加えない人物というわけではない。
ライバルたるヒロインに致死ではない毒を盛ったり、領民に対して重税を課して自分は裕福な暮らしをするなどやっていることは悪そのものである。
この世界の価値観はまだよく理解していないため、どの程度の悪がマリアンヌにふさわしいかはよく吟味する必要があるだろう。
ただ今はゆっくりと考えている時間はないので当面は「直接人は殺さない」ということにしておく。
短い思考を終え、男たちをみると明らかに焦りの表情が見て取れた。
「いきなり一人やられたぞ……」
「この馬車の護衛にはランク5の冒険者しかいなかったはずだよな……」
「オーホホホ、この私に無礼を働いた者たちは粉みじんにしてやりますわ!」
そう大きく啖呵を切って男達ににじりよろうとした時に、ダンと扉を勢いよく開ける音がした。
その直後に縄で縛られた最初の男を片手で掴んだヒロが外に飛び出した。その背後にはディアーナもついている。
「マリアンヌさん!」
「い、いったいなによこの状況!なにが起きているの!」
彼女達をみた荒くれ者達はさっきまで動揺していたが急に色めき立った。
男の中で一番大きな男がバンダナをつけた男に話しかける。
「お頭、あの女です」
「あれを捕らえればいいのだな。ガキと頭のおかしい女はどうする」
「ガキは俺が殺します、お頭はあの女を確保し、残った者が一斉に襲い頭がおかしい女を殺すことにします」
大男は大剣を抜き、正面に構える。それ以外の者達も私とヒロ達を分断するように私を囲い始めた。
どうやら狙いはディアーナらしい。しかし私を頭のおかしい女呼ばわりするのはいくら何でもひどくないか。
「ヒロ!その子を守ってちょうだい!」
私が下手に囲いを突破すれば、囲っていた男達がヒロ達も狙いに入れてくるかもしれない。私が男達を倒すまで時間を稼いでくれるかどうかが鍵だ。
「分かった!」
ヒロは長剣を抜き、こちらも応戦の構えを見せる。
「い、いったいなに?私をさらう?なんで?なにが起こっているのよ?!」
ディアーナは相変わらず状況を飲み込めずに混乱している。
大男が剣を振り上げ、ヒロを叩き割ろうと振り下ろしてくる。
それをヒロが長剣で受け止める。片手では支えきれなかったのか、右手を柄に左手は刃の側面で何とか押さえている。
しばらく剣と剣のせめぎあいが続いた後、ヒロの方の剣が耐えきれずに折れてしまった。
とっさに背中をのけぞり斬られることは回避したものの、服が剣の切っ先で裂けてしまった。
「おやおやぁ、どうやら安物の剣だったらしいな。今度はもっとましな奴を買いそろえればよかったと、あの世で後悔しな!」
ヒロは二、三歩下がって荒い息をしている。そこに無慈悲な一撃が襲いかかろうとしていた。
そのころ私は雑魚をなぎ倒していたが、そのせいで間に合わない。鉄扇を投げようにも射線上に雑魚がいるので大男に当たらない。
「ヒロ!」
最後の男を鉄扇で殴りつけて倒した私はヒロに叫ぶことしか出来なかった。
そのとき、血しぶきが上がった。
胸を切り裂かれて血が吹き出したのはヒロではなく男の方だった。
ゼエゼエと荒い息をするヒロの右腕がまるで獣のように毛で覆われていた。その腕の先には鋭い爪のついた手があって、それで男の胸を切り裂いたのだ。
ヒロはその変化に気がついていないのか、気にも止めていないようだ。




