35 対面
「アレクスね。私はマリアンヌ・スカーレットブラットだわ」
「よろしく。今は二人で冒険者をやっているんだ」
「ほお。マリアンヌか。こちらこそよろしくお願いする」
黒騎士は礼儀正しくお辞儀をした。一介の冒険者であるらしいが、冒険者というよりどこかの騎士団に所属している騎士と言った雰囲気だ。
「スカーレットブラットという家名は聞いたことがないが……。それはともかく、そこの坊主ちょっと顔を見せろ」
「へ?顔をって……ちょっと!」
アレクスは小手の指先で器用にヒロの仮面を剥がした。
「…………」
男は彼女の顔をまじまじと見ると、突然ヒロの顔を突然つかみ力を込めて握り始めた。
「なに?!痛い痛い、やめてってば!」
突然の騎士の野蛮な行為に彼女は驚愕し、掴んだ指を引き剥がそうとするがうまく剥がれない。男は激しく顔を揺さぶってやがて手を離すと、今度は自分の顔を彼女に近づけ圧力をかけた。
「……お前、今、冒険者をしているといったよな」
「そうだけど」
ヒロも怒りを込めてアレクスをにらみ返す。
「冗談じゃねえ……ふざけるな!…………冒険者ギルドもそこまで墜ちたか」
後半の台詞は振り絞るようにして男は言った。
「いいか、坊主。冒険者というのは物見遊山でなるような職業じゃない。魔物と戦い、常に命がけな職業だ。いつ死ぬかも分からない。少なくとも人間の子供がほいほいなるような職業じゃない」
「……そんなのは分かっている」
「いいや分かっていない。お前、何ができる?冒険者として生きるために必要なことでお前は何ができるんだ?」
「……他の男達より力がある」
「それだけか?例えば剣術の道場で皆伝を取ったことは?」
ヒロは首を横に振った。
「なら回復魔法や攻撃魔法の類は?」
この質問も彼女はまた横に振った。
「初めて歩く森の中で地図一つで目的地にたどり着くことはできるか?山の中で凍えずに一晩過ごす方法は?魔物が潜んでいる洞窟を見分ける方法は?」
これも彼女はすべて否定した。
「こんな未熟な子供が冒険者だ?冗談も大概にしておけ。髪を短く切って、男口調で話せば受け入れてくれるなんて思い上がりにもほどがある。こいつが冒険者をなめ腐っているのも気に入らんが、ギルドも悪い。こんな奴を入れるほど人手不足なのか?」
男は彼女を痛烈に批判した。
私もゲームのキャラ、マリアンヌの力を頼っていること以外はヒロと条件は変わらないため、アレクスの批判がグサグサと突き刺さる。そのせいもあって男の剣幕に口を挟むことができなかった。
一方ヒロはというと、顔を真っ赤にして拳を堅く握っているが、彼の言っていることが正論であるため反論すらできずにいた。
「お前には冒険者をやる資格はない。さっさと親元に帰ってぬくぬくと暮らせ」
男はそう結論を告げた。
そこに別の冒険者が偶然通りかかった。その男は二十代半ばで、黒騎士と知り合いらしく、男に苦笑混じりで親しく話しかけた。
「おやアレクス。今日は珍しく饒舌だな。普段『ああ』とか『そうだな』とかしか言わないくせに。よほどそのガキがあんたの気に触れるようなことでもしたのか?」
「ああ。……ろくな技術がないくせに冒険者になろうとするバカがいたもんで、ついカッとなってな。……久々に休暇ができたからここに立ち寄ったのだが急にギルドの幹部に泣きつかれてな。他に用事があったのに私以外に回せる人材がいないと言われて、無理矢理連れてこられたから、気が立っていたんだろうな」
「休暇?休みの日に冒険者をしている、ということなのかしら」
緊張が一時ほどけたので私がたずねる。
「ああ。アレクスは見ての通り名門の騎士の家の出らしくてな。普段はそちらの仕事をしているが、たまにこっちで冒険者家業をしているんだよ」
確かに黒い全身鎧も宝石が付いた長剣もおよそ冒険者らしからぬ品々である。
「そうだった、自己紹介がまだだったね。俺はセイバ。ランク11の冒険者だ。アレクス、すまんが今日は先約の依頼があってな。これから出かけるところだから力にはなれない。あと、見た目でただでさえ子供達からビビられているんだから、そんなに怒るなよ。じゃあな!」
快活な青年はそのまま去っていった。
一方のアレクスは深くため息を付いた。
「……あの男ならあんたが100人束になってもかすり傷一つ負わないだろう。冒険者の世界はあんたに都合良くできていない。強い奴が生き残り、弱い奴は死ぬ。それが嫌ならここから去れ」
「嫌だ。俺は冒険者になるんだ」
「……どうしてだ?金か?名声か?そんな楽な仕事じゃないぞ」
「オレには憧れて、なりたい人が居るんだ。だからあんたが何を言おうと冒険者をやめるつもりは、ないんだ」
ヒロは力強く返答した。アレクスはしばらく黙っていたが、こう言った。
「……そうか。なら勝手にしろ。あんたがどこで死のうと知ったことはないが、私も仕事だからその間は死ぬな。……名前は何だ」
「ヒロだ」
「そうか、ヒロか。……マリアンヌ、すまない話が長くなってしまったな。今回の仕事の確認をしておくか」




