4 悪役令嬢 ライバル現れる
依頼を終え、昼過ぎに街に戻って来た私たちはそのまま買い物をする事にしました。
今回討伐依頼で手に入った報酬が金貨1枚と銀貨20枚だった。金貨1枚が銀貨100枚相当で、昨日倒したオーク2体が銀貨50枚なので結構稼げましたね。もっともここの世界の相場とか分からないのですが。
「ねえヒロ、ここの金貨1枚ってどのくらいの価値があるのかしら?」
「えーとそう言われてもね、たしか金貨2枚半あれば子供3人いる家族が1月暮らすのに十分とかじゃなかったかな」
……となると金貨1枚あたり10万円くらいかしら。
「冒険者は随分と割りがいい仕事なのね」
「まあね。そのぶん死ぬ可能性が高いし、リスクが大きい仕事……のはずなんだけどね。ランク1から始めた新人はそのうち2割が冒険に出たきり帰らなくなるとか聞いたことがあるよ」
やはり冒険者というものは死と隣り合わせで生きているようですね。ヒロも含めてですが、そこまでして冒険者をしないといけない人たちがたくさんいるのでしょうか。
「で、マリアンヌさんさすがにその服だと冒険活動に支障が出ると思うし、……実際に支障が出ているし、このお金で適当な服とか買わない?」
確かに支障が出ているのは理解していますし、そうしたいのが山々ですが……マリアンヌがヒロみたいな粗末な服を切るのは正直いただけないですね。いえ、粗末なのが悪いというわけではないのですが、マリアンヌが半袖短パンみたいな服を着るのが想像ができないのですよ。
それにこの時代は服を作るためには人の手で糸から作り上げないといけないので、マリアンヌにふさわしい服はさぞかし高いのでしょうね。まあ見るだけならタダ……ですよね?
こちらの世界は向こうの世界にない珍しい服もそろっているでしょうし、買うのは無理かもしれませんが見るだけならいいかもしれませんね。
「そうね、せっかくだし仕事は今日は切り上げて買い物に行きましょうか」
服や装飾品などの店は大通りの、特に冒険者ギルドの周辺に集中しています。冒険者の収入は不安定だけど羽振りがいいときはいいので、そこを狙っているのでしょうね。そのためかドレスコードに対しては寛容で武器を所持していたりしても咎めたりはしないようです。
その中の1店舗に入りますか。ヒロもいるのであまり豪奢な構えの店ではなく、冒険者がよく入りそうな店を見つけます。
「……高いわね」
はい、うっかり口に漏らしてしまいましたがものすごく高いです。マリアンヌでも似合いそうなショートドレスやヒールの低い靴はありましたが、上下一式揃えるだけで手持ちの金額をはるかに超えます。
「まあそうだよねー、マリアンヌさんが着る服だと最低でも金貨300枚は必要なんじゃない?」
「そうなの?……ああ、私の欲しいものは全てお父様にお願いすれば買ってもらえたから服の相場なんて初めて知ったわ」
マリアンヌが自分で買い物するとは思えないし……あ、でもゲームでは主人公と売店では焼きそばパンで争うイベントがあったような。なぜそこだけ庶民的だったんだろう。
「でもヒロ、これとか可愛いんじゃない?」
「うーん、こういうフリフリのついたドレスとかあまり好きじゃないんですよね、動きにくいじゃないですか。というかマリアンヌさん、その格好でよく戦えますね?」
マリアンヌはゲーム内ではいつも足首まであるこのロングスカートで過ごしていたからだから仕方ない。慣れればなんとかなるものである。
「でも女の子もこういうオシャレは必要よ?お金に余裕がでたらまた今度買いにいきましょう」
「べつにいいですってば……」
というわけでマリアンヌのコーディネートは結局諦めた。ランクが上がれば報酬も上がるのでその時にしましょう。
というわけで冒険者ギルドの1階の酒場で少し早い夜ご飯にしました。時間は午後5時くらいですが、この時間からすでに酒を飲み始めている冒険者もちらほら見えますね。
せっかく自分たちで稼いで来たお金だし、どーんと頼みましょう。まずとれたてサラダを頼んで、揚げたてのアジフライにきのこのクリームシチュー、鳥のもも肉のステーキにバゲットも注文しましょう。
「結構多くない?頼みすぎたんじゃない?」
「余ったらその時よ、ドーンと注文して好きなだけ食べればいいんじゃない?」
頼んだ料理のどれもこれもが肉体労働が主な冒険者仕様のためか、かなりボリューミーだ。これらを2人の女子でたいらげるには多すぎる気がする。タッパーはこの世界にあれば詰められたんだけど、という庶民志向の『私』の部分が語りかけますが無視します。
「そういえばヒロは随分と丁寧に食べるのね」
「ああ、だってマリアンヌさんそういうところ厳しそうなところがありそうだし……」
ヒロは見た目は半分浮浪児に見えるが、テーブルマナーを知っているのかきちんととナイフとフォークで料理を切り分けて食べている。これまでヒロの出自は詮索していないですが、もしかしたら育ちがいいのかもしれませんね。貴族が冒険者になるケースも少なくないみたいですし、身分を開かせない理由があってランク1から地道にランクを上げる人がいてもおかしくないです。
そのためか冒険者同士で出自を詮索されることがあまりないので私としては助かりますが。『実は別世界の人間で、なぜか今までプレイしていたゲームの登場人物になっていた』なんて説明しても、ここの人たちに理解してもらえないでしょうし。
デザートにフルーツの盛り合わせを頼もうとしたその時、カランコロンと酒場のドアが開いた。そして入って来たのは、金色の縦ドリル状に巻かれた髪に青い瞳のまるでゲームに出てくるお嬢様です。年齢は15か16ほど。髪に鷲をかたどった簪を挿し、白を基調としたロングドレス、足のヒールは低いですが、それらの服装一つ一つに真珠や宝石などが豪勢につけお供らしき人が2、3人ほどついています。
「あれはテリトリ領北部を支配しているタイショー子爵家の娘じゃないかな。初めて見るけど、ここの街で鷲の紋章といえばタイショー家の可能性が高いと思うよ」
ヒロがそっと耳打ちしてきた。向こうの世界の感覚でたまに思うのだけど、ここの世界のネーミングは何かおかしくないかしら。
「メロダーク・タイショーの娘ディアンヌ・タイショーでございますが、冒険者登録をしたいのですが問題ないかしら」
そういうと彼女についていたお供の一人が1枚の書類を受付の人に渡した。
「拝見させていただきます……冒険者士官学校冒険者コース卒業、それに子爵家令嬢ということを加味しますと……ランク8スタートとして登録となりますが」
「そう?てっきり上限のランク10からだと思ったけど……どうせすぐに駆け上げる予定だし問題ないわ」
公爵家のマリアンヌがランク1で子爵家のディアンヌがランク8から……納得できませんね。いえ、そもそもこの世界でも公爵家という肩書きは意味をなしていないのは理解していますが、『マリアンヌ』として黙ってはいられません。
スクッと椅子から立ち上がり、二つの瞳で彼女を見据えながらディアンヌの方に向かって歩きます。
「ちょっとマリアンヌさん、喧嘩売る気?!」
静止するヒロは無視します。
「ちょっといいかしら、そこのあなた?」
中の人はネーミングセンスが皆無です(今更)




